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黄昏の境でお別れを  作者: 星畑ゆすら
金木犀の屋敷
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黄昏時、迷い込んだ手負いの獣

志ノ沙山(しのさきやま) と呼ばれる山があった。

 霧が立ち込め、一年中を通して咲き誇る金木犀があるとされる美しい山。

 その美しい山は人々からもう一つ、恐ろしき別の名で度々呼ばれる事がある。

 黄昏時に心に深い迷いを持っている者が入山すれば帰って来れない、神隠しの山だと。


その恐ろしい噂から山の中心部とは離れた麓であろうが、人々は志ノ沙山には寄り付かないのだ。


 夕日が沈んで夜の帳が顔を覗かせる夕暮れ時、志ノ沙山のその麓では霧が立ち込め侵食するように濃くなっていく。人々が恐れ遠のくその時間帯を恐れも迷いもない足取りで散策する人影がいた。


その影は、いつもはしない匂いと気配を感じ取った。


 血の匂い。この山に根付いているモノとは別の、根源が違う血の匂い。それも噎せ返る程、濃い血の匂いである。


 匂いの元を辿ると今にも死にそうな狐が真っ赤になって横たわっているのを見つけた。


 狐は金色にも銀色にもみえる綺麗な毛並みを持っていたけれども、その美しい毛並みの大部分は腹部と背中にある傷口から溢れ出す自らの血で今や無惨にも赤黒く汚れている。

 止め処なく溢れ出す血は狐自身だけでは無く周囲の草木をも赤く染め上げる血溜まりとなっていた。


 狐も傷の深さと出血の多さから意識が無く、目を閉じてぐったりと横たわっている。


 小さな影は、倒れ込んで全く動かない狐の傍に立ち寄ると膝をつき、しゃがんで左手を狐の口元に当てた。

 狐の細長い口元に当てた手には、細くて弱々しい吐息が手にかかる。


 この、頼りなく覚束無い吐息は狐がまだ生きている何よりもの証拠だった。


 小さな影が今にも命の灯火が消えそうな狐を見つけて思った事は、可哀想とか、そんな同情心などでは無かった。


 …どうしたものか、めんどくさいな。何で血塗れのいかにも訳ありですっていう狐がいるんだ。この狐が死ぬのは一向に構わないけれど、問題は場所だ。この場所で死なれるのは困る。


 面倒事が舞い込んできたという現状への不満だった。


 どうするか、逡巡した、その結果。


 仕方ない。移動させて治療しよう。この狐。

 大きいから生命力強そうだし、とりあえず現状は止血だけで持ち堪えて貰おう。


 狐の命を助けるという結論を決めた。


 自身が身にまとっていた羽織を脱ぐと裾を口で噛んで引きちぎり、細長くなった上着を広げて狐の出血が激しい腹部と背中の傷口をぐるりと強く巻いて血止めを施した。


 止血の為に布をそれなりに強く締め付けて巻いたが、狐の反応は何も無い。意識は無く、昏睡したままだ。


 だけど、命の脈動は止まっていない。



 うん、まだ十分助かる余地はある。


 というか、この志ノ沙山の現状を考えれば、今ここで死なれては少々困る。


 大の大人の男でも担ぎあげるのに、大変苦労しそうな大きさと重さがあろう狐を軽々と担ぎあげて、影は霧が烟り始めた神隠しの山、その奥地へと消えていった。


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