いっておいで。これも経験、喜ばしいね2
「白築、既に顔合わせは済ませているが、改めて紹介したい。この方はアズト様だ。死にかけていた私を見つけ拾ってくださった。お陰で一命を取り留めたのだ」
「そうか。兄上が世話になったな。遅くなってしまったが俺からも礼を言おう」
白築は山吹を連想させる鮮やかな黄色の目にアズトを映した後に深く頭を下げて、兄を救ってくれたことへの礼を述べた。
「別に構わない。頭を下げる必要はない。彼の治療はボクにとっても必要だった」
その後、妖狐の兄弟は色々とお互いの現在の状況を語っている。
夕凪の志ノ沙山での日常、襲撃された証拠が消されていたこと。
…ここまでならばアズトも話し内容に立ち会っても良かった。
だけど、その後だ。彼らは他の妖の勢力情勢やら夕凪が行方不明になった後の妖狐一族の内部事情までをも話題にあげている。
「夕凪。…その話し内容。この場にいてと言われたが、本当にアズトが聞く必要性あるのか」
アズトは夕凪の命こそ助けてはいるが、それ以外に関しては部外者だ。
目の前で広げられている話は到底、外部が知っていい内容では無い。
彼の弟である白築も兄が認めたとはいえ、部外者のアズトが耳にすることに異を唱えないのが不思議だった。
「いえ、どうか聞いてください。私の命を助けた以上、アズト様、ひいては志ノ沙山は決して無関係ではありません」
「……」
「寧ろ、問題の渦中にいるのです」
そう懇願されれば聞かない訳にはいかなかった。
彼等の話しを大まかにまとめると、夕凪と白築は異母兄弟で妖狐一族を統べる長の血筋に連なる高貴な出の者達であるらしく、それなりの高い地位を持っていること。
その夕凪が行方不明になったのは、妖狐達の中で現当主への反逆者がいるのではないか。他の妖一族が勢力を塗り替えるべく宣戦布告として行ったのではないか等の疑念が湧き上がり、かなりの大事件となっているらしく、現在はその首謀者探しの真っ最中らしい。
その最中、神隠しの山と名高い志ノ沙山で夕凪の生存が判明した。
神隠しの山付近での行方不明、消された証拠。
先日に遭遇した白築の配下達もアズトを訝しむ目で見てきた。つまり、あの視線の意味は…
「もしかして、じゃないな。犯人として疑われているのか。ボク」
アズトは、自らの立場の都合で夕凪を助けた。そのことに、なんら後悔はない。必要だったからだ。
だけど、同時に意図せずとも目の前の妖狐のゴタゴタな家庭内事情に地面に突き刺さる勢いで首を突っ込む形となってしまった。
「はい。予測ではありますが、首謀者候補のひとつとして審議には、あがると思われます。…ですが、アズト様。そのような意は私が断固として許しません。絶対に」
アズトの言葉に肯定を示した夕凪は感情を削ぎ落とした様な顔をしている。だけど、鋭く伸びた爪を自身の皮膚が破れそうな程に手の平に食い込ませて、その肩は少し震えていた。
彼の周囲に妖気が陽炎のようにゆらゆらと漂っているのが感じ取れた。
己の命を狙い貶めて、雲隠れしようとする存在が許せないのだろうか。彼の感情が昂っているのがわかる。
「落ちついて」
少しばかりの背伸びして夕凪の頭を撫でる。
面倒な状態の夕凪を鎮めるにはこれが一番、効果的だと一緒に過ごす中でアズトは学んだ。
撫でている内に夕凪の周囲に揺らめいていた妖気は徐々に拡散して消えていった。
手の内をすべる金灰色の長い髪は触り心地が良く、陽光を受けて白金色に染まっている彼の髪は手を滑らす度に、細かい砂金が宙に舞っているかのように、きらきらと輝いている。
アズトは、この瞬間が面倒ではあるけれど嫌いではなかった。
「落ち着いたね」
撫でる手を止めれば夕凪の後頭部から、ぴょっこと狐耳がアズトの手を押し退けて生えてきた。
人化の術が崩れている。珍しい。彼は屋敷内で常に人間の形を保つことに注意を払っていたから。
「夕凪?」
「…はいっ落ち着きました。…その、もう大丈夫です」
違和感を覚えて、夕凪の顔を覗いてみると頬に赤みが増している。
不可解だった。いつもの彼なら、もっと撫でていいんですよ。と自ら頭を差し出して、アズトの手に擦り付けて催促するというのに。
(まぁ、気が鎮まったのだから気にしなくていいか)
ふと、白築の視線を感じたので彼を見てみると、信じられない光景を見たと言わんばかりの顔でこちらを凝視している。
アズトと目が合うと、はっと我に返って咳払いをし始めた。
その後に、とても深刻な顔つきに切り替わった。
白築は低く重苦しい声で、兄上、俺も心苦しいですがと話しを切り出した。
「兄上、心して聞いてくれ。…兄上の母君、唄鳴様の幽閉が決定されました」
アズトの隣にいる夕凪から息を呑む音がきこえた。