02
しかし……見れば見るほど自分との違いを痛感する羽目に。
おまけに、いつだって周りに誰かがいるものだから、邪魔したくないという気持ちが働いて、動くことができないでいた。今日に限って久保田さん――慈も来てくれないからどうしたっていつも通り、席に張り付くことしかできない。
「うぅ……放課後になってしまったぁ……しかも、お腹痛いぃ……」
個室の中でひとり呟く。
もしかしたら夢だったのかもしれない。
私の中の弱い心が見せた光景、人気者が話しかけてくれる理想の展開。
慣れない人といるのは苦手だけど、人といるのは好きだからずっと願っていたのかも。
そういえば、トイレの個室とかは苦手な感じがしないのはなんでだろう。
必ず必要になる場所だから? 違うか、あのカラオケ店では知らない人に囲まれていたから息苦しく、いづらいように感じたのだった考える。
「ふぅ……帰ろう」
まだ名前呼びをしようとしてから初めての日だ、焦る必要はない。
なぜならまだ1年生、時間はまだまだいっぱいある。
それでまたあの子を驚かせてやるんだ。
私とずっと話したいって言ってくれてたし、きっと名前を呼んだら驚いてくれるはず。
「好き、なんだけど」
――かばんを持って帰ろうとしたら知らない女の子の声が聞こえてきた。
ちらりと覗いて見てみると、どうやら告白されたのは慈のようだ。
姉と椎さんの例を見ているから同性同士でも驚かないけど、果たしてどうするのだろうか。
「ごめん」
「そ……っか、聞いてくれてありがとう」
「うん、こっちこそありがとう」
どうやら断ることにしたらしい。
他の子はみんな彼氏さんがいるようだし、慈もそれを望んでいるのかな?
どちらかと言えば一般的ではないことから、世間体というのも気になるのかもしれない。
「「あ……」」
そりゃこうなるよね、と言いたくなるような展開だった。
告白が終われば放課後なんだから後は帰るだけなのに、じっと見ていた私はばかとしか言えない。
「今泉さんも慈ちゃんに用があったの? それなら中にいるから行ったらどうかな」
「そ、そうですね、ありがとうございます」
いつもの慣れない敬語を利用。
その子は振られた後だというのに笑顔で接してくれて、強い子だなというのが感想だった。
「あ、七か」
「あー……こういうこと結構あるの?」
「うーん、うん、そうかも」
モテモテだな。
なのにそんな子の名前を呼んだら「生意気!」とか言われちゃうかも。
あとはあれだ、覗いてしまった罪悪感もあったわけだし。
「あ、私になにか用があったの?」
「えっと……今日ずっと話せなかったから」
「そういえばそうだったね。ごめん、他の子とばかりいて」
「い、いやっ、別に謝らなくてもいいけど!」
これじゃあまるで嫉妬しているみたいじゃん。
椎さんみたいに独占欲を働かせているみたい。
わかっている、彼女と自分の間には距離があることが。
だから一緒にいられなくたってなにもおかしくない。
「や、やっぱりいいやっ、もう帰るね!」
「待って、私も一緒に帰るよ。さっきやっとお仕事が終わったからさ」
「うん、じゃあ……」
こんなこと考えておきながらなんだが、慈といるのは普通に好きだ。
派手かと思えばそうでもないし、話題だってこっちに合わせてくれる。
他の子は正に積極的系だけど、彼女は非常にゆったりしている感じがするから落ち着けた。
「久保田さんは彼氏さんがほしいの?」
「んー……私は昔から縁がなかったからね」
「え、結構あるんじゃないの?」
「違うよ、みんな勘違いしているだけ。私はみんなを引っ張れる立場にいないし、たまに付いていけないときがあるんだよね。だってみんな可愛いじゃん、いつも楽しそうで……なんで私なんかを誘ってくれるんだろうって思うんだよ」
それ全部こちらのセリフなんですが? さり気ない自慢ですか……。
「……慈は可愛いよ。それに、慈が近づいてくれたから楽しい時間を過ごせてるよ。そりゃ、他の子はまだ慣れないけどさ、私にとっては慈が必要なんだよ」
私みたいに地味チビ魅力なしがこの先、こんな可愛くてすてきな人と関われることってないと思う。
「言っておくけどね、これは勘違いじゃないから! 私は慈が近くにいてくれると嬉しいよ!」
出会ってからすぐのくせにとかどうでもいい。
明るくて話しやすい彼女といるのは好きだった。
ぼけっと固まってこっちを見ている彼女の手を握り、上下にぶんぶんと振る。
「それじゃあねっ、また明日!」
恥ずかしさから退散。
や、本音を言うと……今日はなんだかお腹が調子が悪いからだ。
さすがに漏らすわけにもいかないからね、そんなことしたら慈は側にいてくれなくなる。
それにまだまだ社会的にも死ぬわけにはいかないのだ、わかってほしい。
「ただいまっ、トイレっ」
だが、
「あ、お姉ちゃんが入ってるよ~」
1階のトイレは姉に占領されておりすぐ安心とはならない。
慌てて2階へ移動して開けてみると誰もいなくて安心したが、ちょっと冷や汗をかいた。
「ふぅ……嫌われないといいけど」
冷静に考えてみるとその異常さが際立つ。
だっていきなり「あなたのことわかってるよ」的なことを言われたらいい気分はしないだろう。
他の子ならともかくとして、私はまだ関わるようになってから1週間経っていないんだから。
やばい……失敗したかも、あとなにか変な物を食べちゃったのかも、お腹ずっと痛すぎ。
「七ちゃん」
「なに?」
扉越しに話しかけてきたのは姉である七月。
両親は基本的にいないからどうしたって姉との時間は増える。
ただ、最近は椎さんの話ばかりで寂しいのは内緒だ。
「今度、椎ちゃんがお家にお泊まりしに来るからね」
「そうなんだ。じゃあ、私は外に出てようか?」
「え……いいよ。だって七ちゃん……泊まらさせてくれるようなお友達いないよね?」
「はぁ!?」
「だ、だってそうでしょ? 慈ちゃんとはまだ友達になったばかりだって聞いたし、無理でしょ」
バカにしないでよ! 慈の家に泊まるのなんて余裕なんだから!
……連絡先だって交換していないけど、最近の私なら余裕なんだから。
「できるもん……それに椎さんとふたりきりがいいんでしょ」
「そりゃそうだけど……でも、どうせ夜になったらお父さんもお母さんも帰ってくるから意味ないよ」
「それでも朝とかお昼とかにふたりきりでいられるのとそうでないのとは違うでしょ。遠慮しないでよ、妹自らがこう言ってあげているんだからさ。というかさ、お姉ちゃんが椎さんの家にお泊りしに行ったらどうなの?」
そうすれば私が無理する必要もなくなるし。
あ、いや、別に……泊まらせてもらうことなんて余裕だけどさ。
「……椎ちゃんはそう言ってたんだけどね、七ちゃんともいたいんだよ」
「私はいつだって家にいるよ?」
「そうだけどさ、昔と違ってずっと一緒にって過ごすのは無理になっちゃったでしょ? だから、過ごせるときに過ごしておきたいって思ってね」
え、それはだからこっちのセリフなんだけど。
みんなパクるの上手いなあ、なんで逆に不安になっているんだろう。
「大丈夫。お姉ちゃんが誰を好きになっても、私が誰かを好きになっても、結局お姉ちゃんが大好きだということには変わらないから」
うん、トイレしながら言うことではないな、雰囲気台無しだ。
でも、姉が来てくれたことでいつの間にか腹痛も治っているし、やはり姉効果は絶大だとわかった。
「ありがとう……」
「大袈裟だなあ……むしろ、私のお姉ちゃんでいてくれてありがとっ」
いつか消える、こうして言ってくれることもなくなる。
そう考えると悲しくなってくるけれども、姉が元気で幸せならそれでいい。
それより大事なことじゃない、もちろんこんなことは言わないけれど。
お泊りの日がやってきた。
朝の早い内に姉が椎さんを連れてきて、荷物だけ置いて出ていった。
お買い物に行ってくるらしい、今日のお昼ごはんとか晩ごはんのための。
あとはまあれだろう、デートみたいなものだと思われる。
私はひとり部屋のベッドに寝転んで時間をつぶしていたわけだが、如何せん暇だ……。
こうして出かけてしまうのならば、やはりこちらの家に泊まらせる必要はなかったのでは?
「七ちゃんともいたいんだよ」と言ってくれた姉はどこかにいってしまったようだった。
「歩いてこよう」
歩いていれば恐らく誰かと遭遇するはず。
ただ、
「あ、お前はこの前慈といたやつだな」
「お、お姉さんっ!?」
割とすぐの場所で慈の姉、慈夢さんと遭遇してしまった。
こうなると後は倒される運命、さらば私の人生……骨は海にでも撒いてほしい。
「その呼び方はやめろ、俺はお前の姉ではない」
「す、すみません……あれ、じゃあ慈もいますか!?」
「いない、俺だけだ。七月を誘おうとしたんだが、断られてしまってな」
そりゃそうでしょうね、大好きな人と過ごせる日なんですから。
いかな友達思いの姉とは言っても、そういう日に友達を優先することはできないだろう。
「よし、じゃあお前が付き合え、行くぞ」
「え……? えええええ!?」
――数分後。
「ほら、500円やるから適当に遊んでこい。俺はこれをやっているからな」
「はぃ」
私たちはゲームセンターにいた。
慈夢さんはなんとかっていう筐体と向き合って真剣な顔をしていらっしゃる。
邪魔をしたら今度こそ倒される。私はこの500円を閉まって、自分のお金を握りコインゲームをやることにした。慈がいたらもっと嬉しかった。
「よっ、ほっ、とりゃあっ」
コインをたくさん投入してコインを獲得するというのは矛盾しているような。
「ちげえ、そんなんじゃコインがなくなっていくだけだ。見てろ……ここっ、このタイミングで投入すると取れる」
「あ、ありがとうございます」
「気にすんな。つかお前、俺が渡した金使ってないだろ」
「あ、お返しします。暇だったからありがたいんですよ、誘ってもらえただけで」
それに優しい人だって気づけたし。
姉や椎さんのお友達が悪い人なわけがないんだけども。
「ゆ、許さねえからなっ、そんなこと言ったって慈はやらねえぞ!」
「大丈夫ですよ」
「ふんっ。まあ……困ったら言えよ」
「はい、ありがとうございますっ」
いざやってみると慈夢さんのように上手くはできなかったけど、楽しいのは確かだった。
姉をはじめとして、私はいい歳上の人と関わることができていて嬉しい。
出会えたのは姉のおかげだったり慈のおかげだったりではあるが、それを悪いと捉える必要はない。
「七っ!」
「えっ、慈!?」
いきなり肩を叩かれてびっくりしたけど、それより驚いたのはその人物。
どうやってここがわかったんだろう、それとも友達さんと来ていたのかな?
「あ、慈夢さんならあそこにいるよ?」
「もう……連絡してくるのが遅いんだから」
「え?」
「あ、私は今日暇でさ、家でゆっくりしていたんだよ。なのにいきなり連絡きて七といるなんて言われたから急いで来たんだけど……疲れたぁ」
「ふふ、お疲れさま」
横に座ってぐったりとしている彼女の肩を揉む。
あ、なんか柔らかい、あとなんか楽しい。
「はい、コインあげるよ」
「ありがと~」
同性とはいえ、気軽に触れちゃったの良くなかったかな。
楽しそうにしてくれているのはわかる、でもその内心は?
「そういえばさ」
「え?」
先程から普通に会話していたものの、ここは色々な音が混ざっていて聞き取りづらい。
だから必然的に顔を近づけることになって、気づけば後ろから抱きしめるみたいな形に……むむ。
「この前、七がああ言ってくれてすっごく嬉しかったよ」
「……でも、調子に乗ってる感じで反省したんだけど」
「全然そんなことないよ。あれで自信持てたもん、やっぱり七は優しいね!」
優しくなんかない……あれは要は依存させてくれと言っているようなもの。
いなくなるのは寂しいから無理やり留めようとする悪い心が吐き出してしまったのだ。
「おい」
「はい……? あっ!」
「慈に抱きついていいなんて俺は言ってねえぞ!」
「ご、ごめんなさいごめんなさい! でもこうしないとよく聞こえなくて……」
今日に限って慈の声が小さいんだもん。
いつもは大きいと感じるぐらいなのに、あ! もしかして距離が近いのが嫌だったのかな……。
「帰るぞ」
「あ、はい」
「慈も早くそれ全部使え」
「はーい」
ひょっとしたら慈夢さんも寂しかったのかもしれない。
だって友達ふたりがその相手とだけ仲良くしていたら複雑だから。
「ふふふ」
「あ?」
「慈夢さんはお姉ちゃんや椎さんのことが好きなんですね」
「はあ? おい慈、こいつおかしいから関わらない方がいいぞ」
「え、酷いですよ!」
いいんだ、照れ隠しだこれは。
慈夢さんは慈と一緒で可愛い子なんだ。
ニヨニヨしながら帰っていたら怒られちゃったけど、楽しい時間が過ごせて嬉しかったのだった。