普通な僕の普通に可愛い猫(と、普通に愛しい家族と普通の格好をしたブラックメン)
「あ、ごめん。 その日は来客があって」
次の日曜日、大学の友人ら皆でBBQをするらしい。
しかしその日、僕には大切な用があった。
ウチは家族仲が良く、僕は実家が好きだ。
だから平日は友人達との付き合いもしているのだけど、土日祝日の誘いにはあまり乗らない。
それがなんとなく面白くないらしいタジマさんに、僕はよく絡まれる。
しつこく『来客について』聞かれ、ウッカリ答えてしまった。
皆はタジマさんが僕に気があるみたいに言うけれど、彼女は控え目にいってもかなりの美少女。……違うと思う。
彼女の家の家族仲は良くないらしい。
タジマさんが幼少の頃に、お父さんが愛人と逃げたそうだ。
単純に、家族仲が良く実家大好きな僕が気に入らないんだろう。
「──初恋の人が。 へぇ、どんな女性なの?」
女の子は恋バナが好きだから、こんな話になるんだろうなぁ……とは予想していた。
別に嫌でもないけれど、正直ちょっと面倒臭いかな。
「どんなって言われてもなぁ」
「見た目とか体型とか……ほ、ほら胸とか?」
「胸? は……大きい方じゃないかな」
タジマさんは貧乳なのを気にしているらしいが、胸なんて好きな人のなら愛せると思う。
ただ、それを言うと慰めみたいだし、なによりセクハラ発言っぽいから言わないけど。
(……ジェニー)
タジマさんと別れると僕は、今も変わらず愛しさが込み上げるその名前を、心で呟いた。
会えなくなってから、もう何年経つだろう。
初めて出会ったのは、丁度今日のような夏の日だったっけ。
──僕の住む街には広大な敷地に仰々しい高い塀がそびえる、なにかの施設がある。
皆なんの施設かは知らないのだけど、噂では『重度の精神病患者を隔離する施設では』という話。
とはいえ警備は厳重。逆に言うと馬鹿な子供達が『肝試し・度胸試し』といった理由で入ることも難しく、その施設による地域社会への経済的恩恵はあれど、被害など皆無。
「だから僕がその近くに行ったのも全くの偶然で~」
「いやうんそれはともかく、だ」
だが、その施設は……ヤヴァイ。
想像でしかないが、僕達家族がそれを嫌でも感じずにはいれなかったのには、確固たる理由があった。
「なんで連れてくるかなァ?!」
パパは舞台俳優のようにキレイに膝から崩れ落ちてそう叫び、頭を抱える。
「にゃ~ん」
そう、10数年程前のあの日、僕は連れてきてしまった。
件の施設の近くで見つけた、猫っぽいナニカを。
いやまあ、猫なんだろうけど。
胴がやたらと長いけど。
きっと新種の猫なんだろう。
多分、猫。この子は猫たんです。
「……猫だよ! コレは猫! にゃ~って鳴いてるし!!」
「でも胴が……」
「こういう種類なんだよ!」
「そうよぅパパ、ダックスフントみたいなものよぅ」
「ママまで!?」
ご飯をあげたせいか、ママはもう猫に情が移っていた。猫も長い胴をだらりと伸ばしながら仰向けになるという、所謂『へそ天』らしきポーズでゴロゴロと喉をならす。
「──……くそッ! 可愛いにゃー!!」
「あっパパ狡い!」
そう……可愛い。たとえ胴が長くても。
僕ら家族は皆、猫が好き。パパが我慢できずに猫たんを撫でだすと、ママと僕も猫を撫でる。
フワッフワの腹毛を、3人で撫でた。
むしろ、胴が長くて良かったじゃん?
「妻に息子よ、この猫が可愛いのはわかっているが……俺はブラックメンが怖い」
パパ曰く、ブラックメンとは黒いスーツに身を包んだ政府の裏の仕事人。国家機密に関わった者を消したり、なんかこう、色々する人らしい。
「あらぁ、ブラックメンが出てくるのはUFO案件で、UMAじゃないわよぅ」
「いや、国家機密なら関係ない筈だ」
それからパパは、『いかにブラックメンが恐ろしいか』というのを「パパが少年の頃、UFOが流行り、皆で『UFOを呼び出そう!』とか『写真に撮ろう!』とか言って集まったもんだが、パパはブラックメンに消されるのが怖くて一度も参加しなかった」などのエピソードを挟みながら語った。
しかしその不安を語りながらも、モフるのはやめないパパ。
抗えない……モフモフには抗えないのだ。
某有名お菓子メーカーのスナック菓子よりもやめられないとまらないのだ。
そんな時だった。
──ピーンポーン♪
「ぬっ?! まさかブラックメン!!」
「いやぁねぇ~、パパったら」
突如鳴ったインターフォン。
不安がるパパを笑いながら立ち上がり、モニターを見たママが固まる。
「……ママ? まっまさか!」
──結論を言うと、N〇Kだった。
受信料を払ってなかったのだ。
「もう! お金下ろしてなかったのに!」
ぷりぷりしながら財布を鞄から出し、玄関へと向かうママ。
「ビックリさせるなよ~」
リビングに響く、朗らかな笑い声。
そう……僕らはNH〇のせいで、すっかり油断していたのだ。
「名前なんにしようかにゃ~♡」
「そうだなぁ……いや、ダメだダメだ!」
「にゃーん」
そんな僕らを眺めつつ、猫たんがゆっくりと長い背中を反らせた。
「あれ? 猫たん?」
「──はっ! ヒロ! 触るんじゃない!」
「コレは……もしや!?」
「ああ……!!」
動き出した猫たんの動きを、僕とパパは固唾をのんで見守る。
一方ママはその時、〇HKにお金を渡していたのだが、
「失礼」
「えっ?!」
その間に、開いた玄関からズケズケと入ってきたガタイのいい男達──黒いスーツを身にまとった、二人組。
ブラックメンだ!!
なんと、パパの心配は的中していたのだ。
しかし、玄関を覗かなかった僕らは、彼らが入ってくるまでその存在を認識するどころではなかった。
何故なら──
「にゃーん♪」
「──ああっ?! あなた方一体……!」
──バーン!
ママの戸惑う声と、乱暴に開かれたリビングのドア。
それと同時に彼らの存在をようやく認知した僕とパパがそちらに視線を向けると、
「──ふぐっ!!」
「ああっ!? オカダ!!」
オカダと呼ばれた屈強な男が、猫たんを見るや否や胸を押さえながら倒れた。
そこには──
「にゃーん♪」
──ロボット掃除機に乗った猫たん。
「あああああ……きゃわわ……ッ」
「オカダァァァ!!!!」
どうやらブラックメン・オカダさんは話がわかる男のようである。
仕方ないよね!
ロボット掃除機に乗った猫たんとか、そりゃ殺られるよね!!
案の定というべきか、あの施設はヤベェやつだったようで、猫たんは逃げ出した実験動物らしい。
遺伝子操作の失敗の結果の産物とか、多分そんなん。
「そんなわけで、回収に来ました。 これは迷惑料と口止め料です」
ブラックメン・オカダ(※猫好き)じゃない方である、中性的なイケメン、ブラックメン・カトウ(※以下、ブラックイケメン・カトウと記す)から、ずずいと出される現金。
僕は、生まれて初めて帯がついた札束というものを生で目にした。
「凄い! お兄さん、テレビの悪い人みたいだ!!」
「はっはっは、坊やに教えてあげよう。 ほ~ら、束になった百万円は簡単には崩れないんだよ~♪」
「本当だ!」
意外とひょうきんなブラックイケメン・カトウは札束をブンブンと振って、僕に見せてくれる。
僕が札束に気を取られる中、パパは言った。
「駄目です、渡しません」
「──パパ?!」
パパカッコイイ!!
あれだけ『ブラックメン怖い』って言ってた人と同一人物とは思えないよ!
「ジェニーはウチの子です!!」
いつの間にか名前まで!?
「──わかりました」
「オカダ!?」
意外とアッサリ受け入れたのは、ブラックメン・オカダ。
ブラックメン・オカダはそれまで190近くあるだろうと思われる逞しい身体を縮こませ、持ち歩いていたらしい猫じゃらし型オモチャと、全猫が大好きなおやつ『にゃおチュール』でジェニーを構い倒していた。
そんなブラックメン・オカダは涙を滲ませながら、パパの手を握った。
「この子を……幸せにしてあげてください」
「オカダ……なに泣いてんだよ……」
「ううっ……」
ブラックイケメン・カトウは、そんなブラックメン・オカダに呆れた顔をしつつも、背中をさすってやっていた。
意外にもウェットだったブラックメン達に、僕ら家族もホッコリ。
代わりに、『絶対に家から出さない』『他者に見せない』などが書かれた契約書にサインをし、ジェニーはウチの子になった。
それからブラックメン・オカダは、普通の格好をして遊びに来るようになった。
普通の格好をしたブラックイケメン・カトウを連れて。
ジェニーは普通の猫だった。
ちょっと胴が長いだけで。
あとは時折暗闇で目をLEDのように光らせるくらいで、全然普通の猫だった。
普通の猫であるジェニーは、『実験動物だからすぐ死んじゃうかも』と言われていたものの、10年程生きた。
死んじゃった時には、契約書通りに施設に返すしかなかったが、気を利かせたオカダがカトウと共に位牌を持ってきてくれた。
それからは、二人には会っていない。
いつからか、来るのを楽しみにしていただけの……僕の淡い初恋。
ふたりは結婚するらしい。
その挨拶のため、久々にウチへとやってくるのだ。
「おめでとうございます」
「ありがとう、ヒロユキ!」
笑顔が眩しい。
久しぶりにあった彼女は、益々綺麗になっていた。
──今でも鮮明に覚えている。
普通の格好をしてきたオカダの、柔らかなブラウスに透ける、パッツパツの逞しい腕。
普通の格好をしてきたオカダは、男性と見紛う程の屈強な女性だった。
「今度は渡さないよ」
僕にだけ聞こえるように、カトウがそう言って不敵に笑う。
僕はカトウに苦笑を向けた。
「カトウさんの本気は怖いですからね」
あの直後、N〇Kの集金の人が行方不明になったらしい。
女癖が悪いと評判の人物だったので『愛人と逃げたのでは』という噂ではあるが、真実は定かではない。
ジェニーのことは秘密だったが、オカダとカトウの存在自体は秘密ではない。勿論、友人として。
『彼女のことが好きだ』と友人らに言うと、何故か皆は『いやないだろ』と信じてはくれなかったけど。
なんなら中性的なカトウの方と勘違いされたけど。
「また是非遊びにきてねぇ」と母。
「ふふふオカダくん。 近いうち、猫を貰うことになってるんだよ!」と父。
別れ際、オカダと両親が盛り上がる中、僕はひっそりとカトウに握手を求めた。
「……幸せになってください」
「ああ。 ありがとうヒロユキ」
僕は初恋の苦さを噛み締めながら、ふたりを見送った。
ビートルじゃ、オカダには狭そうだ。
是非大きい車を買ってやって欲しい。
頭の傍らでそんなことを考えつつ、在りし日のことを思い出す。
今も胸が甘く、切なく疼く。
ジェニーが長い胴をうにょんうにょんと捻らせながら、オカダの太く逞しい腕に甘えていた──そんな美しい映像。
これは大事にしまっておく。
ブラックメンにも触らせない、僕だけの機密情報だ。