誹り
安田景元「(……まずいな。これは……。)」
北条高広「兄上!これで我々は『養子の更に養子』の誹りから解放されることになりますぞ。」
北条高広は安田家の養子に入ったのち、北条家の養子に。安田景元は同じく安田家の養子に入り、そのまま安田家を継ぐも養父である安田広春の娘。義理の姉(妹)を正室に迎えたのでありました。
安田景元「まぁそうではあるのだが……。仮にな。仮の話だぞ。これはあくまでそうなった場合のことなんだが。勘違いするなよ。御館様(長尾景虎)を倒すことが出来たとしよう。そしてお前が越後の長となったとしよう。」
北条高広「安心してください。その時、兄上は宿老としてお迎えする手筈を整えております。」
安田景元「いやそうではなくて。よく聞け。」
北条高広「はい。」
安田景元「亡き御館様の父君(長尾為景)は確かに越後を乗っ取った。それは純然たる事実である。更に御館様が兄君(長尾晴景)から兵馬の権を奪ったこともまた事実である。ただその過程の中で、御館様の父君は朝廷や将軍様より様々な官位を賜っている。その結果、越後を治めるに足るだけの格を獲得しておる。加えて今。越後の守護となり得るべき越後の上杉家を継ぐ者がおらぬ。それもまた純然たる事実である。」
北条高広「確かに。」
安田景元「守護の不在は朝廷にせよ将軍家にせよ由々しき問題。このままだと他国から守護大名が送り込まれてしまう恐れがある。そうなるとこの越後はどうなる?その守護大名の息がかかったものがこの越後に入って来ることが目に見えておる。そうなるぐらいならば地元のことを熟知している。実際に統治の経験もある長尾家に託さざるを得なくなるのはある意味仕方のないことだ思うのだが如何かな?」
北条高広「……必要悪。と言う事でありまするか?」
安田景元「言葉は悪いがそうなるのかもしれないな。」
北条高広「と言う事は、兄上も景虎のことをよくは思っていない?」
安田景元「いやいやこれはあくまで仮定の話であって本心ではない。」
北条高広「心配しないでください。私は兄上を貶めるために申したのではありませぬ。この辺りのことを山本勘助は心配しておりました。」
安田景元「どのように申しておった。」
北条高広「『私は晴信に仕える前、諸国を遍歴していました。西は中国に四国。そして九州まで。その中には様々な出自の者が勢力の拡大に奔走していました。その中で最も成功を修めたのが毛利元就。安芸の一国人から始まった彼は、今や中国はもとより。四国更には九州にまでその覇を轟かせるまでに成長しましたしました。そんな彼の出自はどのようなものだったでしょうか?彼の祖先は大江広元。そう北条様。あなたと同じであります。』」