首跳ねの歓迎会5
「夕凪、君。本当はなにか、とてつもなく大きな不祥事でもやらかしたのでは」
「ありません!アズト様、そんな胡乱な者を見つけたような視線を向けないでください。傷つきますよ。私は慎ましく生きてきただけの品行方正な妖狐です!」
「・・・」
ずいぶんと自信がある言い方をしているが、療養中の素行の悪さを知るアズトからすれば、夕凪のその主張を信じるには難いものがある。
アズトは君の兄のいってること、それ本当?みたいな疑いの意図が篭った視線で夕凪の弟である白築を見遣った。
「兄上にそのようなものはない」
(ダメだ。そういや、こいつには兄上贔屓が入っているんだった)
アズトは次に野狐の従僕、藺草を見た。
「私は若様の兄上さまと接する機会などは滅多にございませぬ。ですが周囲の既知としては催事や行事への参加も最低限であり、権力争いからも遠く諍いとは余り関わりのない貴い御方であるという印象でございます」
「そうだ。兄上は常に不要な争いを避けて来たのだ」
「ふふん、そうでしょう。聞きましたか、アズト様」
「わかった、わかったから」
胸を張って得意げな顔をして見てくる夕凪。大人しいという評価が正しいのならば、志ノ沙山の屋敷にいたときもそうであって欲しかった。
アズトの帰りを待って夜遅く寝巻き用のうっすい浴衣一枚で外をうろつかないで欲しかった。待ち伏せや、三重との共謀…他にも例をあげればキリがない。
しかし、今は過ぎ去った日々を振り返ってる状況じゃない。
夕凪を故郷に届けるという目的は達成したものの、今度はアズトが見知らぬ地に飛びされてしまった。
「君たち。現在地はわかる?みたところ、何処かの屋敷の広い庭みたいだけれども。あと、異変に気がついた妖の気配が徐々に近づいてくる」
ひとつじゃない複数だ。その中には結構、強いのも混ざってる。
「あぁ、わかる。妖狐を率いる現当主、桜悸様の住まう城だ。本来であれば門を通り、俺や兄上の住まいとされる屋敷近くの洞窟へと繋がる筈だった」
「もしかして厄介な場所にいる?ボクらは今すぐにでも隠れるべきなのかな」
いつまでもじっとしているわけにはいかない。なにせ、夕凪は未だしつこく命を狙われている身であるし、アズトはその犯人に仕立て上げられそうになっているのだ。
ここでは両者ともに穏便とは遠く離れた立ち位置にいる。
「私がこの場にて見つかり健在であると公になれば暫くの間だけでしょうが私に対しての警備が増やされるでしょう。そうなれば手を出すことが難しくなります」
「その中に間者が紛れていたらどうするんだ」
「護衛の選別は多少の駄々を捏ねてでも上を言いくるめて白築に任せようと考えています。それならば、信頼できるし私も動きやすい」
「はい、兄上。是非とも俺にお任せを」
兄に信頼されているといわれた弟は未だ顔色は悪いが士気が上がっている。
「ボクは?」
「アズト様は見つかれば拘束は免れないでしょう。…最悪、拷問紛いの尋問も起こりうる。一旦、私たちで匿い――」
「それには及ばないよ。その子は私の客人として迎え入れよう」
どこからともなく男の声が響く、静かな声だった。すぐ近くにはいないが、そう遠くにもいない。妖術を使用して声を飛ばしている。
次の瞬間には、そこで待っていろとばかりに狐火が包囲網となってアズト達を取り囲んだ。
それと同時に白築と夕凪は即座に姿勢を正しその場に片膝をついた。
藺草に至ってはぐったりとしていたのが、嘘のように素早い動きで持っていた白い提灯を横に置き、頭を放り出す勢いで土下座を繰り出している。
彼等は声の主を知っているのだろう。白築や夕凪も反抗をせずに狐火の渦に留まって恭順の意を示していることから、相手はこの兄弟よりも身分が高い存在であると伺える。
誰も動こうとしやしない。狐火の渦の中で立っているのはアズトだけになってしまった。
この場から離れるという選択肢が消えてしまったことをアズトは嫌々ながらに悟った。
「アズト様、どうか刀を仕舞ってください」
(不本意だが相手がボクたちの処に出向くのを大人しく待つか。刀はいざ必要となればまた取り出せばいいし攻撃する手段はなにも今持っている武器だけではない)
大人しく夕凪の言う通り武器を納めて、これからやってくる者たちに向けて敵対の意志は持っていないという態度を表向きは取る。
幾許かの時間が過ぎて、ざくりと庭の砂利を踏む音が鳴った。
晴れた日の海を連想させる瑠璃紺色をした狐火の一部が揺らめいて引いた。強い気配も直ぐそこに。やっとの到着だ。
「またせね。ちゃんとお行儀良く待っていられたかい」
「父上、直々の出迎えありがとうございます」
「任を果たしよく戻ってきてくれた。ご苦労さま、白築」
胸元に届くほどの長さをした黄金色の髪を飾り紐を使って首元辺りで結っている。
夕凪の目と色合いが似た藍色の目でアズトたちを興味深そうに映している男。
後ろには多くはないがお付と思われる妖たちが、ただの一言も発せずに無言で控えている。
白築が父上と呼んでいた。目の前にいるこの妖狐こそが志ノ沙山を出発する前に話に上がっていた白築と夕凪の父親ということになる。
「やぁ。はじめまして、アズト。ここまでの長旅で疲れただろう。私は碧仁という。話は聞いているよ。私の倅たち、特に上が随分と世話になったようだね。礼として私はお前を歓迎しよう」
気さくな声と優しい微笑を掛けられたアズトは瞬時に嫌な予感がピリッと走った。
「しなくていい。それよりもアズトは葉明岐尾千を立ち去りたいのだけど」
「悪いけど、それは承知しかねるな。ふふ、そう警戒してくれるな。逆に構いたくなってしまうよ。なに、手荒には扱わない。私はお前を労いたいし何よりも話がしてみたいからね」
「・・・」
柔和な笑顔を浮かべているが、その奥にある面白い玩具をみつけたという好奇心を隠していない、隠そうともしていない。
「報酬は弾むよ。おや、なにやら不服そうだね。面白いなぁ」
「貴方からの待遇をアズトは必要としていないし、話す内容も持っていない」
「安心おし。沢山のお釣りが貰えるぐらい持っているさ」
「アズトにとって意味があるとも思えない」
金銭を手に入れたところで有事を除いて閉鎖的な志ノ沙山では使い道がない。例え、金銭以外のモノだったとしても宝の持ち腐れになってしまうだろう。
「そう言わずに価値や意味があるかは実際に受け取ってみないと。今は無意味でも後々、貰って良かった〜って喜べる日が来るかもしれないぞ。それにお前は自らがどう思われているのかを知った上でここまで来たのだろう?なんの気まぐれを起こしたかは知らないがね。私としては、とても助かっているよ」
「父上、それは━━」
「それから気の迷いだったとしても、お前がこの場に残ったのは正しい判断だ」
「・・・・なにをもって、そういっているの?」
狐火がゆらりと揺らめいて通り道が出来る。
「まだ決定ではないのだがね」
わざと勿体ぶった言い方をした碧仁がゆっくりとした足取りで狐火で出来た通り道を歩いてくる。
碧仁が狐火の内側に入るや否や直ちに狐火は閉じて再び包囲網と化した。
お付の妖たちは誰も碧仁についてこない。そう命じられているのかはしらないが全員、外で待機している。
襲って来ないのはいいが視線が鬱陶しい。
碧仁はアズトの目の前まで来て、楽しそうに囁いた。
「一部の連中で志ノ沙山に攻め入る話が上がっている。例え、消えた倅が戻ったとしてもだ」
「それは連れ去った報復という意味で?」
「表向きはね。だけど本当の狙いは別にあるようだ。なんでも神隠しの山にあるとされている宝が欲しいとかなんとか」
「⋯」
「お前がこの地に留まるならばいい時間稼ぎになる。私も倅たちもこの話を無くしお前の冤罪を晴らす為に尽力すると約束しよう」
碧仁の口角の端が上がって笑みが深まる。
「どう?大人しく私の客人になってくれるだろう?」