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7.逃亡

 先日、麗しき王女を拝めたのも束の間、それからすぐにティスタは配属先移動となり、もう王女に向けて膝を付くことさえなくなってしまったこの状況に少し落胆していた。


(今回は城の門警備か……次に王女さまにお目にかかれる日はいつだろう……新人は移動が多いからな……あ、ここでも馬車はきっとお通りになるはずだ! いやお顔を拝見することは不可能か……はっいかんいかん! これは新人の務めだ! しっかり城の警備を務めなくては!!)


 相変わらずティスタは自分の感情と闘いながら仕事を全うする日々だった。


 辺りはもうすっかり夜だが、月明かりのせいかいつもよりは明るい。

 この森に囲まれた聖なる人(ホリスト)族の城がより一層美しく見える。


 その時、ティスタの近くから葉がこすれあうような音がした。


「なんだ? 不審者か!?」


「私が見てきます!」


 ティスタは隣の警備兵にそう伝えると、剣の柄を強く握りしめ、緊張しながらゆっくりと近付いた。


(怪しい者は許すまじ!!)


 この警備の役割に責任を強く感じているティスタは、緊張しながらもその茂みにゆっくりと近付き、生い茂っている場所を恐る恐る覗き込んだ。


 なんとそこにはローブの帽子を深く被った一人の女性がいたのだ。それに人差し指を唇の前で立てている。


「ひっ……!!」

 

「黙ってて、お願い!」

 

「え……!?」

 

「おい、どうした?」


 もう一人の警備兵が自分に問いかけて来る。

 ティスタはこの女性が近くに住む民なのか、城へ侵入しようとしている怪しい者なのか、瞬時に答えを出せなかった。


「ど、動物でした!」


 なんと、女性の通りに従ってしまった自分がいたのだ。


 すぐにこれは大きな判断ミスではないのかとうろたえ、茂みをもう一度見渡したが、すでに女性の姿はなかった。


(いない!?)


 慌てて後方の城への扉を見たが、ぴったりと閉まり、もう一人の警備兵はいつも通りに立っている。城へ行くにはここを通るしかない。

 侵入したわけではなさそうだと分かり、ティスタは胸をなでおろした。


(さっきの女性こんな時間に何してたんだろう……暗闇で顔もよく分からなかったな……)


 そんな不思議な夜が過ぎ去っていった。



 ――今夜は城周辺の見回りだった。威風堂々と大きな月が丸く浮かぶ明るい夜だ。


(あの月になりたい……はっいかんいかん! 警備に集中集中!!)


 毎日の鍛練と、夜の警備に体はくたくただ。

 だが、そんなことで警備の仕事に支障をきたしてはならない。

 そんな風に思えば思うほど、集中力が途切れるようだった。


「ダメだダメだ、しっかしろオレ……!!」


 今夜も月に照らされる聖なる人(ホリスト)族の城は美しい。

 そんな城を眺めながら1ヶ月前の不思議な女性との出来事をふと思い出した。

 

(あの日もこんな月の日だったけ……)


 その時遠くにある湖の方角から、水と水がぶつかるような音が微かに聞こえた。まるで誰かが泳いでいるようだった。


(今日は風もないのに……まさか不審者か!? 不審者は許すまじ!)


 ティスタは毎度の事ながら強い責任感と真面目さゆえの行動を起こし、剣のつかを握りしめながら湖の方向へ歩き始めた。


(オレは耳はいいんだ……! 不審者の音は一切聞き落とさない!!)


 どんどんと水のぶつかる音が大きくなっていく。

 ティスタは木の影に隠れながらゆっくりと湖へ進んだ。

 柄を握りしめている手が少し震えている。


(だ、誰か呼んできた方が良かったか……? いやいや、毎日鍛練を積んでるオレ、オレは出来る! 1人で!!)


 変な油汗を出しながら、木の影から湖の湖畔こはんをそっと覗き込んだ。


 ――なんと女性がいた。

 水浸しの下着姿で月夜に照らされた麗しい姿で。


(え……? 女性……!? お、泳いでいたのか!? こ、これは、まさかオレっての、覗きっていうやつか……!? いや待て待て、これは警備の上だ! いやっ待て、女性って言っても不審者かもしれないぞ……いやいやいや待て、このままじゃ覗き……いや、ちが、ちがっ…………)


「ちがーーーーう!!!!」


「きゃっ!」


 思わず意味の分からない言葉を叫んで、女性の目の前に登場してしまった。

 その女性は驚いた顔でこちらを見つめている。


「うわっ、ちが、違いますっ! すっスミマセン!!」


「ちょ、ちょっと待っ……!」


 慌てたティスタは自分の思わぬ行動に逃げ出すようにその場を後にした。女性が何やら言っていたようだが、それどころではなかった。


(うわっ、オレってとんでもないことをしてしまった……! オレって奴は、オレって奴は……!!)


 ティスタは恥ずかしさと自分の情けなさに押し潰されそうになりながら、城の方角へ走って逃げたのだった。

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