3.鍛練
岩盤に打ち付ける波音が今日も不気味にこの洞窟へ響く。
「やはりティスタの生まれ変わりがこの世界へ来たようです」
そうヒードがゆっくりと口を開いた。
『最後に足掻こうが、弱者など事足りぬ。そやつを殺るがよい。あれから二千年の年月を得て、ついにこの時が到来したのだ。完全に白神を抹殺すれば、この我の力によって他国は容易く支配出来るであろう……そしてお前はこの神地の王になるのだ』
にやりと笑うヒードの目の前にはあの恐ろしい姿が佇んでいる。
そう、まだこの洞窟から出られない大いなる黒神が――。
――
今日も燦々と睨みを聞かせる太陽がホリスト城の庭にきつく照りつける。
そんな中、エダーから毎日受ける鍛練の激しさは、かなり厳しいものだった。
筋トレに、走り込み、馬術、そして剣術。
その剣術が一番ヒドイ有り様で、体中は傷だらけ、アザだらけだ。
おまけにこの暑い日々で、体中から蒸気を発しているかのようだった。
想像以上にどぎつい日々で、エダーに自分は何か酷いことでもしたのだろうか、そんな風にさえ思えていた。
「おい、まだまだだ! なんだその持ち方、構え、腰!」
エダーに力負けし、打ち飛ばされ敬介は、棒切れのようにコロコロとまではいかないが、ゴロンと地面に転がった。
一緒に飛ばされた木刀をマメだらけの手でよろよろと拾い、がたつく体でまたエダーに向き合う。
まだやれる、と思いたい気持ちもあるが、正直に言うと息を整えることさえも出来ないこの体が鉛のように重い。
「ハァ、ハァ……」
「これでへこたれるようなら、お前はすぐに戦場で死ぬぞ」
睨みを聞かせ脅すようにそう言うエダーは、相変わらず敬介にイライラしているようだ。
「……分かってる」
「ああーーもう終わりだ! 今日は終わり! お前のその貧弱な体をどうにかしろ! 毎日もっと鍛え上げろ。元が弱ぇと話になんねーからな!」
「あぁ……」
「信じられねー弱さだよ、たくっ」
それぐらい自分でも分かっている。
サッカー部に所属していた過去はあるが、このような剣術など一度も触れたことはない。
何もかもが初めてで分からないことだらけだ。
だが、ここで食らい付いていくしか今の自分に出来ることはない。
分かっているから、何を言われようともやるしかないのだ。
あの時の力、どうやって出すのかさえ未だに分からない。
黒魔鳥と戦った時は一心不乱でもあり、そして完全に敬介という存在が消えていた。
ただセーレを守りたい、それだけだった。
それがあんな力を出せたのだろうか。
だが今は何かが違う、あの時とは。
自分には何が足りないのか、それが分からない。
「ね、ケイスケ! ちょっと休憩がてら、これ見てみない?」
近くの木陰に腰かけ、敬介の鍛錬の様子を頬杖をつきながらぼーっと眺めいていたリラが、楽しげに一冊の本を取り出し、表紙を掲げている。
「なんだそれ……」
「おいリラ、そんなのこいつに見せて何になる。俺は信じてねーからな!」
「私も正直半信半疑よ。でも興味があるの。これはね、ジダンによって書かれたあなたの前世の伝記物語! ティスタとセーレの恋物語が書かれてるの。そして二人の勇敢さや一途さも。国中の人達がティスタとセーレに尊敬と憧れを抱いているのよ」
まさか自分の前世の人生が別世界で伝記になって、製本され、国中で称えられているとは、誰がそんなことを思うだろうか。
ジダンが書いた内容も気にはなるが、読むのはなんだか気恥ずかしい。
「……いや、オレはいいや。なんだか恥ずいし!」
「そう? この本のお陰で救われた人はたくさんいるのよ。エダーだって……」
「おい、余計な事言うな。もう行くぞ!」
「もう……! じゃあ行くわね」
スッと立ち上がりながらそう言うと、憤慨しているエダーと共に二人で去っていった。
(あの二人いつも一緒にいるな……王女とその隊長の仲ってもんじゃなさそうだな)
夕焼け色をしている二人の背中を見送る。
エダーとリラが並ぶあの二人の身長差が、羨ましいぐらいにいい感じだ。
理想のカップルとはあのようなものなのだろうか。
そんな二人を見つめながら、今日も日が暮れようとしているのだった。




