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06

 慈や他の子と話していたときだった。


「七、来たよ」

「あ、サケさん」


 三編み少女が訪れてきたのは。

 が、その瞬間に様子がおかしくなる慈。


「私の名前は衣笠圭子けいこ、よろしく」


 ん? きぬがさけいこ……って、本当にさけじゃんか。


「慈」

「お、お久しぶりです」

「うん、すごい久しぶりな感じ」


 え、どうやら知り合いだったようだ。

 これまで一緒にいなかった理由ってなんだろう。


「七、慈のこと借りてもいい?」

「はい、本人がいいならいいと思いますよ」

「……行かない」

「「え?」」

「私はいま七と話をしていました、途中でやめるつもりはないです」


 なんか喧嘩でもしてしまったのだろうか。

 口を挟んだりすると責められる可能性があるから黙っていると、手をぎゅむっと握られた。


「もう昔の気持ちはありませんからっ」

「そうなんだ……残念かも」

「え……ざ、残念?」

「うん……ひとりになって考えてみたんだけど、慈と仲良くなりたいなって。それで慈さえ良ければ私とまた……私をまた……好きになってほしいって」


 なん……だと、それはつまり初恋の相手がまた目の前にやって来たということだ。


「わ、私には七がいますから!」

「付き合っているの?」

「はい、私は七と――」

「だめだよ、そんな嘘は」


 そっかぁ……姉もだめで慈もだめだったのか。

 いやまあそもそもそういう意味で好きになってもらえるなんて考えてないけどさ。


「とりあえず仲良くしてみるのもいいんじゃない? 私のことは気にしなくていいからさ」

「でも……私は七のことを見ている的なことまで言っちゃったのに……」

「嬉しかったよ、あれで勘違いしそうになっちゃったくらい」


 昨日まで考えていないとか考えておきながらそういう可能性を考えていた。

 が、姉のが唐突に終わったように、こちらも唐突に終わりがきたというだけの話だ。


「ね、サケさんへの気持ちはもうないの?」

「……本当は忘れようとしてたの。七を使って、次へ進もうとしてた。だって七といるのは好きだったからっ。でも……七からこの人のことを聞いたとき、揺れた自分がいた」

「本人はこう言ってくれてるよ? だからさ、まずはまたお友達からやってみたらどうかな?」


 なにがお友達だよ……自分にとってはなにもメリットないのに。

 家族である姉ならともかくとして、そうでなくても忙しい彼女の場合はこれで完全に来なくなるのに。


「大丈夫じゃないけど、サケさんと仲良くなれるいいチャンスじゃん。なかなか相手の方からそんなこと言ってくれるってないと思うよ。今度は安心して仲良くできるでしょ?」


 私にとっていきなり現れたライバルではなく。

 サケさんにとっていきなり現れたライバルだった。

 いや、ライバルにすらなれてないか、だってここで真剣に嫌だと止めないのは諦めてる証拠だし。


「ほら」

「わっ――」


 背中を軽く押してサケさんに近づけさせる。

 だめだな、なんか最初の頃の私みたいじゃんそれじゃあ。

 慈はいつだって元気いっぱいにこにこ少女でいてくれなければ困る。

 サケさんの横にいることでそれを見せてくれるということなら、喜んで近づいてもらうよ。


「ごめんね押して、私はちょっとおトイレに行ってきますっ」


 そうだよ、残ったってしょうがない。

 どうせまだお昼休みは時間がある、少しぐらい教室を出たって遅れることだってない。

 というか、出てなくちゃ正直に言ってやっていられなかった。

 個室にこもってこの前と同じようにしていく。

 どんどんと水滴が流れていくが、いっさい気にせず流れに任せて。

 汚い話ではあるものの、ついでにきちんとトイレも済ませて個室から出る。

 豪快に顔を洗って、持ってきていたハンカチで拭いて。

 教室ではなく敢えて1階の階段裏で過ごすことに。

 ああ……ひとりだと落ち着くな。

 慈と知り合ってからはひとりの時間が逆になかったぐらいだ。

 でも、自分の内側までは変わっていなくて安心した。

 大体、自分からいる場所が違うって判断をしていたんだ、選ばれなくて当然だろう。

 同じ学年で同じクラスなのに変な遠慮をしていたのもだめな点。

 最悪なのは、サケさんといることで完全に来てくれなくなると決めつけたこと。

 だって私が魅力なしでも近づいて来てくれていた子だよ? そんなの有りえないじゃん。

 

「七」

「えっ?」


 いきなりやって来たサケさんが隣に座った。

 薄暗いこの場所でもわかるくらい綺麗な黒髪。

 こういうところも慈が惚れた点なのかもしれない。


「ありがとう」

「な、なにがですか?」

「だって、本当は七も――」

「ないですから、そういうのは」


 気になって、いただけだから。

 謝られると先程全て流したはずのそれが出そうになるからやめてほしい。


「考える時間だけはあったから、よく慈のことを考えてみたの。そうしたら……当時、自分では気づけなかった心地良さとか楽しさとか嬉しさに気づいて、どんどん気になりはじめてね」

「良かったですね、時間があって」

「うん、そう思う」


 なんでそれを本人にではなく私に聞かせるんだろうか。


「七が背中を押してくれたおかげで、私も慈も変われた……と思う」

「振り向いてくれるといいですね」


 もう両想いみたいなものだけど。

 だってすてきじゃん、初恋の人がそんなこと言ってくれたらさ。

 そりゃ、相手にその気持ちが残っていなかったのならあれだけど、慈の中には残ってたんだから。

 私はただ利用されようとしていただけにすぎないものの、いまそれは関係ない。


「戻るね」

「頑張ってくださいね」

「ありがとう」


 もう変わらないのだから応援でもしておけばいいか。

 体操座りで背を丸めて座っていたら予鈴が鳴ってしまった。

 もうすぐそこが昇降口なのに帰れないの辛いなあと呟きつつも、教室へ。


「あ、七……」

「もう、笑ってよ慈。私は慈の笑った顔が好きなんだから」

「うん……こう、かな?」

「そうそう、笑っててよ」


 こちとらその直前といまの笑顔で完全にきてしまった。

 だから慌てて席に着いて突っ伏して誤魔化す。


「今泉ー、もう授業始めるぞー」


 先生には悪いけど顔を上げることなどできなかったんだ。

 突っ伏さないで涙をボロボロ流した方がまだマシだったなこれなら。


「今泉、体調が悪いのか?」

「先生……」

「うわっ、ど、どうしたんだ?」

「ちょっとトイレに行ってきてもいいですか」

「お、おう、行ってこい」


 さすがにね、みんなに迷惑だと思ったから教室を出る。

 決して逃げるつもりはない、必ず数分後にはここに訪れよう。


「ばか、なんで教室で泣くんだよ」


 こんなんじゃ慈が気にするでしょうが。

 もういっそのこと逆に全く来てくれなくなってくれた方がマシだ。

 姉みたいな曖昧な態度で来られると困ってしまうし。

 グシグシと拭って、出たら水で洗って濡れた気持ちが悪いハンカチで拭いて。

 教室までの廊下をなるべく早く歩いて教室に戻る。


「お、もう戻ってきたんだな。席に着け」

「ありがとうございます」


 優しい先生だ、特に言うことなく許してくれた。

 幸い、みんながジロジロ見てくるということもなく、それどころか心配してくれたぐらいだった。

 お礼を言って席に座って、私はこれからのことを考える。

 恋はもう諦めた方がいいかもしれない。

 現実的に考えて慈が無理になったらもう終わりだ。

 他の子も優しいけど、慈の周りにいる子はみんな彼氏さんがいるから。

 自分じゃなにも動けていなかった、慈が動いてくれる前提でいてしまった。

 そうやって考えて動こうとしていたくせに、結局最後までできなかったことになる。


「今泉さん」

「え?」

「もう授業全部終わっちゃったよ? 帰らなくていいの?」


 慌てて見てみたら私と話しかけてきてくれた子以外には誰もいなかった。

 掃除がしたいようだったので謝罪をしてから手伝うことにした、どうせ暇だし。


「ありがと、助かったよ」

「ううん、声をかけてくれてありがとね」


 いまの私にできることは思っていてもそれを表に出さないことだ。

 そして、それならなんとかできる気がする、これまでずっとひとりでいたんだしね。

 でも、


「なにかあった?」


 家に帰ったら既にいた姉に簡単に気づかれてしまった。

 というかこの人、鋭いのは前々からそうだったのに油断していたみたい。


「なんにもないよ。コーヒー飲む?」

「ほら、いつもはコーヒーなんて飲まないのにさ」

「たまに飲みたくなるときがあるんだよ。ほら、最近はス○バとか人気じゃん?」


 いいや、勝手に作ってしまおう。

 姉のにはきちんと砂糖を入れて、私のにはなにもいれなかった。

 本当にコーヒーだけのもの、それを一気に飲んだらもちろん涙が出た。


「泣いてるじゃん」

「だ、だって苦いから……ここまで苦いとは思わなくて……」


 後悔した。

 ブラックコーヒーを好む人をバカにしたくはないが、だいぶおかしいと思ったぐらい。


「ね、言って? 隠される方が辛いよ」

「なにもないって……み、水っ」


 いや、牛乳だー!

 大きいコップにたくさん注いで全て飲み干す。

 これだけ一気に飲んだのは地味に初めてだ、なんだか優越感を感じられる――ことはなく。


「いたた……お腹痛いぃ……」


 腹痛に襲われることになって色々な意味で涙を流すことになってしまったという悲しいオチだった。




 妹ちゃんの様子がおかしい。

 とにかく私を避けているように見える。慈ちゃんと喧嘩でもしてしまったのだろうか?


「七ちゃん、私もお風呂――」

「やだ! 絶対に入ってこないで!」


 ガーンッ!? ついに反抗期がきてしまったの?


「うぅっ……」


 でもおかしくないか? いくら喧嘩をしてしまったとはいっても大袈裟な気が。

 そりゃまあお友達と喧嘩をしたのなんてあんまりなさそうだから……無理もないのかもだけど。


「七ちゃん!」

「あっ、開けないでって言ったのにっ、お姉ちゃんなんて大嫌い!」

「……そ、それでもいいよ。ねえ、今日なにかあったんでしょ?」


 大嫌い、大嫌いかあ……凄く傷つくけど、傷ついている妹を見て見ぬ振りなんてできないよ。


「なんでもないってば! いいからお姉ちゃんは椎さんとイチャイチャしてれば!?」

「言ってくれないとここどかないからね!」


 違う、言い合いがしたいんじゃないんだよ、私はいつもこちらのために動いてくれる七のために動いてあげたいだけなのに。辛いことがあったのなら吐き出しておかないとだめなんだ。


「言って!」

「言わないよっ」

「七の頑固者!」


 こっちの気持ちなんてなにもわかってくれてない。

 いいよ、こうなったら慈ちゃんに直接聞くから。

 ――で、聞いてみたものの、『私からは言えません』という返事だった。

 なにがあったんだ、いじめとかだったら慈ちゃんが言うだろうし……。


「あ、七っ」

「もういいから……椎さんと仲良くしていなよ。部屋に帰るから、絶対に来ないでよね」


 なんでだよ……なにを隠しているんだ。

 凄くむかついたから椎ちゃんに愚痴電話をかけることにした。


「もしもし?」

「あ、聞いてよ椎ちゃん!」

「落ち着いて。なにがあったの?」


 七のために動きたいのに本人に拒まれてできないことを説明する。

 彼女は「なるほど」と呟いたっきり黙っていたが、なにがなるほどなのだろうか。


「いいんじゃない?」

「は?」

「いやだからさ、本人が望んでいないならなにもしなくていいんじゃない? いまのままだとただのエゴになってしまうよ」


 いや……だって泣いてるんだよ?

 私といるときは楽しそうに笑ってくれるあの子が、トイレで、お風呂で、台所で、リビングで。

 もしかしたらいまだって部屋で泣いているかもしれない。

 なのになにもしなくっていいって? 彼女はそう言うのか?


「大切な妹が悲しんでるんだよ!?」

「だからさ、七ちゃんが1度でも聞いてほしいなんて言った?」

「それは……で、でもっ、周囲がこういう態度でいたら吐き出した方が楽だって思える――」

「それは七月の憶測でしょ? 七ちゃんはひとりで片付けられるタイプかもしれない。逆に周囲がそうやって口やかましくしてきたら落ち着かないよ」


 冷静になれてないだけで私がおかしいのか……?

 あんなの初めてだからこちらが大袈裟に反応しすぎているのかもしれない。


「あはは、一旦落ち着きなよ」

「……なにが面白いの?」

「別に七ちゃんのことを笑っているわけじゃないよ。七月は慌てすぎ、泣くことぐらい誰だってあるよ」


 でも、放置が正しいとはやっぱり思えない。

 例え嫌われても無理やり吐き出させて少しだけでもスッキリさせる。


「ありがとう、聞いてくれて」

「うん。あ、今度またあそこに行こうよ、七月が好きなお店」

「ごめん、いまはこっちの方が大切だから」

「そっか、ならそれが終わったら行こう」

「じゃあね」


 ……七に嫌われるのは辛いな。

 椎ちゃんと会えなくなることよりも凄く辛い。

 けどやんないと、押し潰されないように。


「七ちゃん、入っていい?」


 私は妹の部屋の扉をノックして、返事を待ったのだった。

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