Bothergeist.
「なあトシハルちゃんよぉ~、たまにはお前んちで遊ばねえかぁ?」
中学三年の夏休みも後半戦、学校の空き教室でノートを広げ受験勉強に励む中、どちらかと言えば飽き性の妹尾広己が勉強疲れで飽きが来たらしく、そのような事を他の四人に提案した。
「おいおいおい、遊ぶって、お前なあ……」
「だあってよぉぉーーーーっ! 息抜きの一つくらいさせてくれんと、我慢の限界が来ちまうよぉ」
生真面目な性格の難波強がその様に諫めても、ヒロミは即座に不満をぶちまけ反論する。
連日の受験勉強の日課続きにどうやら完全に参ってしまっているらしかった。
ヒロミは駄々っ子の様に足をじたばたさせながら、だらしなく椅子の背もたれに身体を預け、ずるずるずり下がっていった。
信彦と朔太郎は思わず顔を見合わせる。
こうなった時のヒロミがやたらめったらしつこく食い下がってくるのを、経験則上理解しているからだ。
「まったく、しょうがない奴だなあ。芥川、今日のところはあきらめて、こいつを持ち帰ってやっちゃくれないか?」
信彦がその様に仲介するが、はしゃぐヒロミとは対照的に、芥川トシハルは少し引きつり気味な表情を浮かべ固まっていた。
おや、何か拙ったかなと、信彦は首をかしげてしまう。
ひょっとして、今日は都合が悪かったのだろうか。
それとも以前、ヒロミがトシハルの家に遊びに行った際、何かハタ迷惑な事でもしでかしてしまった為、警戒でもしているのかなと懸念する。
しかし事情はもう少しややこしい内容だったらしく、朔太郎が頭をかきながらトシハルの事情を説明した。
「あのなあ、ノブ。その様子じゃお前は知らんと思うけど、ハルんちはちょいとした噂ンせいで、うちんとこの小学校じゃあそれなりに有名なんよ」
「噂だって? そりゃあまた、なんというか……ううむ」
噂話とやらの内容を知らない信彦は、そんなことを言われてしまうと思わず口をつぐんでしまう。
特に事情ではなく噂話という点がややこしく思えてしまい、問いただしていいものか、流した方が良いものか、判断がつかず黙ってしまう。
そんな態度が面白おかしく思えたのだろう、ヒロミと朔太郎は笑ってしまう。
「何じゃ、深刻そうな顔をして。別に死人が出たとかヤクザんちじゃとか、そーゆー話じゃ無いけん、そんな顔はするな」
「コイツなあ、今でこそ真面目ぶったイイコチャンなんだけどな、昔は結構フカシこいてたんよ。僕の家にはオバケがいますぅ、オバケが掃除をするんですぅって、そーゆー類の話をよお」
ぺしぺしと、トシハルの頭や背中を平手で叩き合いながら、ヒロミと朔太郎の説明は続く。
「まあもちろん、その話はフカシなわけよ、当然じゃわな。それでガッコでも色々噂ンなってってな、嘘つきお化け屋敷じゃなんじゃあって言われるようになってもうて、そのうちだれも家によばなくなっちまったんよ」
「よーはトラウマってやつよ、トラウマ。ま、それに関しては今更って感じだし別にええとは思うけど、一番の問題なんは、トシハルの家がおれらン中で一番ガッコから近所にあるってところやな」
「ああ、暑い炎天下の中長時間歩きたくないって事か……」
暑さが苦手な信彦も、彼らが提案した理由に理解が及び、思わずうなずき返してしまう。
が、すぐにその考えを改める。
二人があれやこれやと説明をする間もずっと沈黙を守り続けているトシハルの態度がどうしても気がかりになってしまったからだ。
昔の事だよと冗談めかして言う訳でもなく、ばつの悪い態度を示すわけでもなく、単純に強張り続けているその表情に不安を覚えてしまっている。
友達を家に招けない、何か別の理由が存在するのではないだろうか。
どうにも信彦にはそう思えて仕方がなくて、二人の提案に乗り切れない部分があった。
しかしそんなトシハルと信彦の態度など歯牙にもかけず、ヒロミと朔太郎の二人は意気投合したまま今度はツヨシに話を持ち掛ける。
ツヨシもまた、ここまでほとんど口を挟まず沈黙を続けていたわけなのだが、その顔色を伺う限り、どっちつかずの表情を浮かべている。
これなら説得側に回ってくれるか?
淡い期待を浮かべる信彦だが、すぐにその予想は撤回される事となる。
「じゃあ、オレはひとっ走りゲームソフト取りに戻るわ。オレはチャリ通だし、確か二番目に家が近いしな」
どうやら遊びの内容に関して思考を働かせていたらしい。
生真面目なやつとは何だったのか。
信彦はため息をつきそうになるが、よくよく考えればツヨシの奴はかなり気分屋であった事を思い出す。
どうやら今日のツヨシの機嫌は、広見と同じで勉強疲れが溜まってきているらしかった。
口や表情にこそ出していなかったが、ゲームソフトを取りに戻ろうとするあたり、かなり乗り気なところが伺える。
こりゃだめだなと、信彦は説得するのを放棄する。
変に波風をたててしまう事によって、じゃあお前は来なきゃいいじゃんとハブられてしまうより、みんなと一緒についていって、何かあったときのフォローに回ったほうが賢明かなと、考えを改める。
勉強道具を片付け始めたヒロミや朔太郎たちの動作を眺めながら、ポンとトシハルの肩を叩いて何かあった時はフォローをするからと言わんばかりに頷いていた。