8、
船着き場まで向かうには、外から見えないようになっているリムジンで送られた。
まさかの特別待遇である。
川崎にある港からしか入ることのできない横浜圏への入圏審査は厳しい。
何台もの監視カメラで本島の人間が二十四時間体制で監視しており、そこにパスを見せるとフェンスが開き中に入ることができる。
警備員に頭の上からつま先まで値踏みするように見つめられ、陰ではコソコソと、可哀想に、御愁傷様だなと噂されている。
ようやくチェックから解放されてフェンスの中へ一歩踏み出すと、周りは一面海だ。
約十キロほど先に、存在感を持って浮かんでいる離島がある。
その島と、今春奈が立っている場所とは、距離だけでなく百五十年分の時間の差があるのだろう。
船着き場へと続く板の間が伸びており、その上をおっかなびっくり歩いて行く。
たまに水が革靴にはねるものだから、転ばないように気をつけて進んだ。
春奈の右側には大きな貨物船が停まっており、どこから乗るのか分からずに辺りを見渡していると、
「あんたが乗るのはこっちだよ」
とぶっきらぼうに声をかけられた。
声のした方を振り返ると、薄汚れた着物をだらしなく着た三十歳ぐらいの男が、気だるそうにキセルを吸っていた。
「そっちは資源を送る貨物船だ。人はこっち。割符を出しな」
と鼻から盛大に煙を吐いた。
鞄の中にしまっていた割符を取り出すと、男はひったくるようにそれを奪って、二つをぴったりと合わせた。
二つ合わさって正方形になった割符は、片方ずつに書いてあった文字が合わさり、『御意』という文字が出来上がる。
男はそれを見て頷くと、
「いいだろう。こっちだ、来な」
と投げやりな調子で言った。
巻物と一緒に送られたこの木の板が、入圏の通行証代わりになっているらしい。
しっかし、これは木のサイズと書いてある文字さえ知っていればいくらでも偽造可能なんじゃない?
私がテロリストだったらどうするんだろう。
こんな激甘セキュリティじゃ、やろうと思えばいくらでも密入国できるし、木のDNAを照合するぐらいの事をしないの、と春奈は早くも横浜圏とのカルチャーギャップを感じた。
すると男は、キセルをくわえたまま、大型貨物船の横にみすぼらしく浮いていた小さな木の小舟に飛び乗って、お前も来いと顎でしゃくってきた。
「……これに乗るんですか」
「そういう決まりだ。がたがた抜かすな」
どう見ても作ってから数十年も経っていそうなそれは、木が薄黒く変色し、床からは水がしみ出ている。
文句を言いたいところだったが、男はもう漕ぎだす準備に取り掛かっていて、しぶしぶ乗り込んだ。
ぎし、と嫌な音がして木が軋む。
男が櫓を動かすと、ゆっくりと船が動き出した。
みるみるうちに、本島が遠ざかっていく。
一人で外国に留学する時だって、ここまで心細くはなかったのに。