第四十五話 闘技
「ま、待ってくださいよ! どうしてそうなるんですか!」
突然の宣言に戸惑いしかない。
試練はさっき終わったはずなのに、どうして俺がグラキエールさんと戦わなければいけないのか。
「……レガリアの所有権は、まだグラキエールが持ってる。レガリアの所有権は、その所有者が死ぬか私と所有者がお互いに認めないと譲渡できない」
「私……つまり、君は?」
「私は、レガリア。アースラによって、この願望器を司る事を命じられた」
「そう言うことだよ、ヒロ君。だから、君がレガリアを手にするためには、私を倒さなければいけない。そして、そうなれば妻も私に協力してくる」
「だから、グラキエールさん達と戦えと……?」
「その通りだ」
グラキエールさんがニヤリと笑った気がする。
と同時に、辺りに渦巻いていた黒い靄がグラキエールさん達に収束していく。
あぁ、この光景は見覚えがある。
「レガリアが……」
「久しぶりの肉体だ。いやぁ、懐かしいねぇ」
「えぇ。相変わらず良い男ですね、アナタ」
靄が消えると、そこには一組の美男美女が立っていた。
恐らく15年前の姿なのだろう。今の俺とあまり変わらない若い姿のグラキエールさん達だ。
驚いたのは、兎耳をしていたのはグラキエールさんの方だった。奥さんのイクスさんは耳から察するに猫科の獣人なのだろうが、あまり特徴的な模様なども見られない。
「さぁ、やろうか。安心してく、君の力はそのまま使える様になっている」
「……俺の力を知っていて、それでも戦うんですか?」
正直、対人戦なら【格納庫】のある俺に勝てる人は少ないと思う。空間座標をズラしてアンタッチャブルになれるからだ。
「ふふ、勿論さ。それよりむしろ、良いのかい? もしも勝負に負けたら、どうなるのかを聞かなくて」
「えぇ、良いですよ。負けた時を考えて勝負する奴が、何処にいるって言うんですか」
「ははは! 君は本当に、私の好きなタイプだ。生きている時に出会えていれば、いい友人になれたかもしれない」
「いまからでも友人になれますよ? その代わり、友人のよしみで試練をパスさせてください」
「君は、友人間でそう言った利益のやり取りを求めるのかい?」
「そんな訳ないでしょう。冗談ですよ、冗談」
「なら、良かった」
ほんのわずかな間。一度瞬きをする間に、グラキエールさんの体がノイズの様にブレて、そのまま消えてしまった。
そして次の瞬間には、俺の目の前で手刀を振り下ろそうとしていたのだ。
「のわっ!?」
慌てて仰け反り、手刀を避ける。一瞬だけ、手刀を受け止めようと考えた自分がいたが、迫り来る手刀が持つ尋常でない魔力の胎動に、直ぐ様回避を選んだ。
そして、直ぐに格納庫の門を開いて中に逃げ込む。これでもはや俺に触れることなど出来ない。
「ふふ、今のをちゃんと避けるなんて。ほんと、ヒト族にしては危機感があって良いわね」
「あぁ。ヒロ君、正解だ。いまの手刀を避けずに受けに回っていたなら、君は今ごろただの肉塊になっていただろう。例え、君の体がエンダーの作った物でさえね」
「私たち獣人は、魔力を持たない者が多いのは知ってるわね? それはどうしてだと思うかしら?」
獣人が魔力を持たないのは確かに知っている。とは言っても、まったくではないらしいけれど。
「それはね……自ら望んでそうしたのよ。これを使うためにね」
イクスさんは纏っていた上着を脱ぐと、両腕を体の前でクロスさせる。
俺はその動きに既視感を覚える。
「あれは……確か、オルクールが使っていた!?」
ベラシア村を襲ったアウグスト王国第三騎士団の副団長にして、邪神を崇拝していた男・オルクール。奴が大蛇の化け物へと姿を変えた時、確かあの様なポーズをしていた事を思い出す。
「あら? その口ぶりだと、闘技を見たことがあるのかしら。なら、話が早いわね……」
イクスさんはそのポーズのまま、ゆっくりと、そして大きく息を吸い込んだ。そして……。
「ガアアァァアアァァァァアアアァア!!!!」
空気をも弾く程の、巨大な咆哮をあげた。
そして、俺の意識はブラックアウトするのであった。
「……………………ん、んん」
ひんやりとした感触が、火照る体に気持ちいい。と言っても、妙にゴツゴツしてるので若干痛いけど。ぼんやりとそんな事を考えていると、頭の上から声が聞こえてきた。
「やぁ、起きたかい?」
「あ、れ……? ここは」
気がつけば、どうやら俺は白い空間から元のダンジョンまで戻されたいたらしい。
気絶をしていたのだろう。床に横たわる俺を、グラキエールさん達は微笑みながら見下ろしていた。
「そんな……まさか」
「うん、君の負けだね」
「うそ、だろ……?」
確かあの時は間違いなく格納庫に姿を隠していた。あそこにいれば、物理はおろか魔術でさえも届くことはないはずだ。一部例外もあるけど。
それなのに、俺はイクスさんの咆哮ひとつでやられてしまったのだ。
「妻が使ったのは、【闘技】というものだ。我々獣人の神であるアースラ様が、古き祖先に伝えた技であり、唯一エンダーへと対抗することが出来るものだ」
「闘技?」
「体内で練り上げた気の力を媒体に、身体の能力向上や特殊な効果をもたらす技だよ。そして妻が使ったのは、【破魔凍気唱】というあらゆる魔術を無効化するものさ」
「魔術を無効化……あっ! それで格納庫が消えて……」
「その通り。あとは、妻の放つ気の力をもろに受けた君は、そのまま気絶してしまったんだね」
魔術を無効化。ゲームなどではよく出てくるものだけど、まさかろり神様に貰った力でさえも無効化できるなんて……。しかし、そうなれば俺が勝つことなんて不可能じゃないか。
そんな悔しさもあってか、俺は口を尖らせて文句を口にする。
「き、気なんてよくわからないもの、インチキなんじゃないですか」
「はは、そんなことはないさ。エンダーの作った魔力を信じて、自分の体内にある気を信じられないのかい? そうだね……言わば魔力は魂という器に込められた力で、気は肉体という器の中に納められたモノさ。普段は当たり前に使っているから気がつかないだけでね」
「普段から?」
「そう、普段から。ただ、それを闘技まで昇華させるのは至難の技だし、気が遠くなるほどに時間もかかる。自分で言うのもなんだけど、三人の兄と比べても頭いくつ分か飛び出していた私でさえ、完全に習得するのに20年はかかった」
そうか……確かにそう言われれば、魔力というよく解らないモノを信じているのに、体に流れる気の力を信じないのはおかしい話かもしれない。
何故だか、俺はこの世界に来て直ぐに、魔力とは当たり前にあるものだと認識して、疑うことさえしなかった。元の世界には存在しないはずなのにだ。
そして、俺はふと重大なことにも気がつく。
「あ、あの……試練は、失敗なんですか?」
グラキエールさん達との戦いには、もう完全に敗北してしまった。となれば、レガリアの試験は失敗したということではないだろうか。
「え? なんで?」
だが、聞き返してくるグラキエールさんの表情からは、どうも話が違うらしい。
「私は戦うとは言ったけど、勝敗が試練の内容に左右するなんて一言も言ってないよ? ねぇ、イクス」
「えぇ、その通りよ。それに、負けた時の事を聞かなかったのはヒロさんですもの」
そう言ってニヤニヤと笑う二人。
やられた……いや、これは完全に俺に落ち度がある。最初に試練の内容だとか、勝敗の条件を聞くべきだった。
「それで……負けた俺には、何かあるんですよね? そんな事を言うとなれば……」
「察しが良くて助かるね。ではヒロくん。もう一度、レガリアの間に向かおう」
「もう一度……最初から試練のやり直しってことですか?」
「…………いいや、違う。それでも良かったのだけど、どうやら少し時間が無くなってきたようだ」
時間がない?
それはどういう事なのだろうか?
「君には、いまから闘技を覚えてもらう。それこそ、死ぬ気でね」
先程までのヘラヘラした笑みを消したグラキエールさんの瞳は、真剣そのものであった。
いつも作品を読んでくださり、誠にありがとうございます!
活動報告の方にも触れましたが、投稿頻度を少し調整していきます。エタらないように、そして何より読者の皆様に楽しんでいただけるよう、これからも一層努力して参ります。
…………なので、良かったらブクマとか★をください(小声)。




