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黄昏の境でお別れを  作者: 星畑ゆすら
金木犀の屋敷
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不可解な感情理由の一端1

穏やかな陽光が降り注ぐ屋敷の縁側。


 その縁側に夕凪とアズトは並んで腰掛けて座り、二人の間には三重から茎取りを依頼された金木犀が敷紙の上に、こんもりと山積みにされている。


 夕凪は初めての作業に苦戦していたが、慣れてくると細長い綺麗な指を駆使して、次々と小さな金木犀の橙色の花の内部から黄緑色の細い茎を器用に取り除いていく。


 そんな夕凪の様子を横目で確認したアズトは自身の作業の手を止めずに夕凪に声を掛けた。


「ねぇ、ボクに執拗く付き纏っていたのは三重の差し金?」


「いいえ、私の方からアズト様と親しくなる為にはどうすれば良いか三重様にお尋ねしたのです」


「その返答は?」


「三重様からは慣れるまでアズト様に付き纏えば時間が二人の仲を解決するわ。と素敵な助言を頂きました」


「やはり三重の差し金か、そして、どうして君も三重の戯言を実行に移したんだ…」


「先程申し上げた通りですよ。貴方を知りたいのです。それに三重様の助言は戯言じゃ無いですよ。今、こうしてアズト様が私と向き合って話しをしてくださっているではありませんか。素晴らしい成果ですよ」


 アズトは作業の手を止めて夕凪を見る。疑問を浮かべた夜空色の瞳に映りこんでいる夕凪は目を細めて楽しそうに笑っている。


 理解ができない。アズトからの名前を貰うことへの狐の執着。アズトを知りたいという狐の思い。アズトの前でにこやかに笑顔を浮かべている狐の感情の何一つ。全てが理解できない。



「不可解だ。何度考えても君の言動は理解できない。だって夕凪、君は…」



「アズトーー!夕凪さんーー!お昼ご飯出来たわよー!茎取りの仕事は一旦置いて、ご飯を食べに来なさーい!!」



 アズトが何かを言いかけたその時、アズトと夕凪を呼ぶ三重の声が屋敷に響き渡る。どうやら、昼食の支度が整ったらしい。


「アズト様、三重様が我々を呼んでいますよ。作って頂いた料理が冷めてしまう前に早く三重様の元に参りましょう」


 夕凪は三重の食事を楽しみにしているのか、そわそわとした様子で、早く三重の元に向かおうとアズトを誘う。


「君って、いつも出された食事を綺麗に食べるよね」


「えぇ、三重様の食事はとても美味しいです。残すなど勿体ないことはしません」


「毒が混入しているとは思わなかったの?」


「思いません」


 夕凪は物騒な事を言い放つアズトに対して、一切迷う素振りを見せず言い切った。


「私を殺すのでしたら、虫の息だった私を見つけた時に放っておけば宜しかったのです。なのに、貴方達は私の命を助けた。わざわざ助けた命を殺すような真似はしますまい」


「……」


「それに、私の鼻も食事に問題は無いと判断しました故」


(一応、始めは疑ったんだな)


 ふふんと得意げに鼻を鳴らす夕凪に対して、アズトは変な所でうっかりボロを出しているとひっそりと思った。


 本当にこの妖狐は狡猾で計算高いと評される妖狐らしさというモノが何処か抜けている。

 それとも、この真摯で何処か抜けている天然な態度そのものが演技なのだろうか。もし演技だとしたら悪どい立派な妖狐である。


 アズトが重要視している三重は、この妖狐をとても気に入っている。現時点で演技だろうと素だろうと、いずれ夕凪の傷が癒えてしまえば、この志ノ沙山から居なくなる。

 三重は夕凪が屋敷にいる現状を楽しんでいるから、夕凪が回復するまでの滞在期間に三重に害が及ばなければ問題無いというのがアズトの考えだ。


 しかし、三重に対して問題無くてもアズトに対しては問題があった。


 夕凪は出会った当初から何かとアズトを気にかけていて動ける迄に回復すると、アズトの後ろを金魚の糞の如く纏わり付いていたが、アズトはいずれ居なくなるのだから後腐れなく別れる為に最低限の関わりのみを持とうと務めていた。


 しかし、その態度を貫くことを夕凪本人は勿論、肝心の三重もが阻む。


 結果、夕凪の執拗な纏わりと三重に甘いアズトは夕凪への対応を変えざる負えなくなる。その一環として、夕凪の執着の理由をそれとなく問うてみたが理解が出来ずにいる。もう少し深く踏み込んで尋ねようとしたが三重の昼食の準備が整ってしまった。


 アズトは食事という行為に楽しみを見い出せないでいるが、夕凪と三重の両者は食事を摂ることを楽しんでいる様に感じられる。


 二人とも食事は出来たてが一番美味しいと言っていたから、このまま話を伸ばして昼食が冷めてしまえば三重が落胆するかもしれない。そう考えると、今に踏み込んで聞くべきでは無いだろう。



「さっ、アズト様。行きましょう」


「わかった。まだ茎取りが終わっていない金木犀はこの笊の中に集めてから広間に向かおう」


 アズトは竹で編まれた二つの(ざる)を用意して笊の底に敷紙を敷き、茎取りが終わった花弁のみの金木犀と茎が取れていない金木犀をそれぞれに分けていれた。


 茎が残っている方の金木犀の笊を夕凪が覗き込む。

 始めは山積みだった金木犀も残り四分の一程に減っている。



「この量ならば、残りの茎取りも食事を終えた後に二人で作業に取り掛かれば早くに終わりそうですね」


「…悪いけど昼食が済んだらボクは志ノ沙山の見回りがあるから屋敷を空ける。夜までは戻らないから、その間はボクに代わって三重が君と残りの分を片付けて貰う」


「お出かけになられるのですか?私も同伴させて頂いても?」


「ダメ。君は食事が済んだら三重と残りの仕事を終わらせて、それからは大人しく安静に…昼寝でもして過ごして」


「アズト様…」


「従えないなら強制的に君の意識を落として、柱に布団と一緒にぐるぐる巻きにしてやる。さぁ、前者か後者か好きな方を選ぶがいいよ」


「…ぜ、前者で…大人しく安静に過ごします」


 アズトは同行しようと食い下がる夕凪に最終手段をチラつかせる。


 柱にぐるぐる巻きにされて放置される自分自身を想像したのか、執拗い夕凪も流石にそれは嫌だったのか、これ以上は一緒に行きたいとアズトに懇願することはしなかった。


「決まったね。よし、昼食を摂りにいこう。お腹が空いて早く三重の元に行きたかったんだろ?」


「…そうですね、参りましょう」


 夕凪の声に先程の元気は無い。


 もし、今の彼が妖狐の姿に化ければ間違いなく耳と尾はシュンとして弱々しく垂れ下がり上位種の妖としての威厳は微塵も感じさせないだろう。


 夕凪とアズトは分別の終わった金木犀の花と茎が入った笊を縁側から室内にある机の上に置いてから昼食へと向かう。





 ✱ * ✱ * ✱ * ✱ *




 荘厳な金木犀の絵が描写されている襖をアズトが開け放つ。


 開けられた襖の向こうには畳二十程の大部屋が広がる。大部屋の畳には左右に赤い毛氈が敷かれ、その最奥には三人分の昼食が載ったお膳と座布団が用意されている。


 この広い大部屋は視界が戻った夕凪がアズトに連れられ初めて三重と顔合わせをした場所だ。

 夕凪がこの本殿に立ち入る様になってからは食事はいつも三人揃ってこの大部屋で摂るようになっていた。



「二人ともお仕事お疲れ様。二人が頑張ってくれたお陰でお昼のご飯は、いつもよりちょっぴり豪華よ!」



 ちょっぴり豪華だと言い張る本日の昼食の献立は、さつま芋の炊き込みご飯に椎茸と銀杏が載った茶碗蒸し、筍の天ぷら、葱がたっぷりのすまし汁。更には珍しく水菓子の羊羹まで添えられている。


 いつもの食事は三品程で、炊き込みご飯や揚げ物、羊羹等は出ない。普段の献立と比較すると成程ちょっぴりと言わずかなり豪華だ。


「本当ですね。水菓子が添えられていて普段よりも一品多いです。それに料理も手間が掛けられていて美味しそうです、三重様!」


「ふふふっ夕凪さん誉めてもこれ以上のご馳走は出てこないわよ」


 夕凪はどうやら三重の豪華な料理を目の前にして、アズトにお出かけ同伴拒否をされて落ち込んでいた気持ちの切り替えに成功したようである。



「では、いただきます」


 三重が両手を合わせて食事の号令を告げる。

 この合図も夕凪が来てからから出来た。


 昼食が始まって各々それぞれの速さで食べ進めていく。アズトは自身のお膳が中盤に差し掛かった頃に持っていた箸を置いて食事の手を止めた。


「三重、ボクは食事が終わったら志ノ沙山の見回りにいく。三重に頼まれた金木犀の茎取りは残り少しとはいえ残っているんだ。食後に夕凪と二人で残りの分を片付けてくれ」


 アズトが夕凪に話していた通りの午後からの予定を三重に伝える。


「いいわよ。私と夕凪さんで終わらせておくわ。それに元々、二人で作業して昼食が出来上がる迄にさ終わらないギリギリの量を渡していたもの」


  三重は予め知っているのか、残りの仕事について快く了承した。

 しかし、その了承と共に見逃せない台詞も吐いている。


「…三重、あの仕事は退屈しのぎの嫌がらせだったのか?」


「人聞きが悪いわ、アズト。そもそも貴方が何時まで立っても夕凪さんにつれない態度を取っているのがいけないのよ。あたしはただ夕凪さんと親身になる手助けをしただけ」


 アズトの囁かな疑問を三重は飄々と受け流す。


 三重は夕凪が来てからというもの度々、夕凪とアズトを仲良くさせるという名目を掲げてアズトを揶揄って遊んでいる。間違いなく遊んでいる。

 それをお前遊んでるだろ、いい加減にしろよと深く言及しようとするにも―


「私は三重様のお陰で楽しい時間を過ごせましたよ」


「あらあら、夕凪さんたらっいいこと言ってくれちゃって」


「やめて。君の感想はこの場においての三重を付け上がらせるだからやめて」



 二人にこうやって丸め込まれる。


 夕凪はアズトと三重では基本的には三重に味方、便乗をする。ここで共に過ごす内にアズトが三重に甘いのを知ったからだ。

 そして三重は遊びも兼ねているだろうが、都合がいいことに自分が気になっているアズトと話す機会を与えてくれる。

 夕凪が何方に付くかは白黒はっきりさせるのと同じぐらい明白である。


「アズト様、屋敷へのお戻りはいつ頃になられるのですか?」


 一足先に食事を平らげた夕凪がアズトの戻り時間を訪ねた。


「夜中には戻る」


「わかりました。随分と遅いのですね…」


「跡をつけて来ようとしたら…」


「お気を付けて。一刻も早いお戻りをお待ちしております」


  柱にぐるぐる巻きにされて縛り付けられる脅しを思い出したのか夕凪は瞬時に大人しく待っていると言ったが、どこか不安そうな気配を漂わせている。


「待たなくていい、問題なく戻ってくる。君は大人しく寝ていて」


「そうそう、アズトは遅くなっても必ず戻ってくるわ。心配しなくても大丈夫よ、夕凪さん」


「………」


 生き別れる訳でもあるまいし。ちゃんと戻るとも宣言している。それなのに何故か夕凪の不安そうな気配は消えない。


 アズトが 夜までとはいえ、屋敷から自分の傍から居なくなる不安からか夕凪は俯いていた。


 不意に夕凪の頭に手が置かれる感触があった。


 その手は頭の上で、ぎこちないけれど夕凪の長い髪をかき混ぜてながら頭を撫でている。

 この手の感触には覚えがある。アズトの手だ。


 俯いていた顔をあげるとアズトが無表情で間違いなく自分の頭を撫でている。夕凪は目を見開いて驚きで固まった。半月以上をこの屋敷で過ごして、アズトからこんなふうに触れられるのは初めてだった。


 無言のなでなでを続行していると夕凪からは徐々に不安の気配が抜けていった。


 それを確認したアズトはもう一度、夕凪に告げる。




「大丈夫、ちゃんと戻る」


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