01
読むのは自己責任で。
会話のみ。
ワンパターン。
「え……?」
「もう、聞いてくれてなかったの? お姉ちゃん、好きな人ができたの!」
あれだけずっと「恋をすることなんて一生ない!」って言っていたのに?
いざ実際にできたらそんなに嬉しそうに言うのか。
「おめでとう、頑張ってね」
「ちょっ……冷たくない?」
「だってまだ付き合えたわけじゃないんだから頑張らないといけないでしょ」
「そりゃそうだけどさぁ……うぅ……私にもついにこんなときがきたんだよ!?」
「おめでとう」
しっかり言っているのに「もうだめだぁ……妹が反抗期だぁ」と姉は文句を言ってくる。
いや、だってこれ以外にどう言えと言いたいのだろうか。
逆に止めてほしかったとか? そんなことしたってどうせ意味もないのに。
「ほら、お姉ちゃんは大学に行きなよ。私は高校に行ってくるから」
「酷いっ……もう好きな人に慰めてもらうからね!」
「はあ、そうしたらいいよ」
ただまあ、いつかこんな日がくることはわかっていた。
姉も女だ、恋のひとつやふたつ、普通にすることだろう。
でもそうか、ついにこんなときが。
「ほげー」
「それ口に出す人初めて見たんだけどー」
「――ん?」
なんか急に話しかけてきたものだから普通に挨拶しそうになってしまった。
あれ、確かこの子同じクラスだった気がする。
いつもうるさ――賑やかな輪の中心にいる人物だったような?
「おはよっ」
「はあ」
「いきなりため息つかれたんだけど!?」
相変わらずう――賑やかな人だ、そりゃリーダーみたいになるよねという話。
「違います、そうなんだーと反応しているんです」
「そ、そっか……なら良かったよ」
ところで、校門前で私たちはなにをしているんだろうか。
いまさら思い出したけど、実は今日休みだったんだよね。
お互いに制服を着てて、バカみたいだった。
「今泉さんも今日行くメンバーに入ってたんだね」
「はい?」
「え、カラオケ行くんでしょ? 合計18人で」
「18人!?」
仮に遊びに行くのだとしてもその人数で出かけるとか有りえない。
おかしいんじゃないのこの人たち、桁がひとつ多いんだけど。
「あの、それならなんで制服を?」
「あー……だ、だって可愛いの持ってないから……」
なんだこいつ、実は可愛いかよ。
いつもはにこにこしていて他人のは可愛いとか褒め称えるくせに、自分はそんなかよ。
「はよー」
「おはよー」
って、しまった! こんなリア充集団といると踏み潰されてしまう。
「そ、それでは、私みたいな弱者はこれで去りますっ」
なんで休みなんぞに制服なんか着てここにやって来た。
それもこれも姉のせいだ、朝に好きな人がいるとか言うから調子が狂ったんだ。
ちなみにこの学校だけの振替休日のため、世間は普通に平日だし頑張っていることだろうと思う。
「え、待ってよ、帰らなくていいから」
「ぐぅぇ!?」
「あ、ごめん」
1炊1ならともかく対多数なんて絶対に無理!
――そう考えていたのに数十分後。
「いえーい! みんなで楽しもー!」
「「「うぇーい!」」」
「「「ひゅー!」」」
狭い空間にぎゅうぎゅう詰めの私たち。
狭いところが苦手の自分にとってこういうの純粋にキツイよ? 拷問だよ?
あとなにがうぇーいだよ、ひゅーだよ、みんなが同じこと言っててこえーよ。
「はいっ、今泉さんもいれてね!」
「あの、ちょっ、あぅぇ」
「あははっ、バグってるー!」
いや本当に冗談じゃなく……やばいんだって。
心臓の鼓動はどんどん激しくなって胸が痛くなるし。
騒ぎ声がなんとも頭に響いて痛くなってくるし。
呼吸も上手くできない……慌てて部屋を飛び出した。
「もうやだ……帰りたい」
来てから数分とかで帰ったら空気が読めないどころじゃないよ。
でも、知らない人が苦手なのと、あの総人数のせいで狭くなっている部屋が息苦しいんだ。
「今泉さん」
朝の子、久保田さんの急襲っ。
いつもはにこにこと笑みを浮かべている彼女が真顔だと怖すぎてちびりそうになった。
「どうしたの? 嫌になっちゃった?」
「あっ……狭い場所とか慣れない人といるのが怖くて……」
「無理やり連れてきてごめんね……」
「あの……お金を渡すので……帰ってもいいですか?」
「うん、ごめんね。あと、お金はいいよ、無理やり連れてきちゃったし」
「それはだめです! はいお金っ、どうぞはい!」
「あ、う、うん……」
「失礼します!」
あまり大声を出すとお店の人に迷惑をかけてしまう。
だからこういう勢いが必要だったんだ、一応考えたことだけはわかってほしい。
ひとり制服姿で帰る自分は相当に虚しかった。
おまけに言えば、他校にとっては普通に平日だからジロジロ見られる羽目に。
こんな思いを味わうことになるとわかっていたら超速ダッシュって家まで帰ったのに。
「そこの君」
「ひゃい!?」
振り返ってみたら、すぐ後ろに警察官が立っていた。
あれ、若くて格好いい人だ、姉とかはタイプとか言いそう。
「驚かせてごめん。でも、学校はどうしたの?」
「あ、今日は休みでして……はい」
「そ、そうか……ごめんね、そうとも知らず」
「いえ……」
私はまたひとつ学んだ、制服姿で出歩くと結構面倒くさいことにもなると。
女子高校生は別の意味で注目を集めるべきなのに私はこれ。
そりゃまあそうだよね……貧乳チビ魅力なしだからね。
対する姉は巨乳平均魅力ありありのありだからずるい。
で、悲しい思いと共に家に帰ってきたらまさかのことが。
「お姉ちゃんなに寝てるの!」
しかも私の部屋のベッドではなくわざわざ床で転んでいたから心臓が止まりかけた。
「ひゃ!? え、な、なんで妹ちゃんがここに?」
「そんなところで寝ていたら心配になるでしょ!」
「あ、ごめん……ただね、お姉ちゃんは寂しかったのだよ……」
「なんで? 好きな人ができて良かったじゃん」
あからさまに喜んでくれてたじゃん私の目の前で。
なのによく見たら涙目になっているし……泣きたいのは正直こちらの方だった。
だって急に逃げ出したりなんかしたら2度と誘われない。
それどころか空気の読めない扱いをされて、教室ですら居場所を失うかも。
そうなったら不登校に、段々外に出られなくなって、おばあちゃんになって孤独死……怖い。
「だって……七ちゃんの反応が思ってたのと違うんだもん……」
「え、あれ以外にどうやって反応すればいいの?」
「もういいよ別に……というか、学校サボっちゃだめ!」
「いや、今日は休みだったんだよ。先週土曜日に行ったからさ」
とりあえずベッドで寝てもらうことにして、私はその端に座る。
ぎゅっと裾を握ってきたから伸びても嫌だしと手を握った。
「七ちゃんの手は小さくて好きっ」
「バカにしてるよね?」
「し、してないしてない!」
まだ相手の人を聞いたわけではない。
もし女の人だったらこんなことしていたらだめだ。
もしそうでないのなら、私はいつだって側にいるし甘えてほしい。
「好きな人は男の人? 女の人?」
「女の子! 綺麗で優しい子なんだ!」
「へえ……じゃ、手を繋ぐのやめておかないと――いいの?」
「……それとこれとは別だよ」
「そっか」
完全にいらないとか言われるよりはいいか。
さて、姉のことはともかくとして、明日からどうしよう。
久保田さんの性格的には悪口を言ったりしないだろうが、周りの子がわからない。
「七ちゃんのこと大好きだよ」
「ありがと、私もお姉ちゃんのこと好きだよ」
「えぇ……またやる気ない」
「えぇ……ちゃんと言ったのに」
……私の方はもう向こう次第だから置いておくとして、姉の相手が気になってきた。
会ったところでなにかができるわけではないけど、把握しておけば後で役立つときもあるかも。
「お姉ちゃんの好きな人に会いたい」
「え、だめ!」
「なんで?」
「だって……七ちゃんの方を好きになっちゃうかも」
……今度尾行してみようと決めた。
どんな人なのか知っておかないと落ち着かないから。
「おはよー」
「……おはようございます」
休んでまで付いて行こうとしたらすぐにバレて高校へ行くことになってしまった。
私が取っちゃう可能性とか全くないのになにを心配しているんだかという話だ。
「うーん、どうして今泉さんは敬語なの?」
「え、私とあなた方は全然いる領域が違うからです」
「同じ学年で同じクラスなのに?」
「はい」
家でのテンションを見せたら驚きそう。
あ、というか普通に話しかけてきてくれたようだ。
ここら辺はさすが人気者って感じがする。
「敬語やめてっ」
「えぇ……そう言われても……」
冷静になって考えてほしい。
もし私がさもリアルが充実している人みたいなテンションだったら。
うぇーいとかふぅーとかって盛り上がっていたら。
「うぇーい!」
「わっ!?」
「ほ、ほらっ、そういう反応になりますよね!?」
普段静かな地味な人間がそんなことをしたらどうなるか。
誰だってそういう反応になる、久保田さんはまだ優しいから驚くだけでいてくれてるけど。
「び、びっくりしたぁ……いいんだよ? 無理してテンションは合わせなくても。ただ、変な遠慮をされていると寂しいと思ってさ。それに差とかないから、今泉さんには今泉さんの魅力があるよ」
「じゃあ言ってみてください」
「小さくて可愛い!」
「バカにしていますよね」
「真面目にやってて偉い!」
「バカにしていますよね」
授業を黙って受けるのなんて当然のことなんだからそれは褒め言葉にならない。
おまけに小さくて可愛いなんてバカにしているだけだろう。
「いいですね、久保田さんは高校1年生なのにそんな胸が大きくて」
「いや……もっと大きい人もいるし、お姉ちゃんとお母さんはこれ以上――」
「遺伝子が優れているということですよね、素晴らしいです」
こっちだって母と姉の胸は大きいのに次女まで遺伝子届いてないよ?
どうしてこうなった、身長だってひとりだけ150センチいくかいかないくらいだぞ。
姉や母はすらっとしてて綺麗なのに私は――考えるのはやめよう。
「揉ませてくれたら敬語やめます」
「えっ!? あ、じゃ、じゃあ……優しくしてくれるなら、いいよ?」
「はぁ……もっと自分を大切にしてください、冗談に決まっているじゃないですか」
コミュニケーション障害を患っているというわけでもないから敬語ならスイスイ喋れる。
一緒にいると楽しい母や姉といることで結構鍛えられていたみたいだ。
「No.2、今泉さんを羽交い締め」
「了解」
え、と困惑している間に拘束されてしまった。
目の前の久保田さんは関与していない様子、ああ……背中に感じる感触が憎いっ。
「リーダー慈、今泉さんを確保しました」
「い、いや……変なことしないであげて、怖がっちゃうから」
「かしこまりました」
なんだろう、この統率力というかこだわりようは。
「ごめんねー、ふざけちったっ」
そしてこの変わりよう、やばい。
「前々から今泉さんのこと気にしてるんだよ、だから相手してあげてね」
「ちょっ、余計なこと言わなくていいから!」
「なんで? そういうことをきちんと言っておかないとわかってもらえないよー」
なるほど、ただ考えるだけではなく相手に伝えることが大切と。
「私もあなたたちみたいに胸が大きくなってほしい!」
「ならさ、こうして揉んでもらったら? あたしなんて揉んでもらってから大きくなったしー」
「も、揉んでもらったとは……誰に?」
「えっ? や、やだなー……彼氏に決まってるじゃん。もう、言わせないでよねー」
確認してみると他の子も彼氏さんがいるようだった。
ちなみに久保田さんはいない的なことを言っていたが、その点について信じることはやめておく。
「でも胸が大きいと結構大変だけどねー」
「そうそう、どうしたって視線集めちゃうしー」
「私は美少女だからいいけどさー、地味な子とかがでかかったりしちゃうとそれはもう大変だよ」
い、言ってみたいセリフを吐いて楽しそうにしているみんな。
もう無理、ここにいると小さい自分は劣等感しか抱けないから。
しっかりと挨拶をしてから教室をあとにした。
「えっと、こういう風に揉めばいいのかな?」
「そんなの眉唾ものの情報だからやめた方がいいよ」
「ぎゃあ!?」
慌てすぎて後ろの壁に後頭部がごっつんこ。
……冗談とか言っている場合じゃなく最高に痛い。
「だって私は気づいたらこうなっていたからね」
「うぅ……じゃあ希望はないんですね……」
貧乳チビ魅力なしとか誰ももらってくれない。
やはりおばあちゃんまでひとりで孤独死ルートか、あはは……。
「別にいいじゃん、胸がなくたって」
「あるからそんなことが言えるんですよっ!」
「胸があるからって恋愛で有利になるってことはないよ」
「胸がないからって恋愛で有利になるわけじゃないです」
「そうだよ、だから別の部分が大切になってくるわけ。可愛さとか真面目さとか健気さとかさ」
そのどれをも満たしてないから気にしているわけですが。
「私は十分魅力的だと思うよ」
「普段陽気な人たちはそういう言葉を平気で言うものだと学習していますが」
「魅力的だと思ったら魅力的だと言うよ」
私はただ、もう少しゆっくりと踏み込んできてほしいんだ。
いきなりグイグイこられると困ってしまう、上手く対応できる自信がないから。
ところで、ただ振替休日に会っただけなのにいきなりなんでなんだろう。
この人たちは排除こそしないけど無理して誘ったりしてこないから安心していたのに。
あ、授業中とかはもう少しぐらい静かにしていた方がいいと思う。
「七、私と友達になってっ」
「よ、呼び捨てとか……」
「七もしていいよ、慈って」
「リーダーを呼び捨てにするのはちょっと……」
でも確かに同級生に遠慮をしていたら姉の好きな人と話すときにどうするのという話だし。
「……名前呼びはまだできないけど、友達になることは……許可してあげ――」
「やったっ、ありがと七!」
「わひゃぁ!?」
そ、そうやって落とそうとしても無駄だからな!?
だけど……なんだか学校生活が楽しくなりそうな予感がしていた。
土曜日。
今日は堂々と姉に引っ付いて大学に行ってみることにした。
当然のように「好きな人には会わせないからね!」なんて言ってくれたが、優しくしてくれるのなら久保田さんのように急に現れるだろうと期待して付いていく。
「あれ、七月も来ていたんだね」
話しかけてきたのは、私の父よりも大きい人だった。
そこまで髪の毛が長いということもなく、女の子女の子しているわけではない感じ。
ただ、これがもし姉の言っていた好きな人なら、綺麗と言うより格好いい系だけど。
女の子にモテそうな女の子って言うのが正しいかな?
「い゛っ……あ、だ、誰ですか?」
「え、誰って酷いなあ……僕たちはずっと仲良くしてきたのに。それより」
その人は急に姉の腕を抱いて距離を作った。
「七月は僕の大切な人なんだ、残念だけど君にあげることはできない」
と、逆に私がライバル認定されているではないか……って、なんで?
「し、椎ちゃん……この子は私の妹だから」
「えっ? そ、そうだったんだ……ごめんね」
「いえ、大丈夫ですよ」
特に授業があるとかではなかったらしく、近くのカフェでお喋りすることになった。
私がひとりだけ対面に座って、目の前のふたりは並んで座り、手まで繋いでイチャイチャしてる。
「それにしても……」
「ど、どうしたの?」
「いや、七月と七ちゃんは似ていないと思って」
「義理の妹とかじゃないよ? ちゃんと血が繋がっているし、大好きだし」
「……大好きとか例え妹さんが相手でも言ってほしくないなあ」
「そ、そういうつもりじゃないから!」
好きな人の前では私みたいな反応になるんだなと初めてわかった。
家にいる時の姉とは違うことを知られたことは嬉しいが、女って感じがしてなんだか違和感。
だっていちいち俯いてはにへらって笑うし、なんてことはない内容なのに赤面するし。
「(パンケーキ美味しいー、人のお金で食べてるからだな)」
大人な対応で奢ってもらえることになった。
奢ってくれるということなら遠慮をしないタイプのため、言うときは気をつけてほしいと思う。
「美味しいかい?」
「はい、初めて来たお店ですけど、食べられて良かったと思います」
「そっか、それなら良かったよ。ここはよく七月と利用しているんだ、七ちゃんも気に入ってくれると思ってた」
「あの」
「なんだい?」
「姉だけ名前呼びしてあげてくれませんか? 大切だと言うのなら、きちんと優先してあげてほしいです。でも、みんなも大切にしたいということなら、やめてあげてください」
私から姉を奪っておいてそれじゃあむかつく。
なにより、そういう意味で好きだと言った姉が悲しい思いをするのは嫌だった。
「そうだね、七――今泉くんの言う通りだ」
「ありがとうございます」
とはいえ、邪魔をしてしまったのも事実。
なのでお金を置いて先に帰らせてもらうことにした。
「あれ、七じゃん!」
「あ、久保田さん」
なんとも言えない地点で七と遭遇。
今日はひとりのようで安心する、まだまだたくさん相手がいると普通ではいられないから。
「これからどこかに行くの?」
「ううん、帰りだよー。七は? 向こうから来たようだけど」
「ちょっとお姉ちゃんと大学までおでかけかな。その後はカフェに行ったんだけど、パンケーキが美味しかったから久保田さんも行ってみたらいいよ」
「…………」
え? なんか不味いこと言っちゃったか?
あ、もう知っているお店を紹介されても困るというところだろうか。
「久保田さん?」
「あ……いや、あっという間に敬語をやめてくれたからさ」
「え、ごめん、嫌なら戻すけど」
「違う違う! これまで七はひとりでいたからさ、喋るのが嫌いだと思ってた。なのに無理して話しかけて悪かったかなって……でも、違うんだよね?」
「うん、話すのは好きだよ。ただ……慣れない人が相手だと結構緊張しちゃうかも」
椎さん相手に普通に話せたのは姉の好きな人だったからだ。
少しだけでも妹が残念でないことを伝えたかった。
ないと思うけど姉が悪く言われてしまう可能性だって0ではないわけだからね。
「私、ずっと七と話したかったの」
「なんで?」
「あなたが誰かのために動ける人だったから」
え、ほとんど椅子に張り付いていただけでそんなことできなかったけど。
自分から話しかけると申し訳ないと考えて、必死に話しかけてないでいた。
私だってドラマやロードショーの感想を言って盛り上がりたかった、真剣に。
でも、本当に差を感じて距離を感じていたんだ。
「……まあ、細かいことはいいよ。仲良くしたいって気持ちは変わらないんだから」
「うん、ありがとう」
特に用事もないから楽しく話しながら帰っていた。
が、恐らく彼女の家に近づいたときのこと。
「おいお前」
「わ、私ですか?」
なんか明らかに自分不機嫌ですといった感じの女の人に絡まれた。
む、こちらも女の子って感じはしないのに胸が大きい。重くてうざとか言ってそうなのに。
「俺の妹とはどういう関係だ」
「あ、久保田さんのお姉さんなんですね。今泉七と言います、友達……でしょうか」
嘘だろ……あんな可愛らしい久保田さんのお姉さん?
なんかめちゃくちゃやる気なさそうだし、猫背だし、髪はぐしゃぐしゃだしで女子力が……。
「ふんっ、妹に近づく人間はそう言うんだ」
そりゃそうでしょうよ、友達なんだから。
うーん、妹さんを大切にしたいという気持ちはわかるんだけど……。
「お、お姉ちゃん……」
「なんだ?」
「……あんまり変なこと言って七を困らせないでよ」
「ふんっ、さっさと帰ってこい! じゃあなっ」
「って、家すぐそこじゃん……ごめんね、いい人なんだけど基本的にあんな感じでさ。寂しがり屋なんだよね、他の子と仲良くしていたりするとすぐに抱きついて泣いたりするし」
「そ、そうなんだ、久保田さんが好きなんだね」
「当たり前だ! あと慈、俺はそんなことをしたことはない!」
どこの姉も似たようなものなのかも。
こちらのお姉ちゃんもすぐに甘えてきたりするし。
手を繋ぐと嬉しそうにするし、頭を撫でるとふにゃっとした笑みを浮かべたりする。
でも、それを続けてしまったら椎さんに怒られてしまうかもしれないと考えたら、この先は慎重に動く必要があるような気がした。
「七のお姉さんはどんな感じなの?」
「こんな感じです!」
「「きゃあ!?」」
「ふっふっふー、先に帰るなんてさせるわけないでしょー!」
姉は髪の毛が長い。
喋っていないと清楚系美少女に見える。
だけど喋ると……ちょっと、いや、かなり精神年齢を下げてしまう感じ、かな?
「な、なんだお前は! 俺の慈になんの用だ!」
「ふふふ、私は慈ちゃんを奪う怪盗だ!」
「な、なにぃ!?」
あれ、なんだか楽しそう。
言葉とは裏腹に、久保田さんのお姉さんはいい笑顔を浮かべているし。
「七月さん、落ち着いてください」
「あ……ごめんね」
「悪かったな、騒いでしまって」
あれ、姉の名前って言ったっけ?
「ごめんね七、本当は七月さんのこと知ってたんだ」
「り、リア充だから?」
「ううん、お姉ちゃんが同じ大学に通っているからだよ。椎さんとお姉ちゃんと七月さんは仲良し3人組なんだって」
なんだそりゃ……驚いていた私がバカみたいじゃん。
あれ、だけどそれって泥沼の3角関係とかだったりして?
あ、いやそれはないか、いまだって久保田さんを抱きしめて出来合いしているし。
「七ちゃん、帰ろっか」
「そうだね」
女の顔をしていた姉じゃない、いつもの大好きな姉の顔。
今日はこちらが甘えたくなって手を握ろうとしたら先に握られてしまった。
「今日はありがとね、椎ちゃんに言ってくれて」
「ううん……だってみんなに対して大切とか言われてたら辛いじゃん。向こうはともかくお姉ちゃんはあの人のことが好きなんだからさ」
「……七ちゃんが妹で良かった」
私はお姉ちゃんが姉で良かったって思っているし、良くないとも考えていた。
だって姉妹じゃ好きになっても特別にはなれない、見てもらえない。
他の人がいればあっという間にどこかにいかれて終わりだ。
いまはこうして甘えてくれているけれど、それも割と近い未来になくなってしまう。
そんなの嫌だ、でも……姉には幸せになってもらいたい。
家にいるときはせめて楽しそうにしていてほしい、自分勝手だけど元気な姉が好きだから。
「ただいまー!」
「ただいま」
挨拶をしたところで両親は共働きで夜までいない。
その間は私が姉を独占できると、今日はどうしようか――そう考えている内にソファへと引っ張られる私。
「慈ちゃんとお友達になっていたなんて聞いてなかったけど?」
「最近なったばかりだから。それにお姉ちゃんは連れてこいとか無理難題を言うからさ」
間近に姉の綺麗な顔がある。
同性でも家族でもこれだけ近ければドキドキとするわけだが、向こうはなにを思っているんだろうかと真剣に考えていた。
「あの子ほど束縛タイプというわけじゃないけどさ、なんでも言ってほしいんだけど」
「お姉ちゃんこそちゃんと言ってよ、友達だったってさ」
「ごめん」
「いや……謝らなくてもいいけどさ」
それにいきなり話しかけてきてこちらを驚かせるし、そういうところは直してほしい。
「どうだった? 椎ちゃんいいでしょ?」
「そうだね、騒がしいお姉ちゃんの相手もちゃんとしてくれてるし、いいんじゃないかな」
「ひどっ!? ……大切って言ってくれて嬉しかったなぁ」
む……そりゃ好きな人から言われたら嬉しいだろうけど、家でもそれかと少し落胆。
姉には上からどいてもらって台所に移動、ちょうど常温で放置されていた水があったのでコップに注いで一気に飲み干した。
わかっている、もう前とは違うってことが。
ためにお酒を飲みながら「私の人生に恋という文字は必要ないのだぁ……」とか言っていたあの頃の姉はもういない。私がいてあげるよと言って喜んでくれていた姉は過去の人になった。
幸い、久保田さんたちは放課後に出かける頻度が高いようだから一緒に行かせてもらえば寂しさも癒えるだろう。
「お姉ちゃんっ」
「なーに?」
「頑張ってっ、椎さんの特別になれるように!」
「うん! ありがと!」
お願いします、久保田さんに特別な人が現れませんのようにっ。
そうしないとまたひとりに戻ってしまう。
好きな人ができたら直前まで言っていたのことなんて二の次になるから。
部屋に戻ることを告げて移動。
「っはぁ、普通に話せて良かった」
それに自惚れでもなく私が一緒に行ったことで姉の役に立てたと思う。
普段してもらってばかりの自分にとって、姉のために動けたのは凄く嬉しい。
あの笑顔を引き出すのは私たち家族ではなく椎さんに変わってしまうけれど、めでたいことだから真っ直ぐに応援したいと考えていた。
それにいくら好きな人ができたからと言っても、接点が消えたわけじゃない。
扉を開ければいつだって姉と会える、そこだけは椎さんにも勝っている点だ。
「月曜日、慈って呼んでみようかな」
多分怒らないはず……そうやって求めてきたんだから。
みんなが気軽に名前を呼んで楽しそうにしているところが以前からずっと羨ましかった。
なんか勝手に考えすぎて距離を置いていたけど、いまならなんでも上手くいく気がするから。
人を応援しているばかりではなく自分も頑張ろうと、ベッドに転びながら私は決めたのだった。