似た者同士
誰にも仕える事なく、金さえ貰えれば誰彼構わず雇われる傭兵を生業とする剣士。
後に大陸一の大剣豪となる彼は自分の剣を捧げるに値する君主を探していた。
それは本人すら気付いていない感情だった。
己が力が全てと信じ、突き進む彼の本能が求めていたのだろうか……。
“その力を自分の為に使うんじゃない”という言葉の呪縛に囚われ、それから逃げるように死に場所を求め、戦い続ける賞金稼ぎ。
後に死神と怖れられる彼は自分の為に力を使わなくても済む場所を求めていた。
過去に殺された恩師の言葉が、彼をそうさせているのだ。
だが、己が力が全てと信じる故に死に場所を求める結果となっていた……。
二人は似た者同士なのだ。
生い立ち、性格、顔立ち。年齢等は違えぞ≪己が力が全て≫という信念は同じである
また理由は違えぞ求めるモノも同じなのだ。
それ故、彼等は引かれ合ったのか?
まるで磁石のように、それが運命かのように……。
そう俺達は出会った。
紅き月の下で―――――。
・・・・・・・
ヒューっと風が吹き抜ける山々に囲まれた谷間。
ジリジリ迫る賞金稼ぎ二人と傭兵二人。
緊迫した空気が流れる。
今まさに殺し合いが始まろうとしていた。
カンっ!
対峙いていた二組が剣を交える。
それを合図に長髪で、血で染たような紅い剣を持ち、まだ幼さが残る賞金稼ぎと筋肉質で、それに見合う太目の剣を持つ場馴れした力強い顔立ちをする剣士が一歩一歩距離を縮める。
後一歩で斬り付けられる間合いに近付くと剣士は口を開いた。
「よーお前さんなかなかの手練れと見た。出来ればやり合いたくないが、退かないか?」
「……愚問だ」
賞金稼ぎは切り捨てた。
「へっ! そうかい。じゃあおっぱじめようぜっ!!」
お互い楽しんでるかのように見つめ合う。勿論それは一瞬の出来事だ。
ギーンっ!!
次の瞬間、剣士は一歩踏み出し剣を振り下ろした。
「くっ!」
それを防ぐ賞金稼ぎ。剣が大きく振動する。その剣を持つ手に負担が来ているのは一目瞭然。
「はっ!」
間髪入れず剣士が横に薙ぎ払らって来た剣を……。
カーンっ!
防ぎ通した。
「くっ!」
だが、歯を食いしばり賞金稼ぎは一歩引いた。
良い判断と言えよう。そのまま受けていたら、力で押し退けらていただろう。
一歩引いた彼は休む間もなく前に出る。
シュッ……ギーンっ!
剣士はパワーだけと思いきや、反応良い。賞金稼ぎが左下から振り上げた剣を防いだのだ。
カンカンギーンっカンカーンっ!!
更に賞金稼ぎは攻撃を返される余裕を与えず攻める。
賞金稼ぎの見惚れる程美しい剣筋は、同時に見届けるのが困難な速度だった。
直線的な剣士の剣筋に対し、賞金稼ぎの剣筋は曲線を描く。
賞金稼ぎの切っ先は優雅であるが、弧を描く為に最短距離ではない。ならば直線である剣士は攻撃を返せるのは道理。
というのにその差を無にする剣士以上の速さで繰り出せる速度が賞金稼ぎにあった。
だが最初の二撃によるダメージが残っていたのであろうか賞金稼ぎは再び引いてしまう。それだけの筋力が剣士にあるという事だ。
お互いしばらく睨み合いながら額から流れた汗を剣を持ちつつ右腕で拭っていた。
またお互い戦いを楽しんでるかのように口元が緩んでいた……。
距離を開けた二人は、どれくらい睨み合っていただろうか。お互いに懐に入る隙を探していた。
そんな二人の戦いの最中、他の二組の戦いが決していた。勝利の二文字を手にしたのは、両方共傭兵の方だ。
「隊長! 此方は片付きました。ご指示を」
傭兵の一人が剣士に指示を求める。
「ご苦労さん。じゃ、王子の後を追いな」
「し、しかし……」
「奴はお前さんの勝てる相手じゃない。とっとと行けっ!!」
「はっ! ご武運を」
指示を仰いだ傭兵二人は去って行った。
「悪かったな。さぁ続きをやろうぜ」
「……ああ」
賞金稼ぎが頷いた刹那、瞬足のスピードで剣士に斬り掛かる。
ギーンっ!
両手で構えた剣でそれをなんとか防ぐ。そして再び絶え間なく賞金稼ぎの猛攻が始まる。
カンカンカンギーンっプシュっ!!
手に痺れが消え先程より速い。剣士はしなやかな軌跡の一撃一撃をことごとく受け流すが、先程より速いが為、対応が遅れ頬を少し弧を描いた横一文字の傷を入れられる。
「ちぃぃ!」
カンカンギーンっ!!
それでも止まる事のない猛攻。剣士も対応出来るようになり、隙あらば重い一撃を返す。
賞金稼ぎはその一撃を時に防ぎ、時に往なし、時に躱す。
そのお互いの剣技、例えるなら賞金稼ぎのそれは疾風のごとき華麗な剣筋。剣士のそれは稲妻のごとき力強い剣筋だ。
キーンキーンカーンギーンっ!!
また飛び散る火花は火事場を思わせる。切っ先が交差し、幾度もにも、幾度にも、幾度にも振るわれる剣戟。
ぶつかり、弾け、火花を散らし合う剣と剣。
一体どれくらい打ち合っていただろうか。戦いが始まった頃は紅き月が真上にあったが、その存在を忘れ去られたかのように山に半分呑まれていた。
カンギーンカンカンカンっ!!
尚も続く賞金稼ぎの猛襲。剣はダンスを踊ってるかのように交わる。否、二人の心はダンスを踊っているのだ。
ギイィィィーンッ!!
戦場に一際大きな甲高い音が鳴り響く。お互いの剣を交差したまま時が止まる……。
力を籠めるわけででもなく、緩めるわけでもなく、交差した剣と剣の隙間から顔を覗かせ見つめ合う。
ヒューっと吹き抜ける風。赤き月は完全に山に呑まれようとし、辺りは徐々に闇が支配して行く。
そして遂には一筋の光さえも山は遮った。それを合図にすかのように後ろに飛び退く両者。
「ハァハァハァハァ……」
「はぁはぁはぁはぁ……」
お互い肩で息をする。両者最後の一撃を繰り出す為に呼吸を整えているのだ。
そうこの激しい戦いに終止符を打つ瞬間が目前まで迫っていた……。