眠り姫と。
開け放した障子から吹き込んだ風が私の髪をやさしく撫でる。
春、ですねぇ。のどかですねぇ。これでお団子でも目の前にあればなお最高なんですが。
「ほたー、ネムちゃんまだ起きない?」
「うーんまだダメそうですねぇ」
念のためほっぺたをつんつんしてみるも、我が眠り姫はすやすや夢の中。
「もう強制的に起こしちゃわない?ほたもいい加減重いでしょ?」
「いやいや加奈子っち、それは流石に可哀そうなので…って舞ぃ?」
ふと視線を戻すと、こっそり眠り姫のスカートをめくろうとする同期の舞が居て、
「おーさすがだ、これなら起きる」
「起きないと思うしやめてさしあげろ。あと加奈子っちはしゃべらずに置物してて」
「えーんほたがいじめるー」
「ついでに被ったネコは置いてけー」
「えー」
なんてわちゃわちゃしながら同期たちが帰り支度をして、私のそばを離れていく。
「京ちゃんも帰っていいよ、私が最後に出るから」
背後でごそごそ音を立てる後輩に、首を動かさずにそう告げると、ぺこりとお辞儀をする気配がしてそのままつつつ…と去っていく。これで茶室には私と姫の二人きり。
そのまましばらくそうしていると、膝の上で頭がころんと動いて、
「むにゃ…?」
「お目覚めですか」
むくりと起き上がったその頭をわさわさと撫でて、ついた寝ぐせを整えてあげるけど、嫌そうに頭を振ってまたぐしゃぐしゃにする。
「撫でないで」
「撫でたくなる寝方してたあなたが悪いのですよ」
すかさず切り返せば、言い返すのを諦めたのか眠り姫はまたごろんと私の膝に頭を預ける。
「ほんとにあなたは眠り姫なんだから」
「いいじゃない…夢の中まではこの世界は追いかけてこないもん」
「それには同意です」
髪をさらりと撫でると、不機嫌そうに喉を鳴らして抗議してくるのももう慣れっこのことで。
「それで?まだ私は枕ですか?」
これに対する返答は、くぅくぅという可愛らしい寝息で。それを受け取った私の方も諦めて、さっきから重かった瞼のシャッターを下ろして閉店休業。
吹き込んだ春の風が私と眠り姫をもうひと撫でして、遠くの5時の鐘の音も運んできた。