6、
「君に、横浜圏の財政を担当してほしい。
半年の間に、八百億の経費を半分にまで削ってくれ。そして横浜圏の内情を報告すること。
君の報告は正式発表として日本、世界中に発表されるから、慎重に頼むよ」
春奈の、持ちっぱなしだった箸の上から、卵焼きが落ちた。
スーツを着ている背中から、じわっと脂汗が浮き出た。
「―――――――私が、ですか」
「君が、だよ」
春奈は横浜圏を見つめ、一度弁当に視線を落とすと、横に置いてベンチから立ち上がった。
「な、何故そんな重大な役目を、私に?」
「なあに、君みたいな若武者なら、横浜圏の奴らにも対抗できるんじゃないかと思ってね」
首相は目尻に皺を寄せて楽しそうに笑うと、腕時計をちらりと確認して、もうこんな時間か、呟いた。
でもでも。いやいや。現実的に考えて欲しい。
現代に生きる武士たちのいる、不可侵条約が結ばれ、鎖国された孤島に一人で行くなんて。
今までと違い、勉強してどうこうなる話ではないだろう。
本気である。東山慎之介総理大臣は、春奈を荒くれ武士の無法地帯に丸裸で送りだそうとしているのである。
額から汗が流れ落ちる。
「栄転と思うか、左遷と思うかは君次第。
じゃ、詳しい事は後で聞いてね」
それだけ言い残すと、首相はベンチの上の弁当から一つおかずを摘み上げ、口の中に放りこんだ。
うまいうまいと言いながら、革靴を鳴らして屋上から出ていってしまった。
本当にあれが、いつも政治番組で叩かれている総理大臣なのだろうか?
普段からあの調子でしゃべれば、もっと支持率もあがるだろうに。
もう一度、東京の立ち並ぶビル街の遥か向こう、現代の武士の住み家でもあるそこに視線を向けた。
この半年間は、言ってしまえば執行猶予期間だ。
さっきの初老の人物は、文字通り首の皮一枚でつながった春奈のエリート人生を、
すっぱりと笑顔で断ち切るだけの気概も権力もあるのだろう。
藤川春奈、二十二歳。
人生のほとんどの時間を家族のために捧げてきた。
スーパーのチラシを見比べての買い物はお手のものだが、
さすがの春奈も四百億もの節約は生まれて初めてだった。
今度は祖国のためにこの身を捧げるのかと思うと、胃が痛くなった。