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黄昏の境でお別れを  作者: 星畑ゆすら
金木犀の屋敷
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仲良くなる為の歩み寄り方法

 金木犀の香りが満ちる屋敷。その敷地内には澄んだ水を貯えた池がある。池の水面に浮かぶ開花もしていない睡蓮を中腰で何処か楽しそうに覗き込む三重。


 その後ろには無表情だが、どこか不服そうな雰囲気を醸し出すアズトが立っている。


「三重…いったい、何を吹き込んだの?朝から晩まで、おはようからおやすみまで、ずっとあの狐が傍を彷徨いているのだが」


「あら、言いがかりは良して頂戴。あたしは、ただアズトと仲良くするには、めげずに傍にいればいいって助言しただけ」


「しっかりと吹き込んでるじゃないか」


「いいじゃない。変な顔をするアズトが見られてあたしは愉快だわ」


 すこし眉を寄せて顰めっ面をしているアズトの頬を腰を上げた三重が楽しそうに人差し指でぷにぷにと突っつく。


「それに狐って名称じゃなくて、ちゃんとした名前で呼んであげなさいよ。アズト、貴方が自分で名付けたこの屋敷での仮名があるでしょう?名付け親のあなたがしっかり呼んで仲良くならなきゃ」


「押しに負けたんだ…仮名を与えたら大人しくなると思ったのに…逆効果だった。何でだ」


 自分の頬に埋まる三重の指を手首ごと掴んで離しながら、アズトは解せない表情で現在の悩みを思い返す。


 必死にアズトからの名付けを要求した狐は、その日の翌日から歩き回れるぐらいには体調が回復していたが万全とはいえなかった。


 そこで三重から体を元通り動かせるようになる為に、屋敷内に存在する立ち寄ってはいけない禁止区域以外は好きに出入りしても構わないと狐に許可を出したのだ。


 許可を得た狐は可能な限りアズトの周りをしつこく付き纏った。振り向けば「名前を付けてくださいますよね?」という期待に瞳を輝かせている。


 無言の拒否として無視をすれば、明らかに落ち込んでいた。しかし、三歩もすれば先程の落ち込みなど忘れたかのように再び傍に寄ってくる。


 そんなやり取りが十日以上続いて、根負けしたのはアズトの方だった。アズトからの名付けに執着する狐の気持ちは理解出来ないが、名前を与えれば大人しく傍を離れると思って仮名を付けた。


 与えた仮名は名付けで一度呼んだきり、それ以降は呼んでいない。

 しかし仮名を付けてから、ひっつき度合いが前より深刻になっている気がした。



 上位種の妖になればなるほど気位が高く狡猾で同族や認めていない者以外には残酷で残忍、傲慢な者達が多いと聞く。

 しかし上位種の妖とは思えないほどに、狐は三重とアズトに対して謙虚で愛想が良かった。

 こちらを化かしているか…もしかして妖狐とは、そういう種族なのだろうか。


(どちらにせよ。三重に対して害がなければ構わない)


 認められているとしても、残酷、残忍、傲慢。それらには程遠い狐の様子にアズトは自分が拾ってきたのは例外で上位種の妖狐ではなく、狐の形をしている、ただデカいだけの犬を拾ってきたのではないのかと疑い始めた。


「勿論、嬉しかったからよ。まだまだ感情に疎いわね、アズト」


「ボクがそれに疎いのは三重に散々言われて理解している。望まれたとおりに仮名を付けた。だからといって仲良くする必要があるのか?いずれは志ノ沙山(ここ)から立ち去るだろ」


「全然良いじゃないの。短い間であろうと仲良くなっても。怪我が治るまでとはいえ、それまで長い間続いてきた、あたしとアズトだけの単調な日々に新しい彩りが増えて、あたしはとても楽しいわよ」


「三重…」


「アズトは楽しくない?」


「分からない。屋敷の中に響く足音が一つ増えたぐらいにしか感じられない」



 アズトは息を細く吐いてため息をつくと、呆れ気味に視線を後ろの木々に向けた。


「ところで三重…この会話、狐…夕凪が立ち聞きしているのだけれど」


 木々の木陰からサクッと草を踏みしめる音と共に、アズトによって夕凪の名を与えられた狐が花が開くような笑顔を浮かべて現れる。


「三重様にアズト様、御前失礼致します。…アズト様、あぁ…今、名を呼んでくださいましたね」


  三重とアズトの前に進み出てた夕凪は胸に手を置いて頭を軽く下げて礼の形式をとる。


 そして顔を上げると名前を呼んでくれたアズトに対して砂糖を煮詰めて溶かし込んだかのような視線と声色を向けてくる。自身に向けられる歪な熱量。それらにアズトはこの場から早くも立ち去りたくなった。


 何故、必要最低限にしか接して来なかった自分に、これほど執拗なまでに関ろうとする相手の意図が理解出来ないからだ。


「あたしは夕凪さんが立ち聞きに来るの知ってたわよ。そろそろアズトがあたしに愚痴を零す頃合でしょうからね。夕凪さんにはアズトが逃げたのなら、逃げ先はきっとあたしの所だって事前に教えてあげたの」


 どうやら三重の掌の上で踊らされていたらしい。


「三重、どうして、そんな真似を」


「だって、アズトと夕凪さん全然話し合っていないもの。あたしは折角だから二人には仲良くなって欲しいのよ。」


「…仲良くする理由がボクには、本当に、分からないんだけど」


 三重は困惑するアズトを更に弄りたいのか、わざとらしく悲しげな表情を造り目元に袖口を寄せて、よよよっと、嘘泣きをした。


「それなのに、アズトってば夕凪さんから逃げるんだもの。夕凪さんはとっても努力してくれているのに。このままアズトが逃げる姿勢を崩さないなら私がアズトの逃げ道を塞ぐしかないじゃない?」


「三重様、その通り。流石です!私とアズト様はもっと仲良くなるべきなのに。アズト様ときたら私を無視してばかり…このままでは、私は悲しくて夜も眠れません。悲しみと切なさで胸が張り裂けて怪我の治りもきっと遅くなります」


 三重に倣う形で、芝居掛かった口調で鷹揚に喋り、しくしくと、わざとらしい嘘泣きをする夕凪。


(…なんだろう、この茶番は)


 自分を弄る三重とこうやって意気投合する夕凪。この狐、これだけ元気ならば志ノ沙山から追い出しても問題無い頃合いなのではないか。


「はい、アズト。これどうぞ」


 三重は足元に置いていた籠をアズトの胸へと押し付けた。籠の中には庭にある金木犀の剪定を行った際に、切り落とした枝が葉の付け根に橙色の小さな花が無数に実っている状態で籠いっぱいに詰まっている。


  今から三重が枝に付いている花を摘み取り、茎と花びらに取り分けて蜜漬けにする手筈だ。



「アズトがこんな調子では夕凪さんが可哀想。なので仲良くなる為にも、これから二人には金木犀の蜜漬けで使用する金木犀の茎を取り除く仕事をして貰うわ」


「それは自分が、やりたくない作業を体裁よくサボろうとしているだけじゃないのか?」


「そんなことないわよ」


 金木犀の枝は葉の付け根に橙色の小さな花々が密集して実っている。茎を取り除くには、手先の器用さ・ちまちまとした作業を長時間繰り返す忍耐力を必要とする。日頃から三重はこの作業を面倒くさがっていた。


「お任せください、三重様。その仕事、私とアズト様でやり遂げてみせます」


「…勝手に承諾しないでくれ」


 嬉しそうな顔で三重の仕事をアズトの承諾を得ずに引き受けた夕凪は三重に一礼した。


「ふふっ夕凪さんありがとう。アズトもお願い!二人で頑張って欲しいわ」


「…わかったよ、三重」


 結局、三重に甘いアズトは三重のお願いに折れた。

 アズトの承諾をもぎ取った三重は「私は昼食の準備をするから後は任せるわね」と一足先に屋敷に戻っていった。


 この場に残されたのは、アズトと夕凪のみである。


 三重が去った後、アズトは三重から押し付けられた金木犀の枝が詰まった籠を持って考え事をしているのか、籠を見詰めてた状態で動かなかった。


「アズト様、嬉しいです。三重様から託された仕事、二人で頑張りましょうね」


 夕凪の声に、アズトは視線を夕凪に移してからもう一度、視線を籠に戻す。



「うん、そうだね。いこう()()



 夕凪はアズトの言葉に一瞬、藍色の瞳を見開いて蕩けそうな笑顔を浮かべた。


  そして、先に歩き出したアズトに追いつくとアズトの三歩後ろぐらいを歩き屋敷の本殿へと向かう。

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