Anothergeist.
おれの家にはポルターガイストが住んでいる。
より正確に表現するなら、家事全般を勝手にこなす、不可視の存在が居ついている。
……なーんて言葉を口に出せば、大抵の人は冗談と捉えるか、ただのフカシだと思うか、あるいはおれの頭がおかしくなったかと勘違いする事だろう。
しかしながら、おれは至って正気である。
曲がりなりにも来年ついに高校生になるのだ、ついてよい冗談とそうでない冗談の区別はしっかりついているし、世の常識とやらも子供なりに理解している。
おばけなんてまやかしだ。
宇宙人だってやって来ない。
超能力者なんてインチキだらけで、タイムマシンも存在しない。
サンタクロースは両親で、星座占いはどんなに良心的に解釈しても、統計学の類を抜け出せない。
そこら中を見渡してみても、摩訶不思議な存在なんて、誰かの空想上の産物に過ぎない事くらい、小学生を卒業した頃には誰だって理解する。
そんな事くらい、おれだってちゃんと判っている。
だが、だからこそ、おれはあえて宣言する。
おれの家にはポルターガイストが住んでいるのだ。
それだけは、まぎれもない真実だ。
おれが、というか周りの知人友人たちの家庭環境と、おれの家庭が大きく異なっている事に気が付いたのは、まだほんの幼い頃、おそらくまだ幼稚園に通っていたあたりだと記憶している。
たまたま偶然友達の家にお呼ばれして、そこで友達の親が玄関先で出迎えてくれた事に、ひどく驚いてしまった記憶があるのだ。
なぜ、そんな当たり前と思われる行為に驚いたかって?
そりゃあもちろん、うちの家ではそんな記憶が無かったからだ。
勘違いさせない様に、まず最初にはっきりと断っておくが、間違ってもおれは一人暮らしなんてものを幼稚園の頃から行っているわけじゃない。
きちんと父親と暮らしている。
母親は、存在しないが。
つまりは父子家庭という奴だ、今時珍しくもないだろう。
母の記憶はおれには無い。
親父は何も話してはくれないので詳しくは判らないのだが、恐らく死別か離婚でもしたのだろう。
聞けば答えてくれるかもしれないが、悲しみの記憶を態々穿り返すのは少し心苦しく感じたので、今の今まで一度たりとも尋ねてみた事は無い。
疑問は浮かばないのかと問われれば、そりゃあ少しは気にもかかるものの、話す素振りも見せない親父に無理やり問い詰めて聞き出すというのは、なんというか、忍びない。
説明をしないという行為にも、おれはきちんとした意味があると考えるタイプの人間である。
親父がおれに母の事を話そうとしないのならば、その意思を尊重しようと考える。
まあ、存在しない母に関する話題はここまでにしておこうか。
おれの親父は、いわゆる仕事人間というやつだ。
朝早くに職場に向かい、夜遅くに帰ってくる。
家に居る時間は少なくて、休みは日曜と祝日、盆と正月くらいのものだった。
きっと俺を養うために努力を重ねてくれている事は判るのだが、それ以上に単純に仕事が楽しくてしょうがない人なのだろう。
家族サービスという言葉とは無縁の人で、家にお金をしっかり入れてくれる同居人と呼んだ方が正しいかもしれない人だった。
そんな、よく言えば放任主義、悪くいえば育児放棄一歩手前とも呼べる親父との関係だが、別段おれは親父を恨んでいたりするわけじゃない。
おれを育てる為の努力は仕事という形で果たしてくれている訳だし、母が何時居なくなったのかが不明なので詳細の程は判らないものの、物心つくまでの間はそれなりに面倒をみてくれていたはずだ。
他にも授業参観や学校の行事ごとには案外真面目に参加してくれるし、日々のプレゼントも欠かさずおれに与えてくれた。
ちょっと直接面倒をみるのが苦手なだけの良い親である事には間違いない。
だがそれはそれとして家庭内の環境について、あまりにも無関心すぎるところがあるなとは思ってしまう。
なにせおれの家に住み着いている、ポルターガイストに関する話題を一つたりとも振ってこないところなんかが、もう最高に駄目だった。
ポルターガイストは本当に、家事の事ならなんだってやってくれているのにそれに一切触れないというのは、流石におれも呆れてしまう。
毎朝きちんと用意される食事の数々。
いつの間にやら干したり取り込んだりしている、日の光を浴びた暖かで清潔なシーツ。
チリ紙一つ残さずきれいに掃除された部屋。
丁寧に分別されたごみ袋や新聞紙の束。
いつの間にやら裏庭の畑に植えられていた野菜の数々。
靴の手入れも服の手入れも完璧に行われた、過不足の無い衣食住。
完璧を通り越してしまったとしか思えないほどの手際である。
いや、おれはごくごく一般的なご家庭の母親の家事能力に関して知識も理解も浅い為、よそのご家庭の家庭環境と比較して評価することがうまく出来ていないかもしれないが、それでもうちに住まうポルターガイストの仕事っぷりは、十分よそのご家庭のそれよりも働きすぎではないかと思っている。
体調の善し悪しだとか、その日の気分なんかで仕事に落差が生まれたりするものではあるが、うちのポルターガイストに限っては、それが無いのだ。
いつも淡々と家事をこなし続けていて、いっそ末恐ろしささえ感じてしまう。
ちょうど腹が減ったあたりを見計らったかのように料理が用意されていて、洗濯物は常にカラ。
食事の買い出しこそやってくれちゃあしないのだが、休日に親父と買い出しに行って、冷蔵庫に詰め込んさえしておけば、後は勝手にやってくれる。
それと、生協の配達物か。
これに関しては玄関に勝手において行ってもらえてるので、詰め込む方もポルターガイストが勝手にやってくれている。
どうにもうちに住んでるポルターガイストは、我が家の敷地内でしか活動範囲が無いらしい。
それともおれが視認できないだけで、外をうろうろ出歩いていたりするのだろうか。
こればっかりは判らないため、予想一つ立てれない。
まあ、そんなことはどうだっていい。
要は親父がポルターガイストに関して何の関心も持っていないという点さえ理解できればそれで問題ない。
そしてその上で、目に映らない、一言もしゃべりもしない、何が目的なのかも一切不明な訳の判らない存在に、家じゅういじくりまわされているという事だけを理解してもらえればそれでいい。
おかげで気軽に友達を家に呼べやしない。
何が起こるか全くの未知数だから、こればっかりはしょうがない。
頭の痛い悩みどころだ。
まったく、うちに居ついているポルターガイストは、果たして家に取り憑いた悪霊の類なのか、それとも血族に憑いた守護霊的な何かなのか、判断できれば少しは悩みも晴れるのだが、その疑問に答えてくれるものは居ない。
居るのはおれと、当のポルターガイストだけ。
親父は今日も朝早くから出社している。
朝食に使った食器の類もテーブルの上にそのままにしておいて、だ。
せめて流し台に移して水につけておくぐらいの事はやっておけよと、おれは頭痛を覚えながら食卓の椅子に座る。
そして今日も今日と用意されてしまっている、朝食のハムエッグと野菜ポタージュ、トマトサラダに焼いた食パンをむさぼりながら、この意味不明な生活が何時まで続くのだろうと夢想するのだ。