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黄昏の境でお別れを  作者: 星畑ゆすら
金木犀の屋敷
10/26

風邪狐の治療法

 咳き込みながらも時間を掛けて、夕凪が朝食をひとしきり完食した。


「夕凪さんが風邪を引いてしまってからそれなりの日数が経過したのだわ。食欲は数日前に比べれば戻っている。だけれど、夕凪さんの様態はまだまだ悪いまま。相当、悪質な呪いよね」


「ここで意識を取り戻した時に飲ませて貰った…あの酒…元い薬を、今一度飲ませて頂くことをは可能でしょうか?」


 夕凪は意識を取り戻して、ここで飲まされた薬の感覚を再び思い出した。

 芳醇な金木犀の香りと共に甘い液体が喉に流れ込み酔いしれる心地だった。摂取した夜は全身に熱と痺れが駆け巡り悶え苦しんだが、襲撃で受けた傷に含まれていた毒を打ち消し呪いも存続してはいるが、かなり軽減されている。

 もう一度、摂取すれば完全にこの身を蝕む呪いを消し去れるかもしれないという考えが夕凪にチラついていた。


「残念ながら駄目なのよ。前回飲んでからの期間を考えると少しね。あれはね、秘密の薬だから深くは話せないけれど、立て続けに飲むと逆に身体に悪影響を及ぼす可能性があるの」


「そうですか…残念です」


 屋敷の主である三重に拒否を言い渡されば、居候の身である夕凪は諦めるしかない。


「それでね、あたしとアズトで夕凪さんの風邪を少しでも良い方向に改善させる為に考えたのよ。…夕凪さん、今は人の姿で生活しているでしょう?」


「えぇ…もしや私に変化を解けと」


「その通りよ。夕凪さん、なんでもないふうに装ってるけど、今の状態で変化してるのって結構、負荷がかかってるんじゃない?変化を解けば負担が減って、今よりも回復傾向に向かうんじゃないかって結論になったのよ」


 夕凪は眉を八の字に下げて変化を解くという案に賛成とはいえない、困惑、気が重いといった表情をしている。


「夕凪、何か不都合でもあるの?」


「いえ、三重様の仰る通りなのですが…変化を解いた私は人間とは違います。化け狐の姿よりも人の姿の方が色々とお二人も接しやすいのでは」


 人間の青年の外見をしているが夕凪が妖として持って生まれた本性は妖狐である。


「君の妖狐姿なら出会ったときに見ている。それに当初は、その状態の君を世話していたよ」


「ですが…」


「屋敷での生活は人間様式だから狐の姿で不便な箇所の補助はボクが請け負う」


「妖狐の姿でアズト様に再びお世話して頂けるなんて!…ではなくっアズト様の申し出、この上なく嬉しいです。…あのっしかし、そういう意味ではなくてですね。けほっけほ」


「君が何を不安がっているのか理解出来ないのだか」


 食べ終わった茶碗の縁を夕凪が親指でせわしなく謎りながら、アズト様のわからず屋と呟いてがっくりと項垂れた。


「…大きな目でみれば妖の方が激しくありますが…人間にも妖にも己とは違う種族や存在に偏見や差別意識というものを少なからず持っています。

 アズト様、その意識を軽減させるには何が効果的だと思いますか」


「その話しの流れだと差異をある一定まで減らせばいいよね」


「そうです。ですが、生まれ持った本質を変えるのは難しい。変えることが出来ないなら欺いて隠せばいい」


「そのぐらいわかるよ。大多数に一つだけ別の存在が混じってしまうと日常に色々支障をきたすのを防ぐために周りに合わせるんだろ。でも君が人の姿から狐の姿に成ろうとも…」


「アズト様はわかってるけど、わかってらっしゃい!」


 夕凪が声を荒らげて否定した。無理に声を絞り出したからか、その後に背を丸めて咳き込んでしまった。落ち着いたかと思うと、こちらに顔を向けて涙目で睨んでいる。

 藍色の瞳がゆらゆらと揺れる涙と一緒に今にも零れ落ちてしまいそうだ。


「私の言う差異の意味は生活の支障ではなくて、違う存在だとわかる妖の姿を見せることによって…もし、私を見る目が変わって…距離が出来てしまうかもしれない。それが嫌なんです」


「…だったら、一つ。君のお願いをボクが許容できる範囲内で一つだけ叶えるよ」


「アズトさま?」


 夕凪は藍色の目を大きく見開いた。


「ボクは君のその不安なのかな。それを埋める言葉を、きっと与えられない。自分でいうのもアレだが、ボクの君への態度は出会った当初に比べれば少し変化した…と思う。だから君が恐れてるものを否定出来ない」


「…あぁ」


「だから君が狐姿に戻ってからの不安を無くすにはどうすればいいか教えて」


「…なぜ、泣き出すの」


 夕凪は溜め込んだ涙がポロポロと頬を伝って流れて呆然とした表情のままアズトを見た。


 目の前のアズトは真っ直ぐに夕凪を見据えている。夜空色の瞳の中に己の姿が映っているのを見る度に夜空の深い色に吸い込まれて溶けてしまいたいと夕凪は思った。


「今までずっと、アズトからつれない態度をとられてきたから思いがけない言葉に驚いたからじゃないの」


「三重、今はおちゃらげないで」


「ふふ…はぁい」


「ア、ズトっ様」


 掠れた声で夕凪がアズトの名を呼ぶ。消えてしまいそうな声だったが、その声をアズトの耳は確かに拾い上げていた。


「うん」


「…私の、私の願いなのですが」


「なに?」


「私が、例え人の姿でも…狐の姿でも一日に1回は、その撫でてくれませんか」


「撫でる」


 それが願い?と不思議がるアズトに夕凪はこくんと恥ずかしがりながらも小さく頷いた。


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