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03

 姉は好きな人が来てくれたことでテンションを上げすぎてしまったのか、早々に寝てしまった。

 残された私たちはリビングでゆっくりお喋り中というのがなんとも意外な感じだけれども。


「椎さんはいつお姉ちゃんと出会ったんですか?」

「大学1年生の頃だね。授業で適当なところに座っていたら横に座ってきたのが七月だった」


 コミュニケーション能力が高いからお互いに盛り上がれたということか。

 対する私は慈たちとのそれから逃げてきちゃったからな……そういうところの差は大きい。


「あの、この前は偉そうに言ってすみませんでした」

「あ、七月のことを優先してあげてほしいって言ったことかい? いや、それなら君の言う通りだったからね。僕は七月のことが好きなんだ、誰にも渡したくない。例え、妹の君であったとしても、本気で戦うよ」


 す、好きまで引き出しちゃったよ、なんでここに姉はいないの? 疲れて寝るとかおバカさんなの?


「言ってあげないんですか?」

「……七月が僕のことを好きかどうかわからないからね」


 え、あれだけアピールしてて? 明らかに椎さんにだけは露骨な反応を見せているのに。

 なんだろう、完全にふたりきりだったりすると別の反応を見せていたりするのかな?

 簡単に言えば女の顔をしないでひらひら躱しているということ? というか、執拗に私をライバル視みたいなことをするのはなぜ?


「君はどうなんだい? 気になる人とかいるのかな?」

「いまのところはいませんね。仲良くしたいと考えている子はいますけど」

「それって慈夢――久保田さんの妹かい?」

「自分で言っておきながらなんですけど、名前で呼びたかったらいいですよ。ただ、姉の前では控えていただけるとありがたいです」

「……ありがとう、なんだか違和感があってね。慈ちゃんも君といるようだからね、相性がいいんじゃないかな」


 それは違う、慈がただただ優しいだけだ。

 でも、なんか弱気になってしまうところがあるから、見ておかなければならないという気持ちがある。

 みんなに求められるような子がなんであんなこと……プレッシャーになっているのかな?

 それに気づけたからってなにができるというわけではないとしても、私は慈といたい。


「私がこうして楽しく生活できているのはお姉ちゃんや慈のおかげなんです。そのおかげで椎さんや慈夢さんとも出会うことができました。今日だって遊びに行けましたし、いまだってこうして関わる可能性が低いあなたとお喋りできている、本当にありがたいことだと考えています。ただ」

「ただ?」

「……してもらってばかりなのはちょっと嫌です」


 あの子、慈のためになにかしてあげたかった。姉にも同じこと。


「僕だったらそういう風に考えてくれる友達が側にいてくれるだけで十分だと思う。なにかを返そうと意識しなくていい、そんなこと考えていたら逆に自然に対応できなくなってしまうからね。それに、僕だって七月にはなにもできていない……寧ろ、それは僕が考えていることかな」


 いや、それこそ側にいてあげれば姉はなによりも嬉しいと思うけど。

 なんだろう、ちょっとすれ違い? お互いがそういうことに対してネガティブな姿勢でいるから進展しようにもできないみたいになってしまっている。

 だが、部外者が変に突いたりすると取り返しのつかないことになったりするため、見ているだけしかできないのがもどかしい点だった。


「僕はね、七月に感謝しているんだよ。それまではなんのために大学に行っているのかわからなかったから。学びに行っているんだろと言われたそれまでだけど、いまの僕は彼女がいるから楽しい学校生活を送れているんだ」

「お姉ちゃんは優しいですからね」

「そう……だから辛くもあるんだ。だって、僕にだけではなくみんなに優しいからね。他の子と話をしていてこちらは後回しってこともあるし、お昼だって一緒に食べられないときがある。自分だって十分忙しいのに困っている人を放っておけなくて慌ててるときもある」


 ああ、昔から変わらない。

 どんなときでもそういう人を優先してしまうんだ。

 でも、いつもしていたら疲れてしまう、たまには誰かが強制的にでも休ませなければならない。


「こんなこと言うべきじゃないんだろうけど、それが嫌なんだ。……他の誰かを優先しているところを見るだけ胸が痛くなる。最悪なのはとことん冷たい自分を直視する羽目になるってことだ。そんなことよりこちらを優先してくれってワガママな自分をその都度ね」


 私は姉が他の誰かと仲良くしているところを見ても辛い気持ちはない。

 ただ、家でくらいはこちらのことを見ていてほしかった。

 今日起こったことを話してくれるのだとしても、好きな人との話を聞かされたところで困ってしまう。

 だってなにを言ったって、結局本人たちが頑張るしかない話でしょ?

 どうしたらいいかなと聞かれて、○○じゃない? などと答えたところで、それが自分の思い描くのと違かったら違うとぶつけてくるのだから。

 おまけに、どう反応してもやる気がないとかどうでもいいんだとか言われて拗ねられるからでもある。


「……あれ、まだ起きてたの?」

「お姉ちゃんはいま起きたの?」

「うん……あ、今日はごめんね、私たちだけでおでかけしちゃって」

「なんで? 別に謝らなくていいよ。それに、慈や慈夢さんとゲームセンターに行ったから」

「そうなんだ……慈ちゃんや慈夢ちゃんと……」


 おいおい! そこでそんなしょんぼりとした感じ出されると椎さんに潰されちまうよ!

 ゆっくりと見てみると、こちらを笑顔で見ていた椎さん。怖いね、本当にこれはやばい。


「七ちゃん。椎ちゃんのことが好きでも、七ちゃんのことが大好きなのは変わらないから」

「あ、ありがと」


 ちょーい! 大好きとか言っちゃだめだって! こっちの手を強い力で壊そうとしてきてるよ!?

 これもうふたりともグルだろ、「お前みたいなチビは私たちには相応しくねーんだよ!」と告げてきている気がする。……被害妄想をしている場合じゃない、な、なんだこの異様なプレッシャーは!


「ふぁぁ……ふたりとも早く寝なきゃだめだよ~? おやすみぃ……」

「おやすみー」

「おやすみ」


 なんでそのまま付いていかないんだ。

 なんで私の手を握ったままなんだ、しかも限りなく強い力で。


「いだだだだあ!?」

「あ、ごめん」

「っはぁ、っはぁ……て、手が消えるかと思った……」

「はは、七ちゃんは大袈裟だね」


 ……こ、これは姉への想いの強さだと判断しておこう。


「いいなあ、大好き、なんて言ってもらえて」

「あくまで妹としてですよ」

「そんなの関係ないよ。好きや大好きの言葉には力がある、君はそれを七月から貰えたってわけさ」

「……いまからでも行ってきたらどうですか? 一緒に寝られますよ?」


 ここで私に文句を言っているよりかは有意義な時間が過ごせる。

 というか、なんで一緒に寝ようとしないのかがわからなかった。


「いや、緊張してしまうからやめておくよ。それに七月、床で寝るとか言ったら絶対にベッドで寝かせようとしてくるだろうからさ」


 ありそう……床で寝るって言わなくてもベッドで寝かせそうだ。


「でも、私といることよりは良くないですか?」

「七月は寝たいんだから邪魔はできないよ。それに、君にはしっかりわからせておかないといけないし」

「わ、わからせるってどうやって?」


 肉体的接触で!? あ、あんなところやこんなところに触れて、「次にしたらもっと○れるからね」とか言っちゃってぇ!? ……ないか、ばかな妄想はやめよう。


「ぷっ、はははっ。ごめんね、冗談だよ! そうだね……そろそろ寝ようかな。おやすみ、七ちゃんも早く寝なきゃだめだよ?」

「はい……おやすみなさい」


 さて、私も部屋に戻って寝よう。

 この頭お花畑状態で過ごしていたら多分問題になるからね。




 椎さんが帰った後のこと。


「ねえ、昨日椎ちゃんとどんなこと話してたの?」


 と、ちょっと妬いているような感じを見せてくれた。

 椎さんの気持ちは隠しつつ説明すると、「それは椎ちゃんの言う通りだよ」と笑った。


「私は七ちゃんが側にいてくれるだけでいいよ」

「でもさ、それだけじゃなんにもお返しできないから」

「じゃあ、こうして手を握らせて」

「別にいいけど」


 私の理想通りの展開になっている。

 そう、外では自由に好きな人といていいから、せめて家の中では私を見てほしいのだ。


「……あんまり椎ちゃんと仲良くしてほしくない」

「そういうつもりないから」


 というか、向こうにそういうつもりがないし。

 両想いなんだからさっさと付き合わないかなあ、変なところで遠慮するからなお互いに。

 って、なんで恋愛未経験の私がこんなこと考えてるんだ? おかしい。


「抱きしめて」

「え、私が? 別にいいけど」


 ああ、私の平らな胸に姉の柔らかいお腹が当たる。

 そして、姉の胸には私の顔が埋まっていた。そういうつもりはなかったけど身長差で仕方がない。


「椎ちゃんはどう? 話しやすい?」

「うん、ちょっと怖いところもあるけど」

「怖いところ? 椎ちゃんは怖くないよ?」


 そりゃ好きな子にそんなところ見せないでしょうよという話。

 誰だって気に入ってもらうために多少の偽りはするものだから。

 本心から思っていることだけど、慈相手でも気に入られようとあの子のために動こうとした。

 でも、その気にられるためにという動機が良くないのかもしれない。

 本当に彼女のためを思って動くためには、ただただ純粋に仲良くなるのが1番だ。

 決して自分が側にいるだけで役立てているなんて考えていないけれど、まずは一緒にいられなければ始まらないと思うから。


「あとね、力が強い」

「あ、それはわかるよ。荷物とか持ってくれるもん」

「あとは、お姉ちゃん想い」

「……それは違うかな」

「なんで?」

「……あの子には私以外にもたくさんのお友達がいるの。でね? 大学ではあんまり一緒にいられていないんだ」


 聞いていた話と違うぞ?

 それって姉が他の子ばかりを優先しているからではないのだろうか。

 それとも椎さんのそれが嘘? わからないな、だからなにも言えないや。


「それに……」

「それに?」

「なんでもないっ」


 変な姉だ。まあ……胸だけはいつも通りだけど。

 太っていないのにぷにぷにしていて大変癒やされる。

 胸もお腹も背中に回されている腕も、なんか絡まっている足でさえもそうだ。

 傍から見たら完全に姉妹の域を脱しているように感じる光景、かな?


「七ちゃんは小さいから抱きやすくていい」

「抱き枕じゃないんですけど……」

「こういうこと慈ちゃんとした?」

「え、手を握ったぐらいしかしたことないよ?」


 それも一方的にだしカウントするのも違う気がする。

 抱きしめるなんてそんなこと――あ、昨日のあれは?


「……ごめん、友達になったときに抱きしめられた。あと、昨日は私から……あ、いやっ、そういうつもりはなかったんだけどね!?」


 って、他に好きな人がいる姉になに必死に言い訳しているんだろう。

 しかもなに自然に謝っているんだ自分は、いけないことをしたわけではないのに。


「そっか、仲いいんだね」


 ま、普通はそういう反応になるよなという話。

 慌てて言い訳をした自分がばかみたい、抱きしめられてるからって勘違いするなよ。


「ふぅ、補充できたよ、七ちゃん成分を」

「うん」


 離された瞬間にやたらと寂しくなってしまったのは内緒だ。


「これで頑張れそう、ありがとね」

「うん、どういたしまして」


 あ、だけどこれでまたひとつ、役立てたということだから喜んでおけばいいか。

 とにかくいまは届かないこの気持ちを捨てて、慈と仲良くなることだけに専念すればいい。

  

「あ、椎ちゃんが楽しかったよだって」

「そっか、じゃあまた来てくれるかな?」

「むぅ……椎ちゃんと仲良くしちゃだめ!」

「そんなこと言わなくたって取れないよ」

「取ろうとしてんじゃん……」

「もういいから早く返事して。私はごはん作るから」


 漫画とかみたいに実は全部聞いていたとかだったら楽なのに。

 だって相思相愛なんだからもう問題はない、告白すれば見事関係が前進する。

 というか、いまみたいに曖昧な感じはやめていただきたかった。

 姉の温もりに触れると甘えたくなってしまう、行かないでって言ってしまいそうになるから。

 そんなことはできないから死ぬ気で抑え込むつもりでいるが、どこまで我慢できるかわからないからさっさと決めてもらうしかない。


「手伝うよー」

「ありがとう、じゃあ野菜を切ってくれる?」

「うん、わかったー」


 私といるときはいつも大好きな笑顔を浮かべてくれる。

 それが見られればいいと片付けて、ごはん作りに専念したのだった。

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