9.精霊
辺りは見るも無残な有様だった。
色とりどりの草花が咲き乱れ、凛としていたこの草原が乱暴に踏み潰され、赤く塗られ、土にまみれている。
一面の瑞々しさはもう見る影さえもなかった。
けれども、終わったのだ。
この無情な戦いが。
「おい、おわったな。やったな、おい」
「……あぁ」
またコイツが足元から話しかけてきた。
いや、コイツなんて言ってはいけない。
この得体の知れない小人達のおかげで、窮地を救われたのだ。
「おい、なんでげんき、ないんだ? うれしくないのか? おい」
はっきりと言ってしまえば、まだこの胸はざわついている。
だが、この感情があるからこそ自分が自分でいられる気がするんだ。
「そんなことはない。……ほんと、協力してくれてありがとな」
ふと思うと、一体この奇妙で土色の生き物は何だろうか。
目の前の事に精一杯でそれどころではなかったとは言えど、冷静に対応している自分が不思議すぎる。
近くでまじまじと見入っていると柔らかな声がした。
「それはね、土の精霊のノームよ」
「リラ……!! もう体は大丈夫なのか!?」
「えぇ、だいぶ回復したわ」
「……本当にすまない! もうあんなことはしない、絶対に……!! 誓う……」
敬介は頭を深く下げたまま、あの時の後悔を詫びた。
あまりにも情けない奴だった。
ひしひしとその酷さが込み上げてくる。
「……いいのよ、気にしないで。あなたの気持ちはよく分かるから……それに、ケイスケは私達を救ってくれたわ」
「いや、オレは……」
リラはこんなしがない自分を、救ってくれるような言葉をくれた。
思わず目の前がぼやけてしまう。
あんなに危険な目にあったのにも関わらず、なぜそんな労りの言葉が出てくるのか。
本当に自分はなんてことを彼女にしてしまったのだろう。
「おい、おまえ聖なる人族の女だな。おいたち、おまえたちたすけた。よろこべ」
「ふふっ、ありがとね。小さな小人さん」
にっこりと微笑んだリラに、その土の精霊が帽子のツバを深く引っ張って顔を隠し、分かりやすく照れている姿がほほえましい。
「頼もしいな……」
「ケイスケ、今回、土の精霊ノームは私達を救ってくれたわ。でもね、どの精霊も味方をしてくれるわけではないかもしれないの。精霊は基本的に私達人間と接点を持たないわ。だけど、クリスタルに包まれたセーレ様をこの国に送り届けたのも水の精霊であるセイレーンだったのも事実よ」
「土と水の精霊が今のところ味方ってわけか……」
「えぇ、恐らくね。でも残りの火と風の精霊も、白神様を支えてくれている事には変わりないわ。精霊は、ティスタとセーレ様の件が起こるまではほとんど見かけなかったのよ。伝説とまで言われていたのに、あれから急に活動的になって目撃情報が一気に多くなったの」
精霊、謎に満ちた存在。
このティスタの剣で使う不思議な力も精霊のものだとキリア女王は言っていた。
普段は端麗で真っ白な剣だ。
だがこの剣から純真な輝きが放たれている時は別だ。
あれが精霊の力だということなのか。
輝きある状態で切られた魔物はチリとなりあの空へ消えていく。
だがサガラもそうだった。
これは一体どういうことなのか。
「なぁ、サガラはもしかして人間じゃなかったのか……?」
「……ええ、サガラは魔物よ。元人間のね。首に雷光のような黒い刻印があったでしょ。それが魔物の証なの。……きっと契約をしたのね、黒神と。その力で黒魔竜を操っていたはずよ。恐らく、寿命を超えてあのままの姿で生き続けていたと思うわ」
「やっぱりそうなのか……」
見た目は完璧に人間だった。
この汚れた大地を這うように流れ出た赤いモノも生々しく覚えている。
絶対に忘れようもないあの感触さえも。
するとケガ人に肩を貸しながらこちらへふらつくように向かってくるエダーがいた。
「エダー……! オレは……」
「……ちょっとはマシになったようだな、その覚悟が」
「……もう二度とこんな過ちは犯さない」
精一杯の反省を乗せ、この頭をエダーにすぐさま下げた。
今はこんな風に謝る事しか出来ない。
今後自分なりの覚悟を見せていくしかない。
無言でゆっくりと歩き出したエダーは、なぜか少し口角が上がっていた気がした。
その時だった。
背後から感じたのだ。
好奇心に似たその憎悪を。
巨人の拳で全身を殴られたような衝撃派がこの体を襲った。
それは一瞬の出来事で、まるで時が止まったかのようだった。
「おーい、なんでわいの数少ない友達を殺すわけ~? どんびきやわ~」
浮わついた男の声が遠くから響いてきたのだった。




