07
もちろん言ったところで意味はないから中に入れても話さなかった。
こちらから引き出そうとしているときの姉の笑顔が不自然で気持ちが悪くて、後半は布団の中にこもっていた。そうしたら勝手にそこそこ経過した後に出ていってくれたから助かった形になる。
勝手にそういう計算をして、あたかも好きになってくれる前提でいて、でも初恋の人が訪れて、それでバカみたいに背中を押してきました、私は失恋しましたってダサすぎでしょ。
「七、ちょっといいか」
特に拒むことなく扉を開けると、父の後ろでガン泣きしている姉を発見。
「喧嘩でもしたのか? お前たちにしては珍しいな」
「違うよ、失恋でもしたんじゃない?」
「な゛っ!? な、七月に好きなやつがいたのか?」
あれ、言ってなかったんだ。
私は母に女の子が好きだと言ったら「いいんじゃない」と返されたので安心しているが。
「とにかく、七月は七といると落ち着くから相手を頼むぞ」
「えっ、あ、お父さん! はぁ……」
このひとりでわんわん泣いてる姉の相手をしろだって? 冗談じゃないよ。
鋭いからいまはいたくないんだよ……思ってもないのに大嫌いなんて言っちゃったし。
寧ろ大好きだよ、私にとって綺麗で優しくて笑顔が可愛くて魅力的なお姉ちゃんだよ。
でも、いまはタイミングが悪い……そして悪いのは全て自分だった。
「うわーんっ」
泣きたいのはこっちなのに……そんなの見ているとまた出てしまう。
私は勝手に泣いている姉の頭を抱いて涙をその上に流していった。
だってせっかく引っ込んでくれていたのに姉のせいでこれだ、自業自得だ。
「気にしなくていいんだよ……私のことなんて放って椎さんと仲良くしなよ」
どうせ私が悲しそうにしなくなったら去るんだろうが。
もっと上手くやれよ、妹だからって甘やかしてんじゃねえ。
「コンビニ行ってくる」
「え…………あ、危ないよ」
「私のことはいいから!! 早く寝なよ……おやすみ」
ただ可能性がなくなったってだけじゃないか。
別に恋に恋する人間というわけでもないし、恋をしていなければ死ぬというわけでもない。
大袈裟な反応するなよ……自分は幸せなんだからいいだろうが。
それで外に出たときだった。
「やあ」
「ひっ!? ……って、なんで椎さんがここに」
外に出てすぐ目の前に大きい人がいたら誰でも怖い。
「どこか行くつもりだったの?」
「あ、ちょっとコンビニに」
「じゃあ僕も行く、いいよね?」
「はあ、いいですけど」
姉と一緒にいてあげればいいのに。
でも、本当はひとりじゃ怖いから実は助かった――と、最初は思っていた。
「ねえ七ちゃん」
「なんですか?」
なんでわざわざ足を止めるのか。
「七月の気を引くためにしている困ったフリはやめてくれないかな?」
困ったフリって……私はなにも吐いてないけど。
全部隠し続けた。姉は泣いてしまったものの、だってあんなこと言っても意味ないし。
「さっき七月が電話をかけてきたんだ、君のことでね」
「そうですか」
今回に限ってグイグイくるから困っている。
椎さんが止めてくれると言うのならそれに頼るのが1番だろう。
だが、どう見てもそれを頼んだようには見えない。
こちらを見るその目は冷たいし、雰囲気だってそんな感じだった。
「やっぱり君が邪魔になるよね」
「……姉なら家にいますよ、いまからでも行ってあげたらどうですか? 大嫌いと言って泣かせてしまったので……あの、代わりに慰めてあげてください」
「泣かせた? お前が?」
「はい……」
お前て……身長も大きいうえに夜だから雰囲気が男の子のよう。
「ごめん、ちょっと苛ついててね。でもさ、だったらお互いに近づかない方がいいんじゃない?」
「そうですね」
「帰ったらすぐ部屋に入るといいよ」
「そうですね。というか、姉のことを泊めてあげてくれませんか?」
「それは七月次第だけど、言ってみるのもいいかもね」
コンビニには一応寄って、私はジュースを、椎さんはアイスを買った。
途中でキャップを開けて中身をちびっと飲んだら最高に美味かった。
それにしても、もう決めてしまえばいいのにと強く思う。
そうすれば姉にだって普通に対応しよう、少なくとも泣かせるようなことにはならない。
「ただいま」
「お邪魔します」
あ、こんな帰り方したら誤解されてしまうかも。
「……七ちゃん? えっ、なんで椎ちゃんと……」
あーあ……すっかり弱ってしまった姉とすぐに遭遇してしまった。
そりゃ驚くよな、自分の好きな人と帰ってきたりなんかしたらさ。
「お姉ちゃん、椎さんが泊まりに来ないかだって」
「椎ちゃんのお家に? ……七ちゃんは?」
「私は自分の部屋のベッドで寝たいから」
「七ちゃんも――」
「ごめん。今日ちょっとあってね、ひとりでいたいんだよ」
慈の背中を押したみたいに姉の背を優しく押して椎さんに近づけた。
あとはまあ上手くやってくれることだろう、私は気にせず寝たいと思う。
「……ごめん」
ふたりが付き合い始めたら全部言うから。
そうすれば楽になるかもしれないし、姉もまた親身に――はないかもしれないけど。
いつまでだって私があの優しい人の妹だということには変わらないんだから。
家に帰って来てくれればいつだって私はここにいる。
家族とはそういうものだ、例え恋人とかができようと変わらない。
上手くいくといいなと願いつつ、私は目を閉じたのだった。
「はぁ……」
ベランダに出てため息をつく。
高いのもあってここから七ちゃんが通っている高校が見えた。
ということはあそこ辺りが家かなどと考えて、細かいことは気にしないようにする。
「七月、ジュース飲む?」
「いい」
「じゃあ、アイス食べる?」
「いい」
来ておいてなにため息をついているのか。
なにかがあったのは確かで、本人の口からそれを聞けた。
でも、やっぱい嫌いって言われたくないし、弱々しくても私の前で笑顔を浮かべてくれている七ちゃんの気持ちを汲んであげたかった。きっと、私に迷惑をかけたくなかったからだろう。
「はぁ……そんなに七ちゃんが大切なの?」
「あ、当たり前でしょ、妹なんだから」
「でも、本人が言いたくなさそうにしているのに、それを無理して聞こうとするのは良くないことだよ」
先程からわかっていたことだが、七ちゃんの話をしているときの椎ちゃんは冷たい感じがする。
「七ちゃんは振られたんだよ」
「は……?」
「いや、ちょっと違うか。慈ちゃんの前に初恋の子が現れて、慈ちゃんはその子といることを選んだ――これも違うな。七ちゃんが背中を押したんだよ、とりあえず友達からやってみてって、私のことはいいからって」
なんでそのことを彼女は知っているのか。
だって慈ちゃんは言えないって断ったよ? 簡単に慈夢ちゃんとかに言ったりはしないだろうし……。
「ああ。慈ちゃんが好きだった子は圭子って名前なんだけどさ、その子から聞いたんだよ」
なんでそんなに知り合いが多いのか。
って、それで泣いていたってことは七ちゃんはやっぱり慈ちゃんのことが好きだったんだ。
「七ちゃんってアホだよね」
「え……?」
「だってさ、慈ちゃんのことが好きなのに背中を押してしまったんだからね。気になっているとか好きだったりしたら絶対に離さないようにするのが普通でしょ」
違う……本当はそうしたかったのに慈ちゃんのことを考えてそうした、絶対に。
それと、自信のなさもあったのかもしれない。
あの子はいつも「いいなあ、お姉ちゃんは」と言っていたし、どうせ好きになるわけないからって片付けようとしたに違いないんだ。
だけどそれができななかった、あの子にとっては慈ちゃんが希望だったから。
「譲ってしまった時点でそうなって当然なんだよ。なのにひとりになったら泣くとかおかしいでしょ」
「それは七ちゃんなりに考えて他の子に迷惑をかけたくないから――」
「七月にかけてるでしょ? 隠し通す強さがないならやめるべきだね」
なんでそんなことを言うんだ。
同情してほしいわけではないだろうけど、辛かったねでいいじゃないか。
なのにそんな切り捨てるような言い方、面倒くさそうな感じで言う必要はない。
そりゃ椎ちゃんにとっては友達の妹なんて興味はないかもしれない。
でも私は家族なんだ、大切な妹で大好きな子なんだ。
だからそういうわけにはいかない、寄り添ってあげないといけないんだ。
だって私を抱きしめて泣いてたもん。
辛いのにも関わらずお父さんには普通に対応しようとしていたし、こっちが泣いていたせいでまた無理をさせてしまった。
というか、あのときお父さんに言った言葉は自分に当てはまることだったんだといまさら気づく。
別に言ってくれれば良かったのに、甘えてくれれば甘やかしてあげたのに。
いや……私が七ちゃんといたかったんだ、これ以上距離ができないようにって。
「……そんな言い方しないであげてよ」
「ごめん、さっき七ちゃんにも八つ当たりしてしまったんだよね」
「七……ちゃんに?」
「お前って言っちゃったんだよ。だって七月に大嫌いと言って泣かせたんでしょ?」
私が泣いていたのはそれでじゃない。
なにもしてあげられない己の無力さに悲しくなったのだ。
逆に動こうとすればその子を傷つけてしまうという微妙な点に。
……自分が辛いのに、なんで自分が悪いみたいな言い方をするんだ。
「そろそろ寝ようか」
「私はまだいいよ」
「そっか、じゃあ体を冷やさないようにね」
「うん、ありがとう」
いますぐにでも七ちゃんに会いたい。
ただ、行ったってもう遅いし、また同じようになったら苦しませるだけになる。
しかもこうして逃げ出しておきながら、椎ちゃんを頼っておきながらなにを言うんだという話。
早く寝てしまおう。
明日になれば私もあの子も少しは落ち着けるはずだから。
「七月、ベッドにきなよ」
「床でいいよ」
毛布だって持ってきているから大丈夫。
「七月」
「なに?」
「僕のことが好きなら七ちゃんのことはもう忘れてほしい」
「か、家族だよ? 忘れるなんて無理だよ……」
無茶言ってくれるな、いまだって本当は会いに行きたいくらいなのに。
「……それが無理なら、僕たちが関わるのをやめよう」
「え……」
「だってどっちもなんてそんな中途半端は嫌だから」
極端すぎる、0か100でしか考えられないのはだめだと思う。
私は椎ちゃんのことが好きだ、そういう意味で好きだ。
私は七ちゃんのことが好き、それはあくまで家族として……なはず。
私だって中途半端なのは嫌だった、そこだけは椎ちゃんと同じ。
「七月は僕のことが好き?」
「好きだよ!」
「七ちゃんのことは?」
「好きだよ」
「その気持ちを捨てることは?」
「無理、七ちゃんも大切だから」
大体、捨てる意味がわからない。
椎ちゃんが1番好きで、七ちゃんや他の子も普通に好きでいいじゃないか。
彼女だって兄や妹がいるんだからこの気持ちはわかると思うんだけど。
「ごめん、そのままだったら受け入れられない」
「じゃあ無理だよ、私はそれを捨てられないし」
「なら僕も無理だ、今日で終わりだね」
終わりって簡単に言わないでよ。
それに好きという言葉が届かなくなったらもうどうしようもない。
「……本当は嫌だったってこと?」
「いや、七月のことは好きだったよ。でも、君は他を優先してばかりいるからね。大学でもそうだ、困っている人のために動けるのは素直に素晴らしいと思う。だけど、それで安心できるかって聞かれたらそうじゃないって答えしか出せない。そのせいで一緒にいられなかったことがたくさんあった。七月が助けようとしている人間を恨んだことだってある。大切にされている七ちゃんが嫌だと思ったこともある。僕の気持ちはどうでもいいってことかい?」
「そ、そんなことない……私はこうして椎ちゃんと一緒に――」
「いいんだ、いまだって七ちゃんに会いに行きたいんでしょ?」
図星だった。
けれど無理だからすぐに寝ようとして戻ってきたんだ。
私が行っても傷つけるだけ、なんの役にも立てないのだから。
「今日までにしよう。辛いんだよ、他の子と仲良くしているところを見るのは」
「な、なるべく椎ちゃんの前ではそうしないようにするからさあ!」
「駄目だ、七月にそんなことできるわけない」
「私はっ、あなたが――」
「言わないでほしい。その気持ちは……もう捨ててくれ。おやすみ」
どうしたって届かないのなら。
「……なら帰る」
「……うん、危ないから気をつけて」
出ていく前に最後の問いを。
「ね、本当に終わりなの?」
「うん……終わりだ」
「そっか……椎ちゃん、今日までありがとね」
「……こちらこそ」
外に出てひとり家に向かって歩いていく。
ばかなことをしたなとは思わなかった。
困っている人のために動きたいという気持ちは悪くないと考えている。
そのせいで自分のことが疎かになったらばかだけど、実際はそうじゃなかったから。
今日の私はただ、七ちゃんのために動いてあげたかっただけ。
それを椎ちゃんはだめだと言った、家族としてすら好きでいるなとも。
その時点で無理だったんだ。あとは、あの子を追い詰めておいて自分だけ幸せになるなんてできない。
「帰ってきたのか」
「うん、ただいま」
「おかえり。そうだ、七はまだ起きてるぞ」
「え? こんな時間なのに?」
「お前が言うな。中入れよ」
「うん」
それでも話すのは明日でいい。あ、いやもう今日だから朝でいい。
このことはきちんと隠しておこう。
また自分のせいだとか考えてしまいそうだから。