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元社畜の転生賢者は、過酷な異世界に行っても休めない  作者: 赤坂しぐれ
第三章 ベラシアの森ダンジョン編
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第四十六話 帰還

※今回は三人称視点です。


 ヒロから入り口の守りを任されたイーイーは、いまだ逃れられない緊張感に唾を飲み込んでいた。


「安全って言われても……ねぇ?」


 視線の先にあるのは、一頭の黒龍。

 かつての獣人の王としてレガリアに選ばれた男、グラキエールが使役している存在だ。

 ヒロを連れていくに際しグラキエールからは、この黒龍は許可を出していれば襲いかかっては来ないと説明を受けた。しかし、それでもやはり怖いものは怖い。

 それは例えば、目の前に超巨大なダンプカーがあって、エンジンがかかってはいないものの、その目の前で立っている時の様な圧迫感というか、プレッシャーの様なものに近い。この世界にダンプカーがないので、イーイーにとってはあまり理解出来ないものではあるが。


 そんな黒龍はと言えば、じっとヒロ達が消えていった奥の部屋を見つめていた。その姿はまるで、主の帰りを待つ忠犬の様に。

 イーイーもそれに倣って周囲を警戒しつつも、奥の部屋への扉を見つめる。と、その時だった。

 突如ダンジョン全体が大きな揺れに見舞われた。イーイーは直ぐ様警戒態勢に入り、黒龍も何かを感じ取って天井を仰ぎ見る。

 そして、揺れが収まって一拍ほどの間が空いた後、天井が爆ぜた。


「なっ! なに!?」

「グルルルルルル……!」


 突然の事に驚くイーイー。しかし、黒龍は驚きよりも先に、その招かれざる来訪者に威嚇の声を上げる。


「こんな陰気臭い場所に逃げ込んでおるとはのう……さて、そろそろチェックメイトじゃな」


 イーイーは天井に空いた大穴からゆっくりと降りてきた存在に目を見張る。

 一見するとただの童女の様な姿であるのに、ソレが発する存在感というものは黒龍を遥かに越えるものであり、自分の知覚の狂いから思わず発狂しそうに成る程であった。


「ん? おぉ、お主はヒロに着いていった者か。して、ヒロは何処におる?」


 チラリと視線を向けてくる童女。


「あ……あっ……」


 アレクネの中では比較的に若いイーイーだが、それでも里の代表者を勤めるほどの胆力も実力も備わっていると自負している。

 だが、それがどうだ。

 たった一人の童女に睨まれた……否、見つめられただけで、背筋が震えて歯を鳴らし、あまつさえ粗相までしてしまっている。

 もしも許されるのであれば、今すぐにでも全力でこの場を離れ、泣きわめきながら逃げ出したい気持ちで一杯であった。


 そんなイーイーの内心を知ってか知らずか、童女はニコリと微笑みながら、ゆっくりとイーイーへと近づいてくる。


「その様に怯えずともよい。ワシはお前達の母であり、父である。子が親を畏怖する気持ちは持って当然だ。安心せよ」


 ふわりと頭を抱き締められたイーイーは、途端に先程まで胸の中を占めていた恐怖がスッと消えていくのを感じる。

 そして、その代わりに満たされた安息に、本能の部分で理解し、自然と涙が頬を伝う。


「あなたが……いえ、あなた様が、神なのですね……」


 目の前に顕現せしめし『神』に、イーイーは跪いて頭を垂れる。そして、先程までの自分自身の醜態を酷く恥じた。

 何故、自分は自分達を創りし神を恐れたのか、と。


「よい、よい。それよりもヒロじゃ。ヒロは何処におる」

「あちらの扉の奥にございます。いまご案内を……」


 イーイーが言いかけた、その瞬間。


「グルアアアアアアア!!」

「え?」


 目の前に巨大な龍の足が降ってきて、童女を押し潰した。

 一切の反応を許さないその動きに、イーイーは呆けて間抜けな声を出してしまう。

 遅れて頭が理解をしようと動き始めると、そこでようやく、『黒龍が目の前にいた神を圧殺した』という事象へと思考が至る。


「な、にを……?」

「ガアアアアアアアア!!」


 怒り。

 目の前で暴れる黒龍の抱く感情が怒りであるということは、黒龍の言葉など理解し得ないイーイーにとっても解ることだった。

 何度も何度も、先程まで神がいた場所を踏みつける。まるで、親の仇でもとるかの様に、何度も何度も。


「おぉ、思い出したわ。お主はあの時の龍の子か。そうかそうか……まぁ、確かに()()()のようなものだろうて。じゃが、いまはお主と遊んでおる暇はない。しばし黙っておれ」


 声は黒龍の背から聞こえてきた。

 暴れまわる黒龍の背に仁王立つ童女。不敵な笑みを浮かべる童女が腕を一振りすると、不思議な事に黒龍はみるみる内に巨体を縮めていき、そのまま真っ黒な一匹の蜥蜴になってしまった。


「え? え?」


 間違いなく目の前で踏み潰されたはずの存在が、いつの間にか別の場所に立っている。その理解し難い現象にイーイーが戸惑ってしるが、童女はそんなものには興味はないと、そのまま奥の部屋へと向かう。

 そして、扉に手をかけようとしたとき、ちょうど中から一人の青年が現れた。


「あれ? なんでろり神様がいんの?」


 何故か身に纏う衣服がボロボロにはなっているが、元気そうな姿を見せたその青年に、童女は笑みを浮かべる。


「なに、野暮用が終わったからのう。して、レガリアは手に入ったのか?」

「あぁ、これだろ?」


 青年が差し出したのは、淡い黄色の光を放つ十二面体の結晶であった。

 童女はそれを見ると、訝しげな表情を浮かべる。


「ヒロよ。それしか無かったのか?」

「ん? あぁ、これくらいしか無かったぞ。俺を案内してくれた人たちも、これを俺に託すと砂になっちまった」


 そう言ってヒロが親指で指し示した場所には、一対の髑髏と黒い砂の山があった。


「……そうか。まぁ良い。無事レガリアが手に入ったのであれば、これで獣人達をまとめ上げられるじゃろうて。さぁ、とっとと終わらせるぞ。獣人達をけしかけてアウグスト王国に攻めこみ、邪神とやらをぶちのめそうではないか」

「いや、だから……俺は別に戦争とかするつもりはないからな!? 平和的に解決できるなら、その方法が一番なんだから」

「なんじゃい、面白くないやつじゃ。そんな事でどうするのじゃ。男なら世界の一本くらい獲ってみせんか」

「そんなプロボクサー志望者を焚き付けるくらいの気軽さで言わないでくれよ……あっ、お待たせしましたイーイーさん」

「ふぇっ!? え、い、いえ、だいじょうぶです、はい」


 二人の会話をぼんやりと眺めていたイーイーは、突然自分に話を振られたのに驚き戸惑う。


「ん? なんかあそこに水溜まりがありますが……何かあったんですぶげぇ!?」

「お主は本当にデリカシーのないやつじゃ。母親の腹の中に置いてきてしもうたのか?」

「いきなり殴るなんて酷い……いったいナニがあったんだ……」


 自分の粗相の跡を見られたイーイーは、酷く赤面する。が、せっかく神様が誤魔化してくれたのだ。そのまま話に乗ることにした。


「え、えっと、先程までここにいた黒龍が垂らしたよだれででして……」

「あぁ、それを踏んじゃったのか。黒龍のよだれっていうか、大型は虫類のよだれって臭そうだよね。じゃあ、ちょっと待っててください……えっと、《清浄(ラーグ)》」


 ヒロが短く唱えると、空中に現れた水の塊がイーイーを包み込む。

 その様子に驚く二人。驚きの内容はまったく違う内容ではあるが。


「ヒロ、お主何時の間にルーン魔術を覚えたのだ?」

「ふっふっふ……レガリアを貰うときに、便利な魔法を使いたいって願ったのさ! これで俺も魔法使いだ!!」

「また無駄な能力を……あんな用途の限られた魔法文字を使えるようになったところで、この世界での生存率など延びんぞ?」

「え? まじ? 嘘でしょ?」

「まぁ、今みたいに洗濯には困らんとは思うがのう」

「もががが……」


 水の塊の中でもがくイーイー。

 不思議と息苦しくはないのだが、それでも突然水に顔どころか、全身浸けられて驚くなという方が難しい。

 人が溺れ死ぬのに必要な水深は50cmと言われているように、要は水が気管を塞いでしまう程であれば、人は簡単に溺れ死ぬのだ。


「そろそろいいかな? 解除」

「……っ! ぶはぁ!! はぁ、はぁ……」

「驚かせてすみません。でも、綺麗になったでしょう?」

「…………」


 じとっとした視線で見つめてくるイーイーに、ヒロは頬を掻きながら目をそらす。


「まぁ、いまのはお主が悪いのう」


 ため息混じりにエンダーが呟き、ヒロはイーイーに平謝りを繰り返す。


 そんな一同の様子を、一匹の黒い蜥蜴が物影からじっと見つめているのであった。

試練のその後を読みたかったと方もおられるかと思いますが、ちょっと色々と冗長になりそうなのと後の伏線故にぼかしております。もうちょっと待ってね。

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