1.はじまりの夜
――全身が軋むように痛い。腕も肩も背中も臀部も脚も、すべてがひりつくような悲鳴を上げていた。
どうやら頭だけは打たなかったのが不幸中の幸いか。
だが、このままではやがて気を失い、下手をすれば死んでしまうだろう。
俺は仰向けのままぴくりとも身体を動かせず、かろうじて漏らした呻き声でさえも風の音にかき消され、ただこの夜闇を見つめることしかできなかった。
学校の屋上を見上げると、まだあの黒い獣たちが蠢いていた。
転落防止用の柵は人間一人分の穴がぽっかりと空いていた。
俺、あそこから落ちたのか……。そりゃあこれだけ痛みがあるのも当然だ。
むしろよく即死しなかったものだと自分で自分を褒めてやりたい。
尤もそれはほんの数秒長く生き永らえるかどうかだけの違いだ。
ああ、もう意識も薄れてきた……。視界ももはやはっきりとしない。くそ、俺はこのまま死んでしまうのか……。
「筒井くん!」
誰かが俺を呼ぶ声がする。天の迎えか?
あるいは地獄の死神だろうと、どちらでも構わなかった。
早くこの痛みを止めてくれ。楽にしてくれ。そう願った、――そのときだった。
俺の唇に何か柔らかいものが当たって、それと同時に何かが俺の中に流れ込んでくるような、そんな感覚を覚えた。
これはまさか、――キス? そう思った瞬間、少しだけ身体に活力が戻り、視力も多少回復した。
痛みも和らいだような気がするが、首から下は相変わらず動かせず、目を見開くことしかできなかった。
そのとき俺の視界を覆っていたのは、クラスのマドンナ的存在の影山えるさんのかわいらしい顔だった。
令和の世にマドンナなんて古臭い表現かもしれないが、彼女はそう言い表すしかないほど魅力的な女性だった。
ああ、なんだ。これは走馬灯みたいなものか。
いや、走馬灯は実際にあった記憶を思い起こしているんだったか? それなら夢か。
――どちらでもいい。それは人生最期の瞬間に見る光景としては決して悪くないものだった。
死の間際に脳内物質が活性化して見えただけの幻覚だとしても十分に満足だった。
それから結局俺はそのまま眠りについたらしい。そのあとのことは何も分からなかった。
ただひとつだけ言えることは、俺を襲ったあの獣たちは夜の住人なのだろうということだけだった。
そして、おそらく影山さんも似たような力は持っているのだろう。だって今宵の彼女の姿は人間じゃなかった。
だからと言ってあの獣たちの仲間だと思いたくはないけれど、彼女もまた『怪異』であることは間違いない。
俺はそんな『怪異』の起こす超常現象に巻き込まれた、――あるいは首を突っ込んでしまったのだ。
――そいつらは、夜闇にまぎれてやってくる。