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黄昏の境でお別れを  作者: 星畑ゆすら
神隠し狐の帰郷
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碧仁からのお願いと取引1

  はだけた着物を胡座をかきながらも碧仁が戻したのを見届けてから、アズトは声をかけた。

 気がかりな点がいくつかあったけれど。

 今のアズトにとって絶対に知っておかないといけない重要な情報は、ひとつだけだった。


「あなたの一言。志ノ沙山に攻め入るというというその一言がアズトをここに留まらせている」

「そうだったね」

「単刀直入に聞きたい。誰がそんな馬鹿げた計画を企てている?」

「誰かわかったらお前はどうするつもりなんだい」

「阻止する」


 なんの迷いもなく、アズトにとっては当然の決定事項を口にする。


「どうやって?言われるまでもなく知っているだろうが、葉明岐尾においてお前の立場は危うい。私がこうやって庇護し、息子らがお前の無実を晴らそうと尽力しようともだ。相手がわかった所でお前が闇雲に突っ走って、どうにかなるものでもない 」

「だからといって、あまり放置はしたくない。ボクとしては、この火種が小さい内に消してしまいたい」


 アズトの言葉に碧仁は目を少し見開いてから、可笑しそうに笑った。


「ははっ!小さいだって?お前と我が息子を巡ってこんなに騒いでいるというのに!」

「まだ、志ノ沙山に被害がでていないから」


 ここに存在する妖たちの矛先が夕凪襲撃の首謀者の疑いがかけられているアズトを通り越して、志ノ沙山への侵攻が決行される。

 そうなった場合、ボクの中では余程の大惨事に繋がっていた。


「あまり長居はしたくないんだ。だから、はっきり言って欲しい。相手は誰?」

「炉淡」


 ろたん。炉淡。

 告げられたその名前にアズトは少し首を傾けた。

 黄心樹の巨木の下、白築と夕凪の会話が過る。


「おや、この名に聞き覚えでもあるのかい」

「志ノ沙山を立つときにあなたの息子たちがその名前を口にしていた。葉明岐尾にいる妖狐たちの中で、もっとも長生きで妖狐の当主にも怖じ気なく意見が出来る存在感だと」

「そうそう、おまけに妖力も御当主の次に強くてね。私にとって頭の上のたんこぶみたいな奴なんだよ」


 つまりは、碧仁にとっては迂闊に手が出せない相手なのだと伝えられた。


「どうして、その炉淡という妖が志ノ沙山に侵攻しようとしているのがわかったの」

「お前には此れを見て欲しい」


 碧仁は着物の袖から黒い漆塗りの小箱を取り出して、アズトの目の前に差し出した。


「中身を開けて、お前自身の目で確かめてごらん」


 小箱を受け取ってその蓋に手をかける。ぱかりと軽い音をたてて、簡単に開くことが出来た。

 中には朽ち果てた木片のような物体が布の上に、丁重に置かれていた。

 大きさは子供の掌に治まる程のもの。処々削れた跡がある。


「触れてみても?」

「お好きなように」


 感触をたしかめるように、アズトは人差し指でそれを撫でた。

 一見すると何の変哲もない、そこら辺の森やら山やらに転がっていそうな見た目をしているが、触れた指を通して見知った力を感じ取った。

 神隠しの山の秘地、その奥深くに根ざしているものを。

 それが僅かな残り火のように宿っている。


「これ、志ノ沙山のものだ」


 アズトが志ノ沙山に逗留し始めたのは、成り行きではあるが三重とある約束を交わして、三重が志ノ沙山を守る暈根という一族、その柱心に据えられたと同時である。

 三重の役目の一部をアズトが担うようになってから、幾度か侵入者が訪れたが全て返り討ちにしてきた。


 この手の中にある欠片は暈根三重が今の役割を引き受けるよりも前に、志ノ沙山から持ち出されたものになる筈。


「何処でこれを手に入れたの」

「三百年程前に身内のいざこざがあってね。仕向けられた刺客たちを捕まえて、ちょっーと尋問してみると、これを所持していた者がいたのさ。そいつらを調べていくうちに炉淡殿の影…いや、尾が見え隠れしていたんだ。お前が気にしている今回の計画もその時に知ってね」


 三百年前ともなると三重は暈根の役割を継ぐどころか生まれてもいない。


「どうやら、炉淡殿は志ノ沙山にある何かにかなりのご執心のようだ」


 振り返ってみれば志ノ沙山に侵入して来た者たちには、人間・妖問わず自殺目的だったり奴や純粋に迷い込んで来てしまった者などがいた。

 例外として、修行だの志ノ沙山で祀ってもいない神との交信をするー!だのよくわからん奴らも一部いたが、それらは自殺行為に等しいので自殺志願者として数えておく。


 その一部の奴らの中に明らかに殺伐とした雰囲気の妖たちがいた。

 三重があの妖たちについては不思議そうに首をかしげていた。

 黄昏時の志ノ沙山、神隠しが最も生じやすくなる頃合いに訪れ奥地に踏み入れても、不調を来してはいたが取り込まれる様子もなく五体満足だったのだから。

 誰かの指示で動いているのではと察してはいたが、ある時期を境にパタリと来なくなったのと、当時は三重が不安定だった為に深追いは出来なかった。


 あの時の三重の疑問、その答えがアズトの手の中にある。

 処々に削れた跡。

 あの妖達が無事だったのは体内に小さな小さな欠片を取り込んでいたからだろう。


 碧仁の話しが本当なら彼らを動かしていたのが炉淡だという可能性は十分にありえる。


「わかった。あなたの言葉、その全てを信じるわけではないけれど」

「それは嬉しい。もっと粘らないといけないと思っていたよ」

「・・・それで、」

「うん?」

「それで、アズトになにをさせようとしている?」

「息子を助けて貰ったお礼にお前を助けようとだね―」

「そういう建前はもういいから」


 碧仁はそうでもないけれどなー。と白々しく言っているが、あんな引き留め方をそんな筈がない。


「アズトが時間稼ぎになるってどういう意味だ」


 碧仁は頷きながらも、胡座をかいた膝に頬杖をつい探るようにアズトを見ている。


「なに」


 少しの間を置いて碧仁はなんだか言いにくいそうに口を開いた。


「ちょっと•••いや、どうしても取り戻したいものがある。お前にはその手伝いをして貰いたい」

「取り戻したい?なにを?」


 碧仁は手伝いと言っているが、おそらくはその目的の為にアズトを手もとに置いている。


「我が妻、唄鳴を」



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