Weathergeist.
「ふぅ……ひぃ……ふぅ……」
「息切れが激しいけど、大丈夫か芥川。どこかその辺にある自販機で、飲み物でも買っていくか?」
「ひい……ぬひぃ、ひい……」
暑さにやられてしまったトシハルが、息も絶え絶え言葉にならない返事交じりの吐息を漏らしながら、起伏が交互に続く学校からの帰り道を、友人を連れて汗だらけになりながら歩いていた。
学校から見て北側の住宅地や旧道は、木々も建造物も低いどころか場所もまばらで、日陰の類がとても少ない。
帰りがけにある稲荷神社がかろうじて木々に覆われているくらいのもので、他は総貫自動車道の高架下くらいしか日差しを避ける場所が無い。
よくもまあ、こんな辛めの道を毎朝毎夕通っていられるものだなと、皆はトシハルの体調を気遣いながら、そのような感想を抱いていた。
「そおいやお前、結構身体弱かったっけか。もそっとしたらツヨシが合流するから、どっか日陰で涼みながら待っとって、二人乗りさせてもらうべ?」
「いや、いい、もうすぐそこだし……外に居る方があっつい」
「そおか。ほならこれ飲み。俺の飲みかけやけど、ほれ麦茶。水分取っとったら、まあなんとかなるやる」
朔太郎が麦茶を手渡し、ヒロミが荷物を持ってやり、四人は日光の熱をたっぷりと吸収した灼熱の道を突き進む。
距離でいえばそんなに遠くは無いはずなのだが、なにぶん環境が劣悪の為、思ったよりも時間がかかる。
直射日光と風通しの悪さを考えれば、下手をしなくても絶賛別行動中のツヨシの家に向かった方が良かったのではないかと皆が思い始めたころ、おもむろにトシハルが腕を上げ、一軒の建物を指差した。
二階建てのやや新しい外装を思わせる一戸建ての民家。
隣近所の十軒ほど密集している他の民家よりもリフォームに手を入れている雰囲気が漂っていて、新築ではないものの比較的小綺麗な様相をしていた。
ただし全体の印象としては好感が持てるのだが、畑と呼ぶにはおこがましさのある荒れ放題の野っ原挟んで一軒だけポツン……と鎮座しているのが、なぜだか隔離されている様に思え、ほんの少しだけ田舎特有の排他的な雰囲気を匂わせてしまっていた。
「あれ、おれの、家……」
「お、おう、そうか。ならもう少しじゃけん、がんばりぃや」
ヘトヘトになっているトシハルを元気付けていると、後方からおおいおおいと呼び声が掛かってくる。
振り返って相手を確認してみると、一人先に自宅に帰り遊び道具を手にしてきた、ツヨシの姿が目に留まる。
ついでに着替えてきたのだろうか。
ツヨシは体格よりも一回り大きめなTシャツを風にたなびかせながら、肩てを振りつつ立ちこぎで合流する。
この辛い辛い炎天下の中でも元気が有り余っているんだなあ。
皆はその元気の一割だけでもトシハルに分けてあげられたらなと思った。
「何だぁ、暗い顔をして。お前ら暑さにバテたんか?」
「バテたというか、トシハルの体調が良くないんだよ。トシハル、家まであともうちょっとだから、もう少しだけ頑張れるか?」
トシハルは脂汗をにじませながら、赤い顔で頷いた。
それを目にしたツヨシは頭に手を当て、あちゃあと天を仰いでしまう。
「おおう、ダメそうなら早くに言えよ? というか、そんなに辛いなら、今日お前の家で遊ぶって約束撤回するか?」
「いや……日が高い時間にあんまり出歩かないから、疲れただけ。帰ったらまず真っ先にシャワーを浴びるから、それで多分なんとなかるよ」
「……ほんまにアカンならうちらに気ぃ遣わずに帰えらせてええからな? ヒロミのあほが言い出しただけの事じゃし」
「おうおう全部が全部ワシのせいにすなや! ったく、ほんじゃあさっさと家まで向かおか」
チャリ乗りのツヨシに荷物を押し付けて先行させ、その後ろを四人がぞろぞろ歩いていく。
ガチャガチャとカゴの中に置かれた鞄の中からプラスチックがこすれ合う音を立てながら、ツヨシは玄関外の塀沿いに自転車を止め、皆を待つ。
遅足でたっぷり二分ほどかけ、ようやくトシハルの家に到着した。
「鍵かけちょる? それとも開きっぱか?」
服の裾で汗をぬぐい続けているトシハルに対し、朔太郎は体調に気をかけるよりも先に、施錠に関して問いかける。
もし閉まっているのであればカギを取り出してもらうかチャイムを鳴らす必要が出てくるのだが、トシハルは黙ったまま首を横に振り、どっちなのかと朔太郎が再び問いだすよりも先に玄関扉に手をかけて、カラカラカラ……と全面すりガラスのそれを横に動かし扉を開けた。
「何だ、開いてんじゃん。こういうところ、田舎って感じだよなあ」
「何言っとんねんお前は」
妙なところで言葉のじゃれ付き合いを始めるヒロミと朔太郎を無視したままに、トシハルは玄関をくぐって靴を脱ぎ散らかしながら、顔も上げずにこう言った。
「それじゃあ、おれはちょっとシャワー浴びて体調整えに入るから、先に居間でだらだらしとって。廊下の奥の、左側の扉な」
「大丈夫かお前。風呂ん中で倒れたりすんじゃねーぞ? 着替えとか水持って行ってやろうか?」
「……いや、それは、大丈夫」
勝手に家の中を模索するともとれる宣言に、トシハルは少し遅れて反応する。
ちょっと悩んだあたり本当に体調が悪いのかなと想像するツヨシだが、一方で信彦はトシハルの家族の方が気になっていた。
鍵が開けっ放しという事は、母親か誰かが居るのかな。
だとしたら一応挨拶をしておいた方が良いかなと、そんなことを懸念していた。
しかし彼以外の他の三人は初めて上がるトシハルの家にうきうきしていて、そんな事には気づかない。
打合せでもしていたかのように、三人声をそろえてこのように発言した。
「おっじゃましまーす」
これには信彦も呆れてしまう。
トシハルもつられて、笑った。