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Rathergeist.

「なんだなんだ、お前ら妙に手際が良いな! 実は裏で示し合わせていたとか、そういうやつか?」

「そういうやつって何だよ、そういうやつって」


 何やら妙な勘繰りを始めたツヨシの事はさておいて、朔太郎とヒロミは信彦に向けて視線を投げた。

 二人は口では何も言わなかったが、信彦にはそれだけで意図が伝わったらしく、彼も同じく黙ったまま芥川家を振り返る。

 信彦の顔には二人と違って一切の恐怖の色は浮かんでないが、しかしそれでも、なんともいやあな表情は浮かべたままに見上げていた。

 そんな態度を不審に思い、とうとうツヨシも何か変だぞ、おかしいぞと不穏な空気に気付き始めた。


「何だお前ら、神妙な顔を浮かべてさあ! 何か不味い事でも起きたんか?」

「起きたというか、あったというか……まあ、気付く奴なら気付く感じの事はあったかな?」

「……なんだか俺が鈍感な奴だってバカにされてる感があるな……で、何があったって言うんだ、おい」


 朔太郎とヒロミと違い、まだまだ余裕がありそうな信彦が、二人に代わって解説を行った。


「廊下、かなりぎしりぎしりと音がきしむのに、何の音もたてずに飲み物を持ってきてくれたり、玄関の靴を丁寧に揃えられていたのが気になっているんだよ、そこの二人は」

「はあ? そんなくっだらない事気にするって、お前らちょっと神経質すぎやしないかぁ?」


 信彦の言葉に対し、ツヨシは小馬鹿にした態度をとってしまう。

 自分で気付き、体感した事柄なら少しは怖いと思っただろうが、他人からされたざっくばらんな説明だけだといまいち恐怖は芽生えないものらしい。

 ツヨシは非常に冷めた表情で、三人の事を見つめていた。

 その視線にイラついたのか、今度はヒロミが自分が見たものを説明する。


「いや、それだけやないねん。廊下のギシギシ音もやばいんやけど、奥にある台所もやばいねん」

「やばいって、何がだよ」


 促すツヨシの言葉に対し、朔太郎が説明を引き継いだ。


「立地と時間の関係もあって部屋がかなり暗かったのに、明かり一つ付けないまま、家の誰かが料理を作ってる途中の光景があったんよ」

「途中の光景って変な日本語だなおい。いや、言いたい事は何となく伝わるから別にいいけどさあ……けどそれだけで怖いと思うなんて、俺にゃお前らの方がよっぽど変に思えるぜ」

「お前のカーチャン、電気もつけずに鍋でぐつぐつ煮込んだり、玉ねぎ切ってたりするか? ふつう家事をするなら手元をしっかり確認するために明かりはしっかりつけるじゃろ? それをやっとらん時点で、なんか……不気味っちゅうか、気持ち悪いっちゅうか……こう、なあ?」

「こうって言われても判らんわ、それ」


 薄暗いという説明一つとってみても、二人の間には大きな隔たりがあるのだろう。

 ツヨシの脳内イメージでは夏の木陰の下くらいの明るさを想定しているのかもしれないが、実際に現場を目撃していた朔太郎たちは、かなりの暗所のつもりで話している。

 もっと詳細に語ればお互い想定しているイメージをすり合わせる事が出来るのかもしれないが、しっかりとした相談をするという経験に乏しい中学生の頭では、そこまで至れない様だった。

 変わりに信彦が両者の仲介に努めていた。


「まあまあ、三人とも。トシハルの家からはもう出ちゃった訳だし、何であれ今日はもう解散という事で」

だって(じゃって)なあ、ノブ……お化け云々が出るって子供の頃の噂話を真に受けてる奴見たら、なんか文句付けてやりたくないか? 小学生かよ、お前ら……」

「なにおう……!」


 挑発的な言葉に気色ばむヒロミだが、信彦はそれを抑えつつツヨシを諌める発言をした。


「いや、実際に廊下のきしむ音がしなかったり、家主が一切顔を見せなかったりと、ちょっと気掛かりなところがあると思うよ」

「そんなん――人見知りとか、歩き方にコツがあるとか、色々あるだろ? そんなことも考えずに一方的に不気味がるとか、やっぱお前らビビリ――」


 ツヨシが一瞬即発の煽りを口にしきってしまう、その僅か一秒前――

 ――ガチャンッ、と何か硬質な音が、先程出てきた玄関口から鳴り響き、一同は釣られて同時に振り返る。

 芥川家の玄関の鍵が掛けられた音色であった。


「ッ!?」


 皆一斉に振り返り、扉を凝視してしまう。

 他人のお宅の前で言い争いをしている所を見られてしまった、というバツの悪さからくるとっさの行動でもあったが、それよりも何よりも一切の気配が無かったところからの突如の異音に対する、本能的な反射行為によるものだった。

 果たして扉の向こうには――誰の姿も見当たらない。

 横スライドの摺りガラスの玄関扉は、人影を映すことがないまま固く沈黙を守っていた。


「……は、はは……な、なんなんだよお前ら、びびってさあ。ちょっと扉の立て付けが悪くて変な音がしただけだろ?」


 ツヨシの強がりな発言も、内心の動揺を抑える為のものであるのは皆の目から見てもバレバレであった。

 そんな中、信彦だけが再度芥川家に近づき扉に触れて、周りの静止も聞かずに扉の開閉をしようと腕に力を籠め、しっかりと鍵がかかっている事を確認する。


「しっかり施錠はされてるみたいだ」

「おまっ……そこで触るのかよ! 怖いもの知らずかお前は!」


 ヒロミたちがドン引きする中、信彦はけろっとした顔で振り返る。

 眉尻こそ下がっていたものの、大した恐怖は感じていない様だった。


「いや、別にこれといった実害は無かったからね。お化けだろうと、気のせいだろうと、個人的にはどっちでもいい感じかな。まあ、みんながそんなに気にするって言うのなら、今後はしばらくトシハルの家で遊ぶのは無しにしようか」

「……トシハルん家も不気味じゃけど、お前の態度も大概怖いわ……」


 朔太郎が零した文句に、ヒロミもツヨシも全力で頷いてしまうのであった。



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