第四十三話 頭突
考えろとは言われたものの、攻めてくるもう一人の俺の攻撃に、考える隙なんてありゃしない。
幸いにも俺の考えてる事は俺自身がよくわかってるので、何処を攻めれば効果的か、その裏をかくなら何処にするか。さらにその裏をかくならと、攻める場所が大体わかるので防げてはいる。
だが、防戦一方では勝つことなど出来ないし、力の使い方が上手い分向こうにアドバンテージがある。
このままではジリ貧だ。
『はは、流石は俺だ。これも防ぐか』
「背後を警戒したら真っ正面……と見せかけての脇と見せかけての背後! ほんっと、性格わりぃ!!」
『そんなのお互い様だろ。それ、行くぞ』
再び格納庫へと消えるもう一人の俺。こちらは隠れた所で意味がないので、もはや隠れもせずに迎え撃つ。
しかし、何度かの攻防の中で受けた傷は少なくない。既に皮膚程度ではあるが、腕や足首に切り傷が出来ている。斬られる瞬間になんとか防御や回避をしたので無事だが、あと一秒でも遅ければ真っ二つだ。
「マジでどうすんだよこれ! いや、もう一人の俺に出来て、俺に出来ない事はない!」
『その通り。だが、その要因に気がつかなきゃ、そのまま輪切りだぜ』
「俺の輪切りなんて需要なんて、ない! うわっと!」
顔面を真横に切り裂こうとする斬鉄。それを屈んで避けた俺は、下からの切り上げで対抗する。だが、それは易々と防がれ、もう一人の俺は後ろへ飛ぶと共に格納庫へと消える。
(そう言えば……俺の格納庫にも向こうの格納庫にも同じ物が入ってるんだな……くそ、あの斬鉄ぶんどって二刀流とかやってみてえ…………ん?)
そこではたと気がつく。俺の格納庫にももう一人の俺の格納庫にも、まったく同じ物が入っている。つまり、格納庫は同一のものであるということか。いや……それだとなにか違和感がある。
どうやって向こうは俺の格納庫に入ってきたのか。
格納庫は同じ……コピー……いや、まさか。
「もしかして、あれは格納庫をコピーしただけのものに見せかけて、中身がコピーで格納庫自体は共有フォルダみたいなもの……? そして、格納庫フォルダのチャンネルは複数ある!」
『やっと気がついたか。そう、俺の力もお前の力も、元を辿れば源流は同じ。後はアクセスする方法だけって話だ』
種が割れれば後は難しくない話だ。
俺は格納庫というものは、ひとつの決まった場所だと思い込んでいた。だけど、実際はもっと多くのチャンネルを抱えていて、それぞれにアクセスする事が出来たのだ。
つまり。
「こうやって相手の格納庫内に侵入できるわけだ」
『その通り。流石は俺だ』
「自慢にもならねえよ。わざとだろ?」
考えてみれば、この力を理解しているのなら、決着は一瞬でつけることが出来た。
戸惑っている隙にチャンネルをずらしながら近づき、トドメをさす時だけ現れればすむ話だからだ。
たぶん、俺の性格的に一方的に戦う事を避けたのだろう。それとも……。
「やはり、迷っているのか?」
『ぶっちゃけるとな。俺だって、アンナ達を助けに行きてえ』
「なら……!」
『だが、それじゃ駄目なんだ。レガリアから産み出された俺には、どうしてレガリアがこんな試練を与えてくるのかが分かる。だからこそ、俺は俺の為に戦わなければいけないんだ』
もう一人の俺の瞳に宿る光が強くなる。
『さて、ここからはお互い格納庫は無しにしようじゃねえか。今度こそ本当に千日手になっちまう』
「あぁ、わかった。それなら、俺からも提案がある」
『なんだ?』
「素手でやろうぜ?」
正直、お互い一撃必殺な斬鉄だと、どっちがトドメをさしても後味が悪そうで嫌だ。
後悔とか無いって言っても、自分で自分の首を撥ね飛ばすor撥ね飛ばされるとか考えたくもない。
『良いだろう』
もう一人の俺は、見よう見まねの空手の構えをする。
それは俺も同じことで、そもそも格闘技なんてものに縁がなかったから仕方がない。
喧嘩のひとつやふたつくらいはしたことはあるが、格闘技なんてものはドMのやるものだと思ってる。
「それじゃ……行くぞっ!」
『応ッ!!』
お互いに地面を蹴り、真っ正面からぶつかっていく。小手先の技術なんてない俺たちにとって、殴り合いとはそういうものだ。
もう一人の俺は、俺の顔面に対して大振りな右フックを繰り出してくる。俺はそれを身を屈めて避けると、そのまま腹へストレートを打つ。
しかし、その前にもう一人の俺が上からの唐竹割りを振り下ろして来たので、慌てて腕を上段でクロスさせて受け止める。
そうなったら俺のボディはがら空きになるわけで、もう一人の俺の前蹴りが鳩尾へもろに入ってしまった。
「がはっ!」
『そら、次行くぞ!』
「させるか!!」
技術など微塵もありはしない。ただ、己の本能の向くままに繰り出した拳が、足が、俺たちの体を打ち合う。
体力も力も同じ同士の戦い。もしもそこに違いがあるとすれば、それは結局の所自分達が持つ《願い》の強さということだろう。
『どうした! その程度でへばるのか!』
「ま、まだまだ!!」
『お前の願いはその程度だったのか! 結局、本当はこの仮初の世界で生きていたいんだろう!』
「違う! 俺は……俺は、みんなを守りたいんだ!」
『口だけではなんとでも言える!!』
「ぐあぁ!?」
最初の時の切り傷分、俺の方が体力的にも精神的にも追い詰められている事は分かる。
だが、俺は負けるわけにはいかない。
大切な人たちを、異世界に来て右も左もわからなかった俺を受け入れてくれたみんなを、助けたい。
もしも俺が負ければ、俺はもう一人の俺の願いに飲み込まれて、この気持ちすらも失ってしまうのだろう。
それは……それだけは、ダメだ!!
『これで、トドメだっ!! …………なに!?』
もう一人の俺が放った渾身の右ストレート。
だが、それを俺はあえて避けずに、顔面を突き出してわざとぶつかりに行った。
勿論そんなことをすれば、顔面はただではすまない。
ぶつかった瞬間に嫌な音が聞こえて、口の中に鼻から伝ってきた温かい液体がぬるりと充満する。
「月並みだけどな、守りたいものが……あるんだっ!!」
『ぐ、あぁ……』
顔面とは皮膚の直ぐ下にあるのは骨の塊だ。体の部位で言えばかなり重量もあり、しかも俺から勢いをつけていたので、打った方も無事では済まない。
単純な話だ。エネルギーは速さ×質量。お互いの速さでぶつかりあえば、質量の多い方がたより破壊力を持つ。
さらに言えば、どうやらもう一人の俺はこぶしの部分ではなく、握り込んだ指で殴ってしまったのだろう。もう一人の俺の右手の指は、一部が開放骨折を起こして骨が見えてしまっている。
「捕っま~……えたっ!!」
すかさず俺は、怯んだもう一人の俺の頭を掴むと、そのまま思いっきり頭突きを食らわせる。
ぶつかった瞬間に飛んだ血はどちらのものだろうか。
いや、そんな事いまはどうでも良い。
いまは、ただひたすらに頭突きをお見舞いする時だ。
俺が降参するまでな!!
ぶちつける度に、俺の意識も飛びそうになる。
極限状態を超えた攻撃に、俺自身も耐えられるかが瀬戸際なのだ。
しかし、頭を掴む手だけは離さない。なにがあっても。
「まだ、やるか?」
既に何度も頭突きをした結果、右目が腫れ上がって視界が見えない。多分、今の俺の顔を見たら、《おいわさん》みたいになっているだろう。ただ、
けれど、もう片方の目で見たもうひとりの俺は、もっと凄まじい事になっていた。
鼻は完全にへし折れているし、目も眼窩骨折をしているのか、赤黒くなっている。開いた口から覗く前歯も無惨に折れていて、多分何本か俺の顔面に刺さっていることだろう。
でも、俺は止めない。
「まだ……やるか?」
止めない。
「まだ…………やるか?」
止めない。
「まだ…………」
『もう、ひゃめひぇひゅりぇ』
空気の抜けるような、微かな声が聞こえてくる。
『ギブ、アップ』
その言葉に俺が手を離すと、もう一人の俺はぐしゃりと顔面から地面に倒れふしたのであった。
地味にタイトルをちょっとだけ変えました。さぁ、何処かわかるかな……?




