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元社畜の転生賢者は、過酷な異世界に行っても休めない  作者: 赤坂しぐれ
第一章 過労死から始まる異世界転生編
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第八話 疾風


 さて、森に入る前にまずは情報を集めなければいけない。何も知らない森に入るなど、自殺行為以外のなにものでもないからだ。


「えっと……この森の中で危険な生物はっと……ふむふむ、ホーンラビットは少ないけど生息している。アブラボアという毒蛇がいる。鬼面草という食獣植物がいる。そして、森の主であるラッビットベアが奥に生息してるっと……え? なにこれ、地獄かな?」


 辞書の中にあるベラシアの森の項目を眺めつつ、俺は頭を抱える。危険生物は軒並み奥の方に生息しているようだが、それでも浅い場所に出てこないとも限らない。鷹の目で探しながら歩くつもりではあるが、それでも見逃しがないとは限らないし、これは一層注意が必要なようだ。


「まぁでも、稼ぎを上げるには狩りが今のところ一番効率良さげだもんな……本当は薬を作れたらいいんだけど、材料も機材もないから仕方ない。今度トールキンさんに相談してみよう」


 辞書には様々な薬の作り方も載っているので、これを利用しない手はない。流石はろり神様の百科事典。どこぞのWikiなんか目じゃないぜ。

 とりあえず今回は最初だし、深い場所にはいかない。いのちだいじに。


「よし、準備完了! なにが待ってるか、楽しみだ」


 期待を胸に小屋を出た俺は、そのまま歩いてすぐの場所にある森の入り口に向かう。

 そこには屈強な男が二人立っていて、俺を見つけるなり警戒心を露にする。


「止まれ! 見ない顔だが……」

「こんにちは、俺の名前はヒロ。トールキン商会に雇われた狩人です。ピピルさんから森への入場許可証をいただいております。これを」


 懐から許可書である札を取りだし渡すと、男はしばらく眺めた後に札を返してきた。


「確認した。現在、森は比較的穏やかな顔をしている。だが、奥に行けばその限りではないので、気を付けるように。最近でもトールキン商会に雇われていた狩人が二人戻ってきていない。もしも奥の方で遭難、もしくは獣にやられても、俺たちは捜索などしないので、それを覚えておくように」

「ふ、二人も?」

「二人とも、王都の狩人ギルドに所属するベテランだった。だが、どうも奥に行きすぎたのだろう。狩人が入って半日後くらいに、森からラビットベアの鳴き声が聞こえた。もしも出会ったら死ぬ気で逃げろ。運が味方すれば、ラビットベアが転倒して助かるかもしれん」


 最後の方は冗談のようにも聞こえたが、男の表情を見る限りマジらしい。つまり、出会えば余程の運がない限り生存は出来ないということだ。

 絶対に奥には近づかないようにしよう。俺はそう固く胸に誓った。


 森に入ると、確かに浅い場所では人の手が入っているのか、木々も間伐されていたり、長い草の除去もされていて、歩くのにそこまで苦労をしなかった。

 むしろ驚いたのが、村の子供が普通にいることだった。


「ねぇねぇ、お兄さん。お兄さんは何処から来たの?」

「俺は遠い国から、旅をしてやって来たんだ」

「えー、いいなぁ。ねぇねぇ、旅のお話を聞かせてよぅ!」

「あー、ずるい! オレにも聞かせてー!」


 見慣れない男だと、最初は警戒心のあった子供たちだったが、ピピルさんの札を見せると皆直ぐに駆け寄ってきた。

 そうして、気がつけば子供たちに囲まれて、身動きがとれなくなってしまっていた。


「こら! ヒロさんはお仕事で森に入ってるんだから、邪魔しちゃダメよ!」


 子供たちの中でも一番背の高い女の子が、他の子供たちを引き剥がしてくれた。


「すみません、普段あまり刺激がないもので、みんな旅の方に興味があるんです……私はアンナ。村の子供の中では最年長です」

「よろしく、アンナ。ところで、皆はこんな場所でなにを?」

「いつもはこの時期になると、村の子供は麦の収穫や織物の手伝いなどに借られます。けど、今年はその両方がダメになっちゃったもので……こうやって森に入って、薬草や食料を探しているんです」

「なるほど……でも、危険じゃないのかい? 最近でも、二人の狩人が戻ってないとか」

「奥に行けば危険かもです。でも、この辺りは大人たちが整備してくれているから、怖い獣は近づいてこないの。それに、ここからなら入り口まですぐ逃げれますし」

「そうか……ん?」


 アンナと話していると、何か遠くの方で動くものが見えた。もしや獣が近寄ってきたのかと焦った俺は、直ぐに鷹の目でその影を追う。すると、それは7、8歳くらいの子供であった。


「ねえ、アンナ。このくらいの背の、赤い髪の子も連れてきていたかい?」

「それくらいの子で赤い髪……あぁ、リッチね。ちょっとイタズラが過ぎるときがあるけど、良い子よ。それがどうかしましたか?」

「まずいことになった。さっき遠くの方で見えたのが見間違えじゃなければ、リッチは森の奥に一人で入っていったぞ」

「な、なんですって!? リッチ! リッチ!?」


 アンナが辺りを見渡しながらリッチを探すが、やはり姿はどこにもなかった。他の子供も一緒になって探しているが、さっき俺が見たのがリッチであれば、出てくるはずがない。


「いや、いやぁ! リッチ!」

「落ち着け、アンナ。君は子供たちを連れて、直ぐに村へ戻るんだ。そして、ピピルさんにこの事を伝えるんだ。いいね?」

「う、うん! でも、ヒロさんは?」

「俺は……」


 初めて入る森で小さな子供を探すなど、難易度がぶっ飛んでると思う。ましてや、肉食獣もいる森の奥。万全の態勢で望むのがベストだろう。正直、アンナ達と一緒に村に帰りたい。

 うん、そうしよう。俺には流石に荷が重すぎる。単独で探しに行くよりかは、ピピルさん達と一緒に入る方が『俺自身の』生存率もあがる。リッチには悪いけれど、俺はこんな所であっさりと死ぬわけにはいかないのだ。

 そう、自分に言い聞かせた。


 はずなのに。


「俺は……先にリッチを追う」


 口と体は思考とは真逆の事を始める。気がつけば俺の足は森の奥に向かって駆け出していたのだ。

 冷静に考えてもバカな事をしていると思う。もしもこの様子を見ていれば、きっとろり神様も呆れていることだろう。


 確かに、ピピルさんを待ってから一緒に行けば、『俺の』生存率はあがる。

 では、『リッチ』は?


『人の為に動ける男になれ』


 父さんが残した最後の言葉が、俺の脳裏にこびりついて離れなかった。。




「はははは! 死んだなこれ!」


 鷹の目を併用しながら森を駆け抜ける。木々の枝がすれ違い様に俺の肌に赤い線をつけていく。

 それでも俺は足を止めることはない。なぜなら……


「グオオオォオォォォ!!」


 既に俺は捕食者(ラビットベア)に狙いを定められているからだ。


「やっ、べぇだろ! あのデカさは!!」


 パッと見た感じでも5mはゆうに越えるその巨体は、藪だろうが木の枝だろうがお構いなしに破壊しながら、俺の背後に迫ってくる。なんだあれ! 生前インターネットで見た、北海道の悲惨な事件に出てくるやつ並みじゃねーか!

 鷹の目で見ているので大体の距離はわかるのだが、それでも段々と森を破壊する音が近づいてくるのは、恐怖以外の何ものでもない。


「ガフッ、ガフッ」

「ひいぃいぃぃ!!」


 身体能力がずば抜けて高い、ろり神様謹製のこの体でなければ、既に俺は熊の腹の中だっただろう。

 無我夢中に走った。俺が目指すべき場所に。

 あらかじめ、森の地形を把握しておいてよかったと心底思う。熊にとって邪魔になるルートを選ぶことができたのだから。でなければ、あんな飛ばした原付並みのスピードで走ってくる熊から、逃げられるわけがない。

 だが、その鬼ごっこもここで終わりだ。いよいよ、俺が『もしも熊とやりあうことになった時』に逃げ込むポイントと考えていた場所に到着したからだ。


「うおおぉおおぉぉぉ! あぁぁぁい、きゃあぁぁぁん……フラァァァァイ!!」


 木々に覆われていた視界が、パッと明るくなる。


 そこは、森の中にある最大の崖。自然が作り出した清水寺の舞台であった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] とても読みやすくて面白いです! 世界観も気になりました。続きが気になりますね(ノシ 'ω')ノシ バンバン [気になる点] というか誤字報告です。 八話の最初の方で、ラビットベアがラッビッ…
2020/07/27 02:44 退会済み
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