第五十二話 霊峰
さて、結局のところ現状のまま魔道具の開発をしつつ、商品となる物を作って売りながら生計をたてるのが最良という結論に至った。
いや、本当に最良なのかはわからないけれど。まぁそれでもやはり俺は物作りの仕事が好きだし、やる気も十分湧いている。
「まずは急務である魔力を遮断する保護具か……だけど、そもそも魔力ってなんだ?」
魔力。魔法を使うためのものであり、この世界に生きるすべての物が備えている【魔臓器】という体内器官に蓄積される……と、村唯一の医者であるヨームさんが言っていた。
【解析】でもそんな事が書かれていたし、間違いはないのだろう。だが、その肝心の魔力とはなんなのかがわからない。
百科事典で調べても、
魔力
魔素が集まったもの。
としか書かれて居ない。ろり神様に尋ねても、『じゃからワシはそういう小難しい話は知らん』と一蹴されてしまった。お前万物を知る神じゃないんかい。
そういうわけで、まずは解析で魔素を調べてみることにした。すると、こいつが思った以上にヤバイ事が判明する。
まず、魔素はそれそのものに何の力も持たない。ただ空中に漂っているだけで、それだけでは毒にも薬にもならないのだ。
しかし、ひとたび指向性を与えてあげると、様々な性質を持つようになる。これが云わば魔法の原理をものすごく端的にいったものだ。
そして、そこから導かれるのが、この魔素というものが万能物質であるということだ。(物質と呼んでいいのかは不明だが、とりあえず便宜上そう呼ぶ)
例えるなら、真っ白な紙の様なものだ。
そこにクレヨンで色を塗るのか。それとも、鉛筆でデッサンをするのか。それとも、濃淡をつけた日本画を描くのか。
真っ白な紙に様々な手段で形付けたものが、魔法であるということだ。
そうなってくると謎なのが、先日メリルさんを襲った魔力によるダメージだ。
だが、これもすぐに原因がわかった。
メリルさんが浴びたのは何の指向性もない魔力ではなく、通信の魔道具が思わず拾ってしまった極小の音が、高出力の魔力によって超振動をメリルさんの体内に叩き込み、結果メリルさんの体は破壊されてしまったのだ。
つまり、あの瞬間に誕生したのは、遠方に声を届ける魔道具ではなく、不可視にして音の速さで相手を破壊する超音波兵器だったのだ。
「…………これ、アウグスト王国滅ぼせるぞ?」
つうか、メリルさん良く生きてたな。下手に当たってたら即死していたのでは?
多分、魔道具を止めようとしてスタンバイ状態になりかけていたので、出力が下がっていて助かったのだろう。流石に音波兵器については詳しくないから間違ってるかもしれないけれど。
しかし、これはあまりにも危険すぎる。こんなものが軍事転用されれば、それこそ世界のバランスは崩れてしまうだろう。少し研究の方向性を変える必要もあるかもしれない。
「しかし、そうなると魔力を遮断するのもやばい気がする。よくよく考えれば、外部からの魔力を遮断する=魔法が一切通用しなくなる可能性がある……」
魔法とは魔力、云わば魔素をあらゆるエネルギーへと変換したものである。その際に変換効率によって威力が変わるみたいだけど。
それらの魔素を遮断することができれば、魔法は無効化できるのではないだろうか。ただし、これも秘匿中の秘匿になりそうだけど。
「でも、安全には代えられないよな……よし、やろう!」
こうして俺は、魔素遮断保護具の開発を始めるのであった。
◇◇◇◇◇
魔素を遮断する。その目的を達成するにあたり、俺はその機能を持つ生物の観察から始めることにした。
元の世界においても、様々な新機能開発やロボット工学では、自然に存在する生き物を参考にすることは良く見られた。
例えば、採血の時に使う注射の針。昔は採血の際に痛みを感じる人が多かった。まぁその辺りは看護師さんの腕前もあったのだろうが、実際体に針を刺すのだ。痛くないわけがない。
しかし、自然界には人に気づかれずに針をぶっ刺し、血を抜きまくる生物がいる。
そう、蚊だ。
蚊の針は1本ではない。1本に見えるけど、上唇、下唇、咽頭、そして大顎と小顎が2本ずつ、計7本で成り立っている。その全てを駆使して吸血をしているのだ。
と、言っても、俺もそこまでメカニズムに詳しいわけではないので、それがどう作用して痛くないのかは知らない。
だが、このメカニズムのお陰で近年、痛みの少ない採血針が開発されたと記事で見たことがあった。
他にも、海洋生物の骨格や筋肉の動作を模した物や、鳥の羽ばたきを参考にしたロボットなど、自然から学んだメカニズムというものは偉大なのだ。
「なぁ、ヒロ。本当にやるのか?」
不安げな表情で俺を見てくるのはピピルさん。その後ろにはノーム族の戦士ディモンもいる。
この三人でやって来たのは、ベラシア村からはるか北方にある、モザン領の中でもあまり人の手が入っていない……正確に言えば、人が足を踏み入れることが難しい場所、霊峰カイゼル山である。
この場所は隣国との国境であるが、事実上無法地帯といっても過言ではない。何故なら、ただでさえ非常識なくらいやばい生態のおおいこの世界においても、特にヤバい生物が集まるのがここだからだ。
曰く、魔法を一切はじく昆虫が存在する。
曰く、四本腕のゴリラが存在する。
曰く、空を飛ぶ豹が存在する。
曰く、猿以外から進化した別系統の人が存在する。
長い歴史の中でも、この霊峰を攻略し、開発をしようとしたものは何人もいた。なので、ある程度の生態は記録に残っている。
しかし、攻略が出来た訳ではない。
この霊峰は通称『魔の山』と呼ばれ、数々の猛者達を飲み込んできたのだ。
そんな魔境に自ら足を踏み入れるとか正気の沙汰ではない。俺もそう思う。
けれど、虎穴に入らずんば虎児を得ずという言葉通り、俺の求める答えはここにありそうなのだ。
「言っても、目的の虫は確か霊峰の入り口付近にいるんでしょ?」
「あぁ、五代前の領主様が遠征に出した際、つけられた記録にはそう書いてあった」
「ならなんとかなるんじゃないですかね。普通の人でも脱出できたんだもん」
「だもんって……まぁ、この三人なら逃げられるだろうけど」
今回はあえて少数でやって来た。理由は、本当に浅い部分でのみの活動なので、あまり大人数で押し掛けると、奥の方の生物に気づかれては危険が多くなるからだ。
奥の生物はヤバい。
霊峰が遠くに見えてきた辺りで、俺は一瞬帰ろうかと迷った。
この世界に降り立った時、初めて見た巨大なドラゴン。その迫力は忘れがたいものだった。
しかし、そのドラゴンにくらいに巨大なカエルが、山の中腹から火炎放射を行い、狩りをしているのが目に入ったのだ。
遠目なのでわかりづらいが、多分あの火炎放射は100m近い射程距離があった。それを横薙ぎに吹いていたのだ。あんなもん逃げられるか。
しかし、その一方で俺の目的も、間違いなくここにあるのだと確信する。
『オサカベスカラベ』。
かつての遠征においても、あのカエル種が火を吹いたとう記録がある。その際に多くの犠牲が出たとも。
しかし、その火炎放射の後に生きている生物がいたのだ。
まるで火をものともせずに、焼け跡を闊歩する緑色の昆虫。
それは、焼け跡の灰をムシャムシャと食べていたらしい。
当初、このオサカベスカラベは火に強い昆虫だと考えられていた。しかし、持ち帰られたオサカベスカラベを調べたところ、なんと他の属性の魔法も効かないという謎の機能があったのだ。
残念ながら、唯一持ち帰れたオサカベスカラベは、その後寿命で死んでしまった。そして、死んだあとは例の魔法が効かない機構はなくなってしまったのだ。
今回の目的は、そのオサカベスカラベの観察と、出来れば捕獲だ。
もしもオサカベスカラベのメカニズムが解明出来れば、現状の問題解決どころか、今後待っているであろうさらに困難な問題の解決もできるかもしれない。
そんな期待を胸に、俺たちは霊峰の麓へと足を進めるのであった。
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