第五十一話 告白
人に休めと言っておいて自分が休まないのもあれなので、流石に今日は一日ゆっくりとすることにした。
考えてみれば、俺はこっちの世界に来てからというもの、あまり休んだ記憶もないのである。
まぁ最初は自分の生活基盤を作るためにがむしゃらに働いてたってのもあるけどね。いまは……。
「あれ?」
「ん? どうしたんですか、ヒロさん」
アンナの差し出してきたコップを受け取り、俺は徐々に顔面から血の気が引いていくのを感じる。
「あ、いや、大丈夫。そう……大丈夫」
心配そうに見つめてくるアンナに気をつかってか、それとも自分に言い聞かせるためなのか。俺はうわ言のようにそんなことを呟く。
「そう、ですか……あの、何か困ったことがあったらいってくださいね。私なんかじゃヒロさんのお役にはたてないでしょうが、それでも助けてもらった恩返しはしたいんです!」
「アンナ……うん、ありがとう。じゃあ……」
俺はコップを置いてから、アンナの肩を掴む。
そして、じっとアンナの瞳を見つめると、ごくりと唾を飲み込む。
「え、えぇ? ひ、ヒロさん! さ、さささすがにそれは……あ、でも、ヒロさんが望むのであれば……」
顔を紅潮させ、静かに瞼を閉じるアンナ。
うむ、可愛い。
可愛いのだが、そうじゃない。
「アンナ、聞いてくれ」
「ふぁ、ふぁい!」
「俺の雇われ先を一緒に探してくれ」
「…………ふぁい?」
完全にポカーンとしているアンナ。
いや、その気持ちは分かる。いきなり懇意の相手から仕事を斡旋してくれと言われれば、困惑もしよう。
だが、考えてみてほしい。確かに、俺はいま色々と忙しい。
魔道具作りに、村の未来を考えたり、ろり神様の相手をしたり。
しかし、それらには一切の給料というものが存在していないのだ。つまり、俺はいま無収入の道楽をしているのだ。金持ちでもないのに。
この家だって、アンナの義父であるジジルさんの御好意によって建てられたものだ。愛娘の命を助けたお礼と、村を救ってくれた事への感謝の気持ちだと。
俺も最初はそれで良いと思っていた。というか、やるべきタスクが多すぎて頭が回っていなかった。
良いわけがなかろう。家に工房にを、ただで貰うとかアホか。しかも、惚れている娘の親に。どんな臑齧り野郎だ、俺は。
「確かに、この通信の魔道具が完成すればそれなりの収入が見込める……けれど、その功績は俺だけのものじゃないし、一緒に研究してくれたみんなに分配されるべきだ。そうなれば、やはり長期的にかつ、定期の収入源が必要なんだ!」
「え、あ、はい……ソウデスネ」
あるぇ?
何故かアンナの機嫌が悪い気がする。待って待って、俺は何か選択肢を間違えたのか!?
元の世界ではそれなりに色々な恋愛ゲームはプレイしてきたし、選択肢には自信があったのだが……。
というか、アンナの機嫌が悪い姿とか結構レアな気がする。うむ、あの少し膨らんだほっぺとか可愛い。
「とか言ってる場合じゃないわ。ごめん、アンナ……たぶん俺は君の機嫌を損なう言動をしてしまったみたいだ」
「え!? あっ、ち、違うんです! あの……」
「いや、遠慮しないでくれ。俺は残念ながら、そこまで察しのいい男じゃない。たぶん、知らず知らずの内に失礼な事を言ってる事もあるかもしれない。だから、その、なんだ……そんな時、隣に居て俺に教えて欲しいんだ」
「ひ、ヒロさん……」
そこまで口にして、俺はひとつ大事なことに思い至る。
俺の事をアンナが好意を持っていることは知っていた。そして、俺もアンナの事を大事に思っている。
しかし、色々な事がいくつも重なってしまった結果、とても大事な部分が抜けていたのだ。
そして、いま俺が思っている気持ちは、本当に自然と口にすることが出来た。
「アンナ。俺と、付き合ってください」
こんな大事なことを抜かすなんて、やはり俺は大バカ者だ。そんな大バカ者を、どうか宜しく頼む。いや、まじで。
「……はいっ!」
また一つヒマワリが工房に咲いた。
◇◇◇◇◇◇
「ところでアンナ。なんでさっきは不機嫌だったんだい?」
二人でしばらく無言のまま過ごしていたが、俺はなんとなしに気になっていた事を聞いてみる。
だって、知りたいじゃないか。なんか喉に小骨が刺さったみたいだし。
俺の問いかけに一瞬だけキョトンとしたアンナだったが、プイッと顔を明後日の方向にそらして小声で呟く。
「……だって、ヒロさんがまたお仕事の話をしてたから」
なるほど。それは確かに俺が悪い。
いやでも、俺は仕事が無いと生きていけない体質なんだ。働き続けなきゃ、止まったマグロの様に死んでしまうんだ!
とはいえ、確かに休もうと言った矢先に仕事を探してるは無いわ。アホか俺は。いや、アホだ俺は。
「ごめんなさい……でも、収入無いとほら……アンナにも迷惑かけるし」
「そう思ってくれるのはとっても嬉しいです。けど、ヒロさんは本当に働きすぎです! ……まぁ、もうちょっぴり諦めてますけどね」
眉をキリッとさせ、ビシッと俺に指をさしてくるアンナ。諦めるというか、呆れてるなこれ。
うーむ……しかし、困ったなぁ。実際、元の世界で読んだ小説とかだと、色々なチートで序盤にお金を稼いで、もう自分の資産がどれくらいかわからないレベルになるのが定石なはずなんだが。
いかんせん、この世界はいろんな意味で世知辛い。
仕事をすれば対価は貰えるけど、その仕事は常に死と隣り合わせだし。冒険者にならなくても、その辺の動物に殺されちゃうというひでえもんだ。
かといって、知識チートなんて既にこの世界に来ていたマレビトがやっちまってる。しかも、俺のいた世界以外からも来ているのだろう。
俺もわからん技術とかふんだんにあるし。営業妨害だぞ! どっかの異世界人!
「うーん……特許の概念はあるけど、それこそ特許をとるには時間がかかるし……かと言って、また狩人やるのも違うしなぁ。いっそジジルさんとこに弟子入りして大工になるか?」
「それはお父さんも喜ぶとは思いますけど……ヒロさんは何かなりたい職業とかないんですか?」
「社畜」
「シャチク?」
「あ、いや、いまのは嘘だ。忘れてくれ」
既に夢叶ってツッコミを心の中で自分にしつつ、俺は悩む。
正直、なりたい職業はいくつかある。
趣味だったイラストや料理を仕事にしてみたい気もするが、趣味は趣味だからこそ楽しいといものだ。
と、なってしまえば、あと考えうるのが商売か。
仕入れをして、売りさばいて儲けを出す。結局、狩人と変わらないかもしれない。
「ヒロさんは回復薬も作れますし、錬金術工房でもどうですか? 個人向けの魔道具を作って売るとか」
「あぁ、それはありかもね。幸い、いまんとこアイデアはあるし」
いま迅速に必要なのが、魔力を遮断する保護具の開発だ。
先の実験で極限まで高出力になった魔力の帯を体に受けたメリルさんは、顔面の穴という穴から血を吹き出して倒れた。
あんな放射能でも浴びたかと思うレベルの危険性があるなら、保護具の開発は急務だ。
そんな事を考え込んでいると、急に俺のほっぺたがむにっと横に引っ張られる。
「ほら、またお仕事のこと考えてますよ!」
「ほひぇんひゃひゃい……」
自由を奪われたほっぺた。
触り心地がいいのか、アンナはそのほっぺをムニムニと揉んでくる。
そして、遂には俺の顔面で遊び始めたので、お返しにアンナの垂れ兎耳を揉んでやるのであった。
なお、そんな二人のやりとりは、忘れ物をとりに帰ってきたニックさんにバッチリと見られてしまい、しばらくの間冷やかされまくったのは言うまでもない。
やっと二人がちゃんとくっつきました。ちなみに村では既にくっついているのが周知の事実であり、この日の会話を酒の席でポロっと漏らしたヒロが、みんなから『お前、それはねえぜ……色んな意味で』とドン引きされたとかされなかったとか。
それと、告白しつつも格好がつかないあたり、ヒロです。元の世界でも恋愛ゲームはマスターしてましたが、後察しの通り現実の経験がないので片足を魔法使いに突っ込んでました。




