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黄昏の境でお別れを  作者: 星畑ゆすら
神隠し狐の帰郷
16/26

いっておいで。これも経験、喜ばしいね1

 朝日が障子を通り抜けて柔らかな光を運んでくる。暖かい。とても良い天気だ。


 今日は夕凪が弟と再開する日、その当日である。

 彼の故郷への道のりには、獰猛な獣の縄張りや突出した鋭い岩肌が険しい危険地帯を通る。


 さらに襲撃の可能性(これが1番の問題)もある為、警戒もしなければならない。単体で戻るよりも複数で戻った方が明らかに安全だ。


 その事を踏まえて体調が概ね回復した夕凪は悩んだ末、この機に志ノ沙山から立ち去ると決めた。


「夕凪さん、大丈夫?他に必要なモノは無いかしら?この屋敷で揃う物だったらなんでも言ってちょうだい」


「大丈夫ですよ、三重様。お心遣い感謝します」


 その当日、志ノ沙山の守り人である三重は張り切っていた。

 長らくの療養生活の中で三重と夕凪はすっかり仲良くなっていた。

 少しでも彼の旅立ちがより良くする為に、屋敷にある食料品の備蓄で可能な限りで豪華な朝食をを作り、旅立ちの日に袖を通す着物も皺ひとつ見当たらない位に綺麗に洗濯して、旅の中で必要な準備物が揃っているか何回でも確認して、夕凪を見送ろうとしてくれていた。


 その気遣いを夕凪はとても嬉しく思っていた。


「いい?アズト。現在、志ノ沙山はかなり安定してるわ。あたしは絶好調よ。暫くは、あたし一人でもなんとかなるわ。だから、夕凪さんの無事を見届けてから戻ってきてちょうだい。いいわね!絶対よ!」


 いつもと違って、そわそわした様子の三重は実に慌ただしい。


「三重。もう、わかったから。可能な限りまで夕凪を送り届けると約束する。だから落ち着いてくれ」


「そうです。何かの拍子に怪我されては大変ですよ…え、アズト様、一緒に来て下さるのですか?」


 アズトが旅路に同行するとは一切聞かされていなかった夕凪は驚いていた。


「あら、ごめんなさい。あたしったら、そうね。あばあさんだったわね。あたふたするのは危ないわね。ふふん、驚いた?途中までは夕凪さんの帰路にアズトを同行させようと思っているけれど、どうかしら」


 茶目っ気な表情で提案された、それに夕凪はぱぁあと笑顔で是非と頷いた。


「はぁ、夕凪さんが屋敷から去ってしまうのは本当に寂しいわ」


「文通するから繋がりが完全に断たれたわけではないだろ」


「もう、アズトったら!情緒がわかんないんだから!」


 アズトは三重から視線をそっと外して小さくため息を吐いた。


「いこう。そろそろ時間だ」


 三重は皺の入った手で夕凪の両手を優しく握りしめて寂しそうに笑った。


「とても名残惜しいけれど仕方ないわね。夕凪さん、道中お気をつけてね。どうか無事に故郷へ帰ってちょうだい。そして、お手紙楽しみにしてるわ」


「はい、三重様。必ず手紙を書きます。今まで本当にありがとうございました。ここでの御恩と暖かな日々は忘れません」


「えぇ、夕凪さん。またいつか。アズト、しっかり夕凪さんを送るのよ」


 アズトがこくりと頷く。


「わかった」


 三重と夕凪が分かれの挨拶を交わした後、アズトは夕凪を連れ立って神隠しの山に座する金木犀の屋敷の敷地を後にした。


 屋敷から出て数十歩、歩いたあたりで、先導していたアズトの足が止まった。そのまた体をくるっと向けて夕凪を見ている。


「アズト様?」


 夕凪が呼びかけるとアズトは手を差し出してきた。どうやら、手を重ねろということらしい。

 困惑しながらも目の前に差し出された、その手に幾分か大きな自身の手を預けた。


「君が取り込まれない為にも下山するまでは、こうやって繋ぎ留めておく。今は朝で、黄昏時では無いけれど。一応、念の為に」


 そう言って夕凪の手をアズトは握り再び歩き出す。


「そう仰らずに。下山してからでもずっと、このままで構いませんよ」


「ずっとは、動きづらいからダメ」


「それは残念」


 そこからは手を繋いで下山していく。


 甘く芳醇な香りが漂う金木犀の山道を夕凪はアズトと手を繋ぎながら降っていく。

 療養中、常に共にあったこの香りとも暫くお別れになるのだと思うとかなり切なくなった。

 そんな感傷に浸っていたとき、アズトから声を掛けられた。


「夕凪、君の弟に会う前に寄りたい場所がある」


 山道を抜けて、そのままアズトに案内されるままに立ち寄った場所を見渡して夕凪はアズトに質問した。心当たりがある場所だった。


「アズト様。もしや、此処は…私が倒れていた場所ですか?」


「そうだよ。君も一度、自分の目で確認した方がいいと思って」


 そこでアズトは今まで繋いでいた夕凪の手を離した。

 夕凪は自身の手の内からするりと抜け出したアズトの手を寂しく思いつつも案内された場をみて神妙な顔になった。


「確かに、話しに聞いていた通り、私がいた証拠が色々と消されていますね」


「当事者である君にしか分からないモノがあるんじゃないかと思って立ち寄ったんだ」


 夕凪は少し険しい顔つきで、かつて自分が意識を失い倒れていた場所に視線を巡らせる。


「ありがとうございます。痕跡を消した術者には、少しばかり心当たりがあります。…この場に立ち寄ることが出来て良かった」


「その心当たりって?」


 夕凪は苦い顔をした後にゆっくりと頭を横に降ってアズトに告げた。

 




 ٭•。.*・゜ .゜・꙳★.*・٭•。



 志ノ沙山から一理離れた場所に、一本の巨大な黄心樹が聳え立っているのが見える。


 その黄心樹は齢四百年の月日を経った立派な巨木で、この地に古くから住まう人間達からは御神木として祀られていた。


 アズトは、この黄心樹を白築との待ち合わせ場所に指定していた。


 近づくに連れて白築の気配が強くなってくる。


 アズトから待ち合わせにと指定された黄心樹を背にして白築は腕を組んで立っていた。


 やがて、こちらを、正確には夕凪を見つけて顔を綻ばせた。


「兄上、ご無事で良かった!」


「白築、久しぶりだな。私はこの通り無事だよ」


「その者に風邪を召されたと聞かされたが、身体の加減は如何か」


「白築、ありがとう。この通り大丈夫だ」


 上位の妖が体調を崩すことはほぼ無い為に兄の現状を心配していた白築はその言葉を聞いて、内心ほっと胸を撫で下ろした。


「体調が回復した後、いつ一族の元へ戻ろうと悩んでいた。そこにお前が来てくれた」


「兄上、では…!」


「あぁ。今からお前と共に一族の元へと戻ろうと思う。構わないか?」


「無論。俺の許可を求める必要もありませぬ。既に兄上がいつ戻っても構わぬよう根回しも済んでおります」


「ありがとう。白築の手際の良さには本当に昔から助けられてばかりだな」


「…夕凪、大事な話し合いがあるならアズトは少し離れるけど」


 そう言って場を離れようとするアズトを夕凪は引き留めた。


「いえ、アズト様も」


「夕凪…?」


 聞いたことのない名前に怪訝な顔をする白築に向かって、夕凪はとても誇らしげに笑う。


「アズト様が私に付けてくださった名前です」



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