Othergeist.
それからの数時間、トシハルたち五人はそれなりに楽しい時間を過ごしていた。
テレビゲームやカードゲームの類で対決し合い、勝った負けたでわいわいと騒ぎ合う。
時折ジュースを飲み、いつの間にやら出されていたお菓子を食べ、ゴロゴロとしながらふざけ合う。
結局のところ誰の家で遊ぼうとも、さほどの差なんて無かったのだ。
精々がテレビの大きさの差だとか部屋の広さだとか、クーラーの効きが良い悪いだとか、その程度の違いである。
お化けが出るというホラ話や噂だとか、普段遊びに行かないからどんな家なのかと期待を膨らませていた朔太郎だが、やって来てみればなんて事のないただの一軒家だったので、期待をした分損をしたなあと少しがっかりしながら廊下をすたすたと歩いていた。
部屋の外を出歩いている理由はトイレで用を足す為である。
朔太郎は少し変わった体質を持っていて、柑橘類の類を摂取すると、トイレが近くなるという一風変わった性質を持っていた。
ゲームに熱中している隙に、トシハルとヒロミがばかばかと炭酸ばかりを飲んでいた為、喉を潤すにはオレンジジュースを選ぶしか選択肢が無かったのが彼にとっての運の尽きである。
コップ半分を飲んでからものの十分としないうちにもよおしてしまったので、朔太郎は断りを入れて席を立ち、トイレに向かって急行した。
「玄関から見てすぐ右隣って言うとったか」
ぼそぼそと口の中で独り言をこぼしつつ、朔太郎はぎいぎい鈍い音を立てる廊下を直進する。
トシハルの家はそこそこリフォームしているように思われたのだが、廊下に関しては全く手入れをしていないのだろうか、男子中学生の体重でも十分に音が鳴るくらいには摩耗してしまっていた。
やれやれ、こいつは確かにお化け屋敷かもなあと思いながら、朔太郎は玄関前に到着する。
一目見ただけでもトイレと判る、開き扉のノブに手をかけたところで、ふと妙な違和感を覚え朔太郎はきょろきょろと視線を巡らせる。
はて、何が気になったのだろうかと、彼自身が疑問を浮かべながらあちらこちらを眺めるも、それが何なのかが判らない。
妙だなあ、おかしいなあ。
とはいえそれが何なのか見出せないので、とりあえず疑問は置いといて、まずは先に用を足す事にする。
扉を開けて中を覗いてみると、そこ鎮座しているのはごくごく一般的な洋式トイレ。
便座カバーに包まれていないのがほんのり嫌な気持ちにさせるが、代わりに保温機能とウォシュレットがついている。
始めて使うトイレは色々と思うところがあるよなあと朔太郎は出すものを出しながら思いつつ、最後に手を洗って外に出て伸びをする。
外から聞こえるセミの鳴き声に耳を傾けながら、夕暮れが訪れるのも大分遅くなったなあと玄関のすりガラスから外を眺めていた所で、ようやく先ほど覚えた違和感の一つに思い至る。
脱ぎ散らかしていたはずの靴がきれいに揃えられている。
きちんと踵を揃えた状態で、つま先を外へと向けた状態で並べられているのだ。
自分ではその様な行為をした覚えはない。
信彦辺りが勝手に靴をそろえていたかも……と記憶を探ってみるのだが、生憎と彼は二番目か三番目に靴を脱いで廊下に上がったはず。
靴を丁寧に揃えている暇なんてなかったし、トシハルの家族の誰かが見苦しいからと整えたのかなと朔太郎は考えた。
まあ、確かにバラバラの靴ってなんだか嫌あな気分にならないこともないよなと、頭をかきながら少し反省しつつ居間へと戻ろうと歩き出す。
ぎい、ぎい、ぎいい――廊下がきしむ。
こんなに床がきしむなら、真夜中に誰かがトイレに向かったりしたらまず間違いなく目覚めそうだなと、眠りの浅い朔太郎は住み心地の善し悪しを考えてしまう。
ぎい、ぎい、ぎいい――と、此処で二つ目の疑問に行き当たる。
かなりぎしぎし言わせてしまっているのだが、いくらゲームでワイワイと騒いでいたというのに、この音に気付かないというのは少々おかしくはないだろうかと思い至る。
いや、そもそも最初にジュースが廊下に置かれていた時は、まだそんなには騒いでいなかったはず。
なのに何の足音もしないまま、コトンとおぼんとグラスと二本のペットボトルが置かれていたのは、少々妙な事ではないかと朔太郎は気づいてしまっていたのだった。
もしかして、居間の手前は床板がしっかりしているのだろうか。
少し気になり、付近をウロウロとさまよってみる。
ぎい、ぎい、ぎいい――床板はきしむ。
何処もかしこもギシギシで、どうやったって足音は聞こえてしまう。
朔太郎は自分の体重を思い出す。
確か六月の健診では五十キロを超えていたはず。
そこから少し成長していたとしても、今は夏なので体脂肪は少し落ちている事だろう。
と、するならば余り体重には変化がないはずである。
だとしたら、ジュースを運んできた家主は自分よりもよっぽと体重が軽い相手なのかと夢想する。
朔太郎はおのれの母親の姿を頭に浮かべてみた。
だめだ、全く当てにならない。
朔太郎の母親は彼よりもたっぷり太った中年体型の、天下ならぬカカア殿下なお姿だ。
もっと猫の様にスラリとした体格の小柄な女性でなければ、きっと足音を鳴らしてしまうはずである。
だとしたら、求められる体重は四十台か、三十台か――あるいはいっそ、二十台?
1.5リットルのジュース二本におぼんとグラス、これだけで4キロ近くの重さになってしまうはずである。
そんな手荷物を持っていながらに、物音一つ鳴らさないなど、朔太郎にはとても人間業とは思えずにいた。
ゴクリ――朔太郎は息を呑む。
何だか薄気味悪い雰囲気に呑まれてしまっていた。
「なんやお前、さっきから部屋の外でウロウロウロウロしまくってん。ギシギシギシギシうるさいよぉ?」
居間のふすまをするするするっと開けながら、ヒロミが膝立ち姿で顔だけ出して文句を言う。
はっと我にかえる朔太郎はごまかし笑いを浮かべながら、なんでもない、なんでもないよと言葉に出して言うつもりだが、喉がカラカラに張り付いて、一言も発する事が出来なかった。
朔太郎の視線は、廊下の奥へ向けられていた。