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9.月夜

 あれから何日経っただろうか。今夜も城の見回りを行っていたティスタは、一人夜道の森を進んでいた。


 今夜はまるであの日のように、月が綺麗な夜だった。


(……思い出すな、思い出すな、集中、集中しろティスタ!)


 綺麗な月の夜には決まってあの湖での出来事が思い出される。

 思い出すまいと思えば思うほど、思い出してしまうこの脳に繰り返し訴え掛ける日々だった。

 そんな夜、いつものように湖の近くを通りすぎる予定だった。


 が、拾ってしまったのだ、その音を。


(ひっ! ……み、水しぶきの音っ! あ、怪しき者!? いやいや、せ、セーレ様だったらまた覗きに……いやいや怪しき者だったら……ど、どーする!?)


 ティスタは足を止めた。


(……怪しき者なら、行かなければ逃したことになる! ……オレは行く!!)


 ティスタは心に決め、湖へ潔く進み始めた。


 その時だった。


「おーい、お前誰や?」


「……!」


 振り向くと、背が低く痩せた男が一人立っていた。手には長めの剣を持っている。


「お前こそ誰だ……!」


 ティスタは剣を素早く抜き、身構えた。

 初めての実戦になるかもしれない、そう思うと冷や汗が滲み出し、心臓は爆発しそうだった。


「なんだお前弱そうやな、新人か? しっかしよー、こんなところにまで見回りしてるやなんて真面目やな。せっかくいい土産みやげ見つけたのによぉ」


「……土産みやげ?」


 その時だった。女性の叫び声が湖の方角から聞こえたのだ。


「ちょっとやめて! やめてってば! 離して!!」


「大人しくしろ!」


(あの声は……!?)


 ティスタは素早く湖の方角へ走り出したが、後ろの男が飛んできそうな勢いで追いかけてくる。

 だがそれどころではない。

 間違いなく今聞いた声は、先日目の前で無邪気に笑っていたあの女性のものだった。


「おい、待てや!」


 ティスタ自身が置かれているこの状況に恐ろしくもあったが、それ以上に恐怖を感じるのは王女を救えないことだった。

 湖の畔までたどり着いたティスタは、目の前の大男に素早く身構えた。

 王女は両腕を縛られているようだ。


「おいお前! その女性を離せ……!」


「はぁ? なんで城の兵士がこんなとこにいやがるんだぁ?」


「あ、あなたは……!?」


「すぐに助けます! 少しご辛抱を!」


 ティスタに追い付いた痩せた男も背後から殺気を送ってくる。


「湖によぉ、いい女がいたんでよ~他国にでも売り込もうかと思ってるんだわ~、邪魔しないでくれる?」


「馬鹿な事はやめろ! 言う通りにしないのならば、容赦はしない……!」


「おいおい、わっけー兄ちゃんよぉ、そんな真っ青な顔して冷や汗も出てるぞ? 新人だな。そんな物騒な物出していいのか? こっちは二人だぞ? それでもいいってわけだな……!」


 大男は剣を抜いてティスタに襲いかかってきた。


「……くっ」


 ティスタはその重たい剣をどうにか受け止めたが、その瞬間背後から痩せた男が襲いかかってくるのを感じた。


「こんのぉ!!」


 ティスタは目の前の大男を思いっきり突き放すと同時に、後ろの男へ素早く剣を回し入れたが、その痩せた男は後方へ飛び退いた。


 その瞬間、目の前の大男が自分の前へ飛び出してきた。

 何度もその剣を受け止め、反撃を繰り返すが受け止められる。


(くそっ勢いに押されてる……!)


 その時だった。

 背中部分に燃えるような鋭い痛みが走ったのだ。


「いやぁぁ! もうやめてっ……、お願い、お願いだから……」


 セーレ王女の悲痛な叫び声が響く。

 そう、ティスタは背中を切られていた。

 辛うじて立ってはいるが足からも力が抜けていくようだった。


「うっ……」


「おっしゃぁ、仕留めたわぁ! はやく女持っておさらばしよや! どうせこいつは朝になったら死んどるわ」


 ティスタを背後から切った痩せた男が冷たく言い放つ。


「それもそうだな、そのまま苦しんで死んでくれよ、新人さんよぉ」


「お願い……! 彼をこのままにしないで、お願い、お願い……!!」


 意識が朦朧もうろうとしている中で見えたのは、大男が王女を担ごうとしている姿だった。


「……ちょっと、待て、おい……その、その女性から手を、放せ……」


「おいおい、そんなガクガクでまだ戦うってわけ? 無理だろ。おいもういくぞ」


「……待て、って、言ってんだろ……!?」


 ティスタは膝の震えを必死に止め、二人の前へ飛び出し、剣を振り上げた。

 大男は剣を受け止めたが、ティスタは死に物狂いでとにかく剣を押し込んだ。


「なんなんだ、コイツ……!?」


「うぉぉぉぉ!!!!」


 剣をもう一度力強く打ち付ける。次の瞬間、大男の剣が高く宙に舞った。


「くそっ!」


 背中が悲鳴をあげたい程痛い、そしてドクドクと脈打つように熱い。

 視界もぼやけ始め、生暖かいものが自分の背中から流れ出ていることも分かる。


 だが、どうしても諦めきれない自分がいた。


「なめんなやっ!」


 痩せた男が剣を高く構え、勢いよく飛び出してきた。


 ティスタは大きく息を吸い残っている力を全て使い、渾身の力で相手の剣を湖の中へ撥ね飛ばした。


「……この死にかけやろうが! くそっ!!」


 尻を付いた痩せた男が言い放つ。


「これ以上その女性に手を出すのならば……切る!!」


「分かった、分かったって……い、行くぞ……!」


「あぁ……くそっ……!」


 丸腰になった男達は成す術もなく森の奥へ消えていった。

 そしてティスタは真っ青になって膝を付いている彼女の縄を素早く解いた。


「……大丈夫ですか、セーレ様……」


「ティスタ! もうそれ以上動かないで、お願い……」


「だ、大丈夫ですから、自分は……」


 すると何かが切れたかのように、急に力が入らなくなったティスタは王女の体へそのまま持たれかかってしまった。


「ティスタっ……!」


 その時だった。


「……我は聖なる人(ホリスト)族のセーレ。白神ベロボーグよ、水の精霊よ。我に力を注ぎたまえ。そして、この者に癒しを……()()()()()()()


 背中が暖かい。

 湖から数えきれない程に出てくる小さな雫がセーレ王女の周りで輝き、とても楽しそうに踊っているみたいだ。

 そしてティスタを包み込んでいる彼女はまるで水と共に寄り添う女神のようだった。


(綺麗だ……)


 陽だまりのようなこの暖かさと彼女の優しさに、ティスタは心の奥底から安堵するのであった。

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