第五十話 安全
「しっかりしろ! メリル!!」
「うっ……あ……」
「急げ! 直ぐにヒロを呼んでこい!」
「待たせたっ! 退いてくれ!!」
慌ただしい現場に到着し、俺は直ぐ様【格納庫】から回復薬を取り出して封を切る。
そして、皆に取り囲まれながら仰向けに寝そべるメリルさんの口に瓶をつけると、ゆっくりと内容物を流し込んでいく。
メリルさんは少し噎せこみながらも飲み込んでいき、やがて直ぐに顔色がよくなっていった。
「これでもう大丈夫なはずです。しかし……」
「すまないね、ヒロ。非番の日に」
「いえ、それは大丈夫です。でも、いったい何が?」
二週間ほど前からスタートした通信の魔法を再現する魔道具の開発。
技術屋の砂漠青ネズミのみんなを中心に、俺の自宅横に設置された工房で日夜問わず取り組まれていた。
勿論、俺も開発にはがっつりと関わっていたのだが、流石に開発開始より以前も含めて数週間休みを取らずに働くのはいけないと、皆から半ば無理矢理休みを取らされていたのだ。
別にいまの俺にとっては、なんの問題もないのに。ただまぁ、あまりアンナとも過ごす時間もなかったし、ありがたかったわけだけど。
しかし、これから森デートにでも行こうとアンナを迎えにと考えた矢先、自宅に開発のメンバーが飛び込んできたのだ。
「試作機を起動させた途端、こんな事になっちまったんだよぅ……」
「試作機……あの高出力の奴ですか?」
通信の魔法を出来るだけ遠くまで飛ばしたいと考えた開発陣は、取り敢えず考えうる最大出力を出せる機構の開発をしていた。
そもそも音声通信を魔力に込めるのであれば、火炎の魔法や氷の魔法の様に、エネルギーの無駄遣いはそこまで大きくはない。とは言っても、やはりその距離を数キロに渡らせるのであれば、それなりの出力も要する。
なので、今回の様な高出力機の開発は、例え無駄と思われようとも大事なのだ。
「あぁ、そうさ。まずは何処まで音声を飛ばせるのか。その実験をしようと、ここからそこまでの距離で試してみたんだ。実験は成功。こっちで吹き込んだ内容が、あちしの声のままそっちの機台に送ることができたのさ」
「おぉ! それは凄い! でも、それで何故メリルさんが?」
「次にもっと離れた場所に音声を送ろうと思い、一度実験機を止めようとしたんだ。そんな時に、メリルがうっかりと二つの実験機の間に足を踏み入れちまったんだよぅ。そして……」
俺は天を仰いで両手で顔を叩く。
なんてこった、そうだよなぁ。実験に対する危険性や、安全衛生に関する周知が出来ていなかった。これは俺の落ち度である。
実験とは、何が起こるかわからないものである。良くも悪くも。
なので、何が起きても大丈夫な様に、保護具であったり設備を整えて取り組んでいくものなのだ。
前世では良くネタにされていたが、『○○、ヨシ!』とガバガバな状況で指差呼称をする猫なんかは、ああ見えて実は現場では笑えるけど笑えないネタとして知られていたりする。
主に、反面教師的な意味で。
さて、回復薬で随分と良くはなってきているであろうメリルさんだが、その顔面は血にまみれている。
恐らく、高出力で発せられた魔力の帯が、見えない超攻撃となってメリルさんを襲ってしまったのだろう。
魔力はそこかしこ、この世界中何処にでも存在する。そして生きるもの全てがそれを体内に取り込み、魔法を使ったり魔道具を起動させているのだ。
なので、通常であれば魔力というものは毒にはなり得ない。そう、通常なら。むしろ、魔力が枯渇することで気絶や、最悪死に至るという話もあるので、必要不可欠なものだ。
だが、思い出してみよう。
空気中にあり、なければ死んでしまうが、ありすぎると毒になる代表の酸素さんという存在を。
そう、恐らく、魔力というものは高濃度過ぎれば、生物を破壊する程の毒になってしまうのだ。火炎や氷に成らずとも。
「よし、とりあえず少し実験は中止。対策を考えるので、再開の目処がたつまで皆休んでくれ」
「えぇー!? これからって時に!」
「そうだぜ! 俺たちは別に死ぬことなんて怖くねぇ!」
「ダメだ。俺が責任者である以上、俺の現場で人が死ぬのは許せない。対策が出来次第、ニックさんを通して通達する。皆もこの二週間働き詰めだったろう。少しゆっくりしてくれ」
有無を言わさず工房から皆を追い出す。
ニックさんだけは現場責任者の一人として残ってもらったけど。
「まずは実験に関するルールの周知徹底からだな。俺も浮かれてて、大事な部分を忘れていた」
「まぁ、こんな生業していたら、失敗で怪我や命を落とすなんて日常茶飯事なんだけどねぇ」
「俺たちの世界でも昔はそうだったらしい。だが、近代では命が最優先になったんだ。それはやっている事が直接的でない怪我にも繋がるからってのもあるけど」
安全第一、safetyfast。
この言葉は幸いな事に、現代日本であれば小学生でも知っているものである。それは、日本という国が一丸となって、このルールを徹底した功績だ。
かつて、工業が盛んになった時にあったスローガンは、『生産第一、品質第二、安全第三』だった。これは読んで時の如く、生産をまず重視して行こうという、いまで考えればむちゃくちゃなものだ。しかし、本当にこの概念は存在していた。
それを1900年代初頭、アメリカのU・Sスチールの社長エルバート・ヘンリー・ゲーリーが、悪辣な環境で働く労働者の環境を改善すべく提唱したものであり、今日生産現場だけにならず、様々な場面でも徹底されている基本となっている。
この偉大なるスローガンを徹底することで、労働環境の改善により生産性の効率アップや、技術の進歩が目まぐるしく発展したといってもまったく過言ではない。
「ということで、偉大なるこの教えを徹底します。もしも危険が生じそうな場合、直ぐに作業は停止。そして、危険が生じ得る事を想定するのが、我々現場監督の立場です」
「あい、わかった。これからは気を付けていくよ。他になにかあるかい?」
「そうですね……ルールの徹底はソフト面での対策です。ハード面での対策は俺が考えて……」
そう言いかけたとき、工房の入り口のドアががちゃりと音をたてた。
「あのー……ヒロさんはいますか?」
ひょこっと顔を覗かせたのはアンナだった。
はて? 何故にアンナ?
確か今日はアンナは非番のはずじゃ……。
「あっ!?」
どたばたし過ぎて、俺はすっかりとアンナと約束していたことを忘れてしまっていた。
そして、その考えに至った俺は、最早芸術といっても過言ではない程に美しいジャンピング土下座をして見せた。
「大変申し訳ありませんでしたあああああああああ!!」
「ひゃっ!?」
「この埋め合わせはなんなりとお申し付けくださいませえええ!!」
工房の床にめり込む勢いで額を打ち付ける俺に、アンナだけでなくニックさんも引いているのが分かる。だが、誠意を見せねばならぬのだ。
「あ、あの、ヒロさん……もうお顔をあげてください。さっきそこで皆さんと会いましたので、理由は知っていますよ。だから、差し入れを持ってきました」
そう言ってアンナは右手に提げていたバスケットを差し出してくる。中にはサンドイッチや俺の好物の肉巻きアスパラ等が詰まっていた。
「ほう、こりゃあ凄い。アンナが作ったのかい?」
「え、えぇ……へへ」
「そうかいそうかい」
ニックさんはうんうんと頷くと、まだ土下座の体勢の俺の背中をばしっと叩いてくる。そして、耳元で囁いてきた。
(この果報者。あんたはちと察しが悪いけど、この子の気持ちくらいは分かるだろう?)
(まぁ、はい……幸せ者です、はい)
恐らく、森デートをした際にお昼ご飯として食べる用に作ってくれたのだろう。ちょうど二人分入っているし。
「さぁて。じゃあ、あちしもお暇をもらいますかねぇ。たまには子供にちゃんとしたものを食べさせてやりたいし」
わざとらしく言いながら、ニックさんは作業エプロンをかけて工房から出ていく。ああ見えてニックさんは二児の母なのだ。普段は旦那さんが子供の面倒を見ているそうだが。
ニックさんが出ていき、アンナと二人っきりになり妙に気恥ずかしさが漂う。
しかし、いつまでも女の子を待たせる訳にはいかない。
「少し早いけど、お昼にしよっか?」
「はい!」
満面も笑みを浮かべるアンナ。
朝からどたばたで始まった休日だったが、そのヒマワリの様な笑顔に疲れも吹っ飛んでいくのであった。
五十話突破ぁ!
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※途中のスローガンを間違えてました。正しくは『生産第一、品質第二、安全第三』です。訂正訂正。




