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黄昏の境でお別れを  作者: 星畑ゆすら
神隠し狐の帰郷
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あしらわれた匣のなか

 

 碧仁からの歓迎を嫌々ながらも承諾したアズトは目隠しをされて、夕凪たちとはその場で引き離された。

 服は剥ぎ取られていないものの、武器を収納していた結晶石や旅に役立つと思って持参してきた道具などは取り上げられて隔離されている。

 罪を犯した囚人が収容されるような固くて狭い牢屋などでは無くて、結界とか封印が施されてはいるが、広くて綺麗な一室に。


 手の込んだ料理が運ばれくるし寝具はふわふわでふかふか。

 ご自由にお使いくださいと言われた調度品は真新しいものと年季の入った古きものが色々と混ざっているが、そのどれもが意匠が凝らされていたり、なにやら高価そうな素材で(こしら)えていたりしている。

 世話役を任命された妖たちは腹の内はどうであれ表面上では礼儀正しく親切な態度を装って甲斐甲斐しく接待をしてくれている。


 アズトの立場は碧仁の宣言通りに客人である。


 夕凪暗殺の首謀者と疑いがかけられているアズトがこのように手厚い待遇を受けられているのは、単純に碧仁のひと声によるものだ。

 夕凪と白築の父親である碧仁は妖狐一族を統べる現当主の弟であり補佐役も務めていると旅立つ前に聞かされた。

 妖力も相当に強く、その出自も相まって葉明岐尾千において、かなりの高い地位を持っている。

 当然として使える権力はとても大きく強いものだ。


 しかし、このような待遇を受けているからといって碧仁を信用に足る存在だと判断するには初対面での印象も相まって出来ない。


 幻影の光で照らされた畳の上に寝転がって、これからどう動こうかと考えようとしていた、その時。

 アズトの世話係を任されていると思わしき女妖たちの会話が届いた。


「ここに来てから眉ひとつ、表情のひとつすら動かさないわよね。あの罪人のお客さま」

「えぇ、本当に。つまらない。殺されるまでとはいえ、折角、碧仁様からのご厚意で親切にして貰っている身なんだから。こちらに感謝の意ぐらい示して欲しいわよね」

「内心、これから待ち受ける恐ろしい罰にびくびく怯えて固まっていたりして!だったら、あの無表情も愛らしく無様に思えて、面白味後が出てくるってものだわ」


 彼女たちの世間話は、余計なお世話(無駄)ともいえる内容が多い。

 …だけど、


「…側室の唄鳴さま、倒れてしまったわね」

「若様が兄君をお迎えに行かれると赴かれると同時に力尽きて、未だお目覚めにはなられてはいないご様子。幽閉されるまで、あと十日。このまま大人しくいて貰いたいわ」

「やっとって感じよ。凄い暴れぶりだったもの。私たち、唄鳴様のお付から外されて本当に良かった。そうでなければ、…今頃、何処の誰とも分からぬ肉塊の仲間入りを果たしていたかもしれないのだから」


 ここでの情報源になりえる。

 だから、アズトが気が付いていることに気付かずに。

 お喋りに興じていて欲しい。


「唄鳴様の一件といい、碧仁様の周辺は兄君が失踪されている間に一気に物騒な雰囲気に変わったわ。どうして、碧仁様は直ぐさま殺さずに、御身を貶めようとする賊と繋がっているとされ、御子息様を殺しかけた存在を饗しているのかしら?」

「それは、兄君が、あれを庇っているからでしょう。命を救われたからだとかで。…兄君、なんでも、今は必死に若様と一緒になって上に抗議しているそうよ」

「え、あの子は若様をも殺そうと切りつけたんでしょう!なんで若様も庇っているの?…あぁ、騙されているお可哀想な兄君に付き合ってあげているのかしら?」


 碧仁には碧仁の思惑がある。その為に利用価値があると判断したアズトを手元に置いている。

 それに沿う形で大人しく仮初の客人として留まってたのは、アズトにとって少しばかり無視出来ない言葉を囁かれたからだ。

 碧仁の側室、唄鳴の幽閉決定。そして碧仁と唄鳴の息子である夕凪の失踪。

 これらは葉明岐尾千を仕切る妖たちにとって大きな問題、話題となっているのは旅立つ前に黄心樹で聞かされていた。


(内容が少しばかり変化している)


 女妖たちの話をこっそりと伺ったところ、碧仁を邪魔だと思う存在とアズトと結託して碧仁の子を殺して追い詰めようとしているのではないかという憶測が有力視されているようだった。


 アズトが聞き及んだのは、妖狐達の中で現当主への反逆者がいるのではないか。他の妖一族が勢力を塗り替えるべく宣戦布告の為に夕凪を殺すという筋書き。


 あやふやだった目的が取り払われて、碧仁に矛先が集中する形になっている。

 噂なんてものは伝わる度に、時間が経つ度に、変わっていくものだけれど。

 これは偶然なのだろうか。何にせよ、アズトからすれば迷惑極まりない。


 いつしか女妖たちのお喋りが止まり鳴りを潜めて、その気配も遠くに去っていた。

 それと入れ替わるような形で今度は別の妖がこちらに向かって来ている。


 部屋の天井に朱色の正絹の飾り紐を使って吊るされた幾つもの黄金色をした鈴がチリンチリンと一斉に鳴り響いて、来訪者の訪れを知らせている。

 こんな現象は初めてだった。鈴は女妖たちが入って来たときには反応しなかった。

 基準はなんなのだろう。…けど、今はそれを考えてる場面ではない。

 アズトはゆっくりと上半身を起こして座り直した。


 開いた襖の向こう、結界を三つ隔てて繋ぎ合わせられた廊下。

 そこには黄金髪に藍色の目を持った妖。

 薄らと笑みを浮かべて碧仁が立っている。護衛は連れていなかった。


「入ってもいいかい?」

「どうぞ」

「では、失礼して。元気にしてる?此処での過ごし方に差し支えはないかい?」


 結界をすり抜けた碧仁は慣れた様子で押し入れを開けた。中から座布団を一枚取り出して、アズトの正面を陣取ると正座で腰を降ろした。


「閉じ込められている以外には、不自由していない」

「それは良かった」

「…単独、ひとりで訪れているの?」

「そうだとも。周りが五月蝿くなるのは目に見えてるし、とっても鬱陶しいから皆には内緒でお前に会いに来たんだ」

「ここで襲われるとは思わないのか」

「私が、お前に?…ふ、はは、あはははは!」


 当然の流れだと思って、言い放った、その一言。

 碧仁は揺れながら大きく笑いだした。


「私の身なりを剥ぎ取って、私の体を、めちゃくちゃにするの?、それは、それで、とても面白いかもしれない!」


 笑いが治まると、自身の着物の首元の合わせに手をかけて見せつけるかのように緩めて鎖骨を露わにする。肌蹴た着物が左肩から、もうちょっとで落ちそうだった。

 その状態で両膝と片手をついて身を乗り出した碧仁はこちらに向かって手を伸ばす。


 その手が頬に触れる直前にパシッと弾いた。


「私はお気に召さない?」

「なにがどうして、そうなるんだ」

「そちらから言い出したことじゃないか、襲ってくれるんだろう。そりゃあ、まぐ…」

「違う。ボクは、アズトは殺生の意味合いで言葉を発したんだよ。なにが、どうして、そう捉えるんだ。あと、服装を直せ。今すぐにだ」

「はぁっ…口惜しい。こんな気分になるのは、久方ぶりだというのに」


 これみよがしにため息を吐くな。襟元を正せ。

 こっちは、そんな茶番に付き合う為に、わざわざ捕まっているわけじゃない。

 突拍子がないのは上の息子共々なんだなと。一瞬だけ、見知った妖狐の姿が思い浮かんだ。


「ちょっと、からかっただけじゃないか。睨まないでおくれよ」

「お忍びなんだろ、見つかったら不味いのでは。早く本題に入るべきだ。…それとも、本当にちょっかいをかける為だけに、わざわざ顔を見せにきたっていうのか」


 碧仁がゆるゆるとやる気のない調子で手を動かして着物を直すのを見届ける。


「そこまで押されては私としても仕方がない。お望みの通り、真面目な話を始めようか」


 ここから先は、これ以上の脱線は御免だと思いながら臨むことにした。


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