4、
「急進派は『武力で武士たちを横浜圏から引きずり出せ』って言うし、
穏健派は『神聖なる横浜圏を侵してはならない。
今まで通り存在を尊重すべきだ』って主張する。きりきり舞いだよ」
当時の初代首相が武家の出身ということもあり、武士の文化を尊重せねばならないという方針のもと、
「横浜圏不可侵条約」というものが作られてしまった。
本島、また諸外国は横浜圏に対しみだりに干渉、妨害行為をしてはならない。
また、著しく権利を侵害した場合は処罰の対象になる、というものだ。
「もう何十年も前から横浜圏には、情報開示を求める交渉をしているんだけどね。
未だに不可侵条約は解かれていない」
しかも、この不可侵条約は俗に言う「不平等条約」で、「本島は無条件で横浜圏に塩・米・鉄などの資源を贈る」といったもの。
出島に追いやられる羽目になった武士たちのわがままを聞いてしまったゆえに、
今も苦しい経済状況を強いられている。
「第二次世界大戦の時にも、敗戦近くてせっぱつまった本島の役人が、
徴兵しようと行ったら、現地の武士に斬りかかられたって話がありますよね」
「『そんな戦はお前ら本島人と異国人の争いだろう。我々は関係ない』とね。
しかも、外国の奴らは重要文化だ、とか言って横浜圏には全く攻撃してこなかったから、
幕末のままの風習が残ってるんだよ」
首相は、やれやれと肩をすくめる。
我が国ながらおとぎ話のようだ、と春奈は思った。
長い歴史の中、未開の地というのは外からの異分子に淘汰される事が多いのに、
様々な要因が重なりこうなってしまった。
大型船や取材などは入圏できないせいで、噂が一人歩きをしている。
ネットではどこぞの愉快犯が怪しい合成写真を作ったり、
「ちょっくら袴っ娘探しに横浜圏まで泳いで渡ってくるw」
「武士だけどなんか質問ある?」などと連日、匿名掲示板では様々なネタが投下される。
何度か、テレビ局のクルーが特番を組み、無許可で「現代に生きる侍たち」のような映像を撮ろうと試みたが、何故か丸裸にされたキャスター・カメラマンたちがお台場に打ち上げられていたこともある。
何があったのかを尋ねても、思い出したくない、と青ざめた顔をして首を横に振るだけだった。
十数秒だけ映された映像には、ピンボケではあるが確かに、袴姿をした人間が刀を握り、
カメラクルー達に迫る姿が捉えられていた。
その後何をされたかは、本人たちのみぞ知る。
黄金の国ジパングなんて、この世に存在しない。
あるのは、不景気でどこもかしこも節約だエコだと騒ぎ立てる日本本島と、
グーグルマップで見ても表示されない、「古き良き時代」のまま本島に依存し続けている、
お荷物の横浜圏があるだけだ。