来訪者
「ふぃー,なんとか逃げおおせたのです」
「のです」
「なんであたしまで……」
「ちょ,まっ,まってぇ……」
どうにかこうにか魔の用務員さんを回避しつつ,すんでのところで校門を駆け抜けた私たち。
「さて,これからどうするのです?」
「なんであたしに訊くの?」
「いやぁ,もとはと言えば姫さまがぐぅすか寝てたのが原因ですから」
「むぅ……」
はいはい,むくれっつらしないの。
「なーんで星花戻ってきてまで走ってんですかねわたし」
「し,しほー先輩,相変わらず足早いですね……」
向こうは向こうでちっちゃいものシスターズが肩で息をしてる。
「お二方とも,うちのがご迷惑おかけしたのです」
「ほんとなのです。なんで古巣見に来たらこんなになってるのやら」
「だから時間遅いし止めときましょって言ったのに……しほー先輩ったらそれでも構わず行っちゃうんですから」
「おとなは色々忙しいのです,ええなんでのんびりさせてもらえないんですかねおとななのに」
なんか知らんけど遠い目になったのです。大人……その身長で言われても説得力がなーとか思ってたら足踏まれたのでした。このひと狂暴なのです。
「……さて,さっさと帰りましょうかー」
さっきの失礼もあるのであんまり関わらないうちに帰ろう,と思ったけど,なぜか先輩にスカート掴まれてて。
「ふふふ,逃がさねーのですよ?」
「やめてくださいひっぱるとおっこちるじゃないですか」
「し,しほー先輩,相変わらず手が早いです……」
「おうそこ誤解増やす発言はNGなのです,こいつがでけーから襟首届かないだけでその気はないのです」
「その気ってなんですかねぇ……」
おや,視線の端でこそこそ逃げようとするわが姫,一体どこに行こうと言うのです?
「久原さーんその子捕まえといてー」
「は,はーい…?」
「ちょっ螢!?」
ふふふ,犠牲者は多い方が楽しいのですよぉ。
「ごちそーさまなのです」
「……ありがと」
「わ,私まで先輩の…」
「おうこらちょっとは遠慮しやがれなのです」
ところ変わってここは甘味処。あのあとちっちゃい先輩に「ちっちゃいは余計なのですでっけーの」……コホン,謎の先輩に捕まえられて,どこか落ち着いて話せるところということでここまで連れてこられた。ほんとはその辺の公園の予定だったものの,わが姫さまのお腹が自己主張しはじめたので急遽移動。「しょーがないから何か食べよう」の言葉についでに乗っかって先輩のおさいふであんみつへ。……まぁ後で自分と姫の分はお返しするつもりですけどね。
「わ,私関係ないのにこうやっておごりで食べてていいんですかね……」
「久原さんはかわいいからせーふだと思うのです」
白玉をつんつんしながら答えると,
「おや,そこは気が合うのですね。とはいえ久原さんには助かりましたよ。離れてから2年で愛しの学び舎がだいぶ変わってたので」
ざっとまとめると,このしほー……四方田先輩は私の3つ上の先輩で私と入れ違いに卒業したっぽい。なので編入組の私は知らないOBさんだったわけで。
「思えば私の知る部員も少なくなっちゃいましたねぇ。さつきさんも美晴さんももう居ないですし」
「あのお二方ですか。初めてお見かけしたときは不思議な方だなぁと思いましたけども」
「不思議,ねぇ。そんなワードで片づけられるほどあのふたりは簡単じゃないのですよ?」
「……あー…たしかに……」
いろいろと思い当たる節が多すぎる。ほんとに。
「あとは……そうですねぇ,十さんのことも気になりますか」
「京ちゃんですか?」
「そういえば中等部から上がってきたのよね,十さん」
姫さまも口を開く。ほらほらあんこがこぼれてますよ,仕方ないですねぇ。
「京ちゃ……そうですか,その様子だと十さんはどうやら愛されてるみたいですね。それならよかったのです」
……おやぁ,視線が遠くなりましたよっと。いったい何があったのか後で京ちゃんをなでなでして聞き出してみるのです。
「そういえば,……しほー先輩が今日星花を眺めに来たのってなんでです?連絡もなしに来たのでびっくりしちゃいましたけど」
真っ先に食べ終えた久原さんが四方田先輩へと問いかける。さんざん「おごり……いいのかなぁ」とか悩んでたのはなんだったんでしょうか……
「んにゃぁ,それを説明してませんでしたねぇ」
椅子に深く座りなおした四方田先輩は,まっすぐこちらを見つめてくる。
「ひとつは十さんの経過観察なのです。最近はとんと連絡くれなくなっちゃいましたからねぇ,遅めの反抗期さんなのかしらんとしほーさんはちょっと心配になったのです」
ふむふむ,これは後でじっくり京ちゃんを撫でて聞き出したいのですねぇ。
「……で,もう一つが本題なのです」
おや,空気が。
「……今の茶道部がどうなってるのか見てみたくなったのですよ」