第四十七話 間者
レガリアの間から戻ったら、何時の間にかろり神様が降臨していた。グラキエールさん曰く、このダンジョンには近づくことが出来ないはずなんだけど……。
と、天井を見てなんとなく理解した。そしてゾッと背筋が凍る。
「ろり神様……もしこの天井の真下に俺がいたらどうするつもりだったんです? 生き埋め不可避じゃん!」
「たわけ。この程度で死ぬわけがなかろうて。それよりも村に戻るぞ。珍客が来ておる」
「珍客? ここ最近、ろり神様含めて珍客しかいない気がするんだけど……」
「ワシを珍客扱いするでない。まぁ、平和主義なお主にとっては、渡りに船と言えるかもしれんがのう。ワシとしては、つまらんが」
「ほう? それは嬉しい話だ」
そう思っていた時期が、僕にもありました。
ベラシア村に戻り、何故か集会所から広場へと、みんなが出されている事に気がついた。
「どうしたんです? 日中は暑いでしょうし、みんなで集会所に居ればよかったのに」
「い、いや、そうもいかんのだ。ヒロ殿はどうぞ中に。ピピル殿もお待ちしております……」
「はぁ、わかりました」
村の運営を取り仕切るおじいちゃんにそう言われ、俺は集会所へと入っていく。すると、会議の為に用意していた長机の、一番奥に座る一人の女性に気がついた。
さらに言えば、女性の両脇に配置されているピピルさんと、何故かリッチの親父さんも立っていた。
女性が座っているのが上座なら、ベラシア村の村長が座っているのが下座である。いつもなら上座に座っているはずの村長がこっち側に座っているということは、たぶんあの女性は偉い人なのだろう。
俺とて決して何もわからないわけではない。それなりに社会経験だって積んできているからね!
「大変遅くなりました。私の名前はヒロと申します。お初お目にかかります」
貴族とか相手の挨拶は知らないので完璧にはほど遠いだろうが、それでも礼節を尽くせばわかってくれるだろう。俺は踵をくっつけ姿勢をただし、七十度のお辞儀をする。
そのままの姿勢で、とりあえず女性から声をかけられるのを待っていると、クツクツと小さく笑う声が聞こえてきた。
「ふふふ……ピルクリム。これはどういうことだろうか。君から聞かされていた話とは少し違う様だが?」
「はっ! 私としましても、ヒロが貴族階級の方と言葉を交わしているの見るのは初めてなものでして……決して礼を欠く者ではないとは思っていましたが」
「そうかそうか。ヒロ、と言ったね。どうぞ顔をあげて」
「はい」
言われるがままに顔を上げると、女性はゆっくりとこちらを品定めするかの様に視線を向けてくる。
女性は少しウェーブがかった金髪の、一言で言えばナイスバディなお姉さんといった感じだ。少し目力が強く、気が強い様な印象も受けるが、左目の下にある泣きボクロがセクシーである。うむ、こういう女性も悪くない。
「まぁ、今回は公式な訪問ではない。一先ずそこにでも座って、ゆっくりと話そうじゃないか。私の名前はフレア。フレア・ナリヤ・モザン。ここ、ベラシア村のあるモザン領の領主を勤めている。とは言っても、最近の話だがな」
「領主様、ですか?」
俺が胡乱な目をピルクリム改め、ピピルさんに向ける。
確か、俺が聞いていた限りではモザン領の領主は、狡猾な爺との話だったが。
「先日……この村に王国騎士団が侵入して来た折に、先代が何者かによって暗殺された。突然の王国騎士団の横行による対応を迫られ、混乱をしてた隙の犯行だ」
「と言うわけで、まぁ暫定的ではあるが、いまのモザン領主はこの私だ。なに、ボンクラの兄などに任せておけば、また領内を不埒な輩に闊歩されかねない。私が適任だ」
そう、何でもない様にさらっと言うフレア様。たぶんこの世界の貴族というモノも、俺がいた世界と同じく嫡男が継ぐのが常識なのだとは思う。しかし、それを無視して自分が領主を名乗るのは大丈夫なのだろうか?
「ふ、フレアお嬢様……」
「ピルクリム。これからはお嬢様と呼ぶなと言ったであろう」
「も、申し訳御座いません……しかし」
「まぁ少しずつ慣れていってくれ。あぁ、すまないねヒロ。なんせこのピルクリムは、私の護衛騎士を務めていた事もあったから、昔の感覚が抜けていないのだ。許してやってくれ」
「いや、それは良いのですが……領主って、勝手になれるものなんです?」
例えば、継承権はその時の当主にあるのはわかる。後継者を選んで、今後の領の発展に繋がる人物を育てなければいけないからだ。
だが、今回の様に不測の事態が発生した場合。そんな時は通例にならって、やはり嫡男を当主にするのではないのか。そして、そんな時には国からの許可なども必要なんじゃなかろうか。
「勿論、勝手にはなれないさ。順当で言えば、一番上の兄がモザン領主になるだろう」
「勝手に領主を名乗るのはまずくないです?」
「ん? どうせ滅びる国だろう? そしてその滅びをもたらすのは、君だとも聞いたが?」
フレア様の言葉に、俺はピピルさんを睨む。
アウグスト王国と事を構える必要も出てくることは、何度も繰り返してきた会議でも決まっていた事だ。しかし、一番良いのはそうならずに、みんなが怪我することなく穏便に解決できる事なのだ。誰も望んで殺しあいなんてしたくはない。
なので、本当に戦いが回避できなくなるまでは、村の外にその話を持ち出さないでおこうという話になっていたのだ。むやみやたらに噂が広まり、反乱を起こそうとしているなんて言われれば目も当てられない。
だから、俺はピピルさんにも釘を刺していたんだ。
決して、領主へ報告をするなと。
「あー、そうピルクリムを睨まないでやってくれ。ピルクリムは君の話をちゃんと守り、私にその件を報告してはいない。まぁ、私としては少し思うところがないわけでもないが」
「え? じゃあ、誰が……?」
と、そう言えばこの場に似つかわしくない人が一人居ることを思い出した。
「も、もしかしてリッチの親父さんって……?」
「フレア様、発言をしてもよろしいですか?」
「許可する」
「ありがとうございます」
おい、誰だこいつ。
リッチの親父さんといえば、酒と村の噂話が好きなただの雑貨屋の親父である。一応猟師もしてるけど。
噂話を何処から仕入れてくるのか知らないが、主に誰々と誰々がくっつきそうだとか、誰々が浮気して奥さんに包丁を振り回されたとか、下世話な話題を好むちょっと変わった人である。
そんなリッチの親父さんが、まるで貴族仕えみたいな口調と態度なのだ。
「おい、ヒロよ。いま失礼な事思わなかったか?」
「あ、戻った。だって、リッチの親父さんってそんなキャラじゃねえだろ」
「まぁ、村ではな。それで、フレア様に報告したのは俺だ。俺はフレア様に仕える間者ってやつでな。ピピルもその事は知らねえ」
「私は、私が領主になるために方々に手と耳と目を伸ばしている。情報は命であり、宝だ。この様な者は領内に幾人も潜ませている」
「しかも、俺自身、俺以外の間者が誰か知らないんだぜ? 性質上、お互い知られたらいけないという決まりがあるからな。今回は特例中の特例だ。ちなみに……」
「この村にはあと三名ほど潜んでいる。まぁ、防衛の意味もこめるから、誰かという点を明かすことはできないけれど」
フレア様の言葉に、ピピルさんはぎょっとした表情を浮かべ、リッチの親父さんは苦笑いで頭を掻く。
たった数百人の村に、四名も情報収集役を備えるとは……。しかも、口ぶりから言えば、フレア様が雇っているという事だろうから、領主になられる前からこの活動をしているのだ。
「少し過剰過ぎません? 産業的には重要な村というのはわかりますけど……」
「そうだな。この村に耳を置き始めたのは、私が十歳の頃だ。確か十五年程前か。あの糞野郎がとんでもない法を定めたので、国が乱れると思ってな。そして、その一年後に重要な報告が上がってきたこともあって、増員した」
十五年前。
アウグスト国王が発した、例の悪法の事だろう。そして、この村にやって来たグラキエールさん達。確かに、この村の重要度は半端ではない。
あれ? でも、そういうことは……?
「さて、本題だ。レガリアをこちらに渡して頂こうか」
まぁ、そういう事ですよねー。
※補足う・ん・ち・く。
貴族の名前について。
貴族の名前には○○・△・×××という風に、名前・貴族階級を表す一文字・家名の順に構成されている。
しかし、貴族階級を表す一文字は基本的に当主にのみ許されており、それ以外……例えばまだ正式に当主ではないフレアなどは、『フレア・ナリヤ・モザン』という風に、ナ(貴族階級の一文字)+リヤと少し長くなっている。
これは、名乗りの段階で貴族階級を示す必要がある際に、どの階級にある身分なのかを表すことが出来る。察知能力が未成熟な子供同士とかの場合、階級わからないと無用な争いとか起きるしな!
なので、一応フレア自身もまだ当主ではないことは理解しているし、何でもない様に見えているが、父の死をまだ受け入れられていない面もあったりなかったり。




