第四十二話 鏡像
──???・レガリア、グラキエール
「どうだい、彼は」
『目覚めるかどうか……わからない』
「そうか……でも、彼に賭けるしかなかったからね。あの偽神の力を持つ者でなければ、偽神に対抗出来ない。私では、あれに定められた運命には抗えなかった」
『それは、仕方の無いこと。偽者であっても、あれが管理者の一人であることには変わりはない。人の身では、あれや私の領域まで辿り着くことは出来ない』
「だが……こんな非業の運命を背負わせてしまうのは、本当に申し訳なく思うよ。娘をあげるくらいじゃ足りないな」
『グラキエール。アンナは、貴方のモノじゃない』
「おっと、これは失礼。いや、そういうつもりもないんだけどねぇ。でも言ってみたいじゃないか。娘はお前なんぞにはやらん!って」
『……ごめんね、グラキエール』
「……もういいって、何度も言ってるじゃないか。それに、今は分かるよ。私があそこで死んでしまうのも、何か意味があったってね。そのお陰でヒロ君がこうやって来てくれたんだ。さ、試練を見せておくれ」
『わかった』
──レガリアの試練内・ヒロ
母さんの容態が安定はしたものの、まだ様子を見るという事で今日だけは付き添いで泊まり込みが許された。
真っ暗になった病室には、心電図の一定のリズムと微かに聞こえる母さんの呼吸だけが響く。
「俺は、どうすればいい……どうすれば……」
いま見えている全てがレガリアの試練によるものだとは十分理解している。
だけど、ここには突然失ってしまった日常があるのだ。
正直に言ってしまえば、異世界転生なんてしたくはなかった。
今までの日常を捨てて、生きるか死ぬかの生活をしなければいけないとか、あんなので喜ぶのは本当に頭がいかれているとしか思えない。
一度死んでしまって、もうどうすることも出来なかったから受け入れたが、もしも生き返られるとすればそのまま生き返りたかった。
よくよく考えれば、何も迷うことなんて無いじゃないか。だって、俺の人生は俺自身のものなのだから。ここで安寧を手に入れても、誰も文句を言うことなどできやしない。
本当か?
本当に、そうなのか?
目を閉じて思い浮かべるのは、異世界で出会った人々の顔。
ヒトによる迫害に苦しんだチャチャルやボンボさん達。
魔獣という驚異に怯える村のみんな。
両親を失い、なおも前に進もうとするアンナ。
本当に、みんなの事がどうでも良いと言えるのか?
それに、試練の前にグラキエールさんが言っていた、ろり神様が糸を引いているという言葉の意味。
もしも、本当にそうであれば……。
『ヒロ……人の為に動ける男になれ。自分の為じゃなく、大切な誰かの為に動ける男になれ』
突然、俺の頭の中に、幼い頃に亡くなった父さんの最期の言葉が過る。
その瞬間、俺の胸の中でマグマの様に熱いナニかが渦巻き始める。
「うぅう、ぐあああああぁぁああ!!」
それが何なのかはわからない。けれども、渦巻いていたものが黒い靄となって俺の口から飛び出すと、妙に思考がスッキリとする感覚があった。
「い、今のは……いったい? それに、これは……」
俺の中から飛び出した黒い靄は、そのまま目の前で渦を巻きながら徐々に形を成していく。
靄が完全に晴れ、その中から姿を現したは、まったくそっくりそのままのもう一人の俺だった。
『よう。もう一人の俺』
「は……? ど、どういうことだよ」
『どういうことも無いだろ。俺はお前で、お前は俺だ。あぁ、勘違いすんなよ? 別に俺が悪い心で、お前が良い心なんていう安直な展開でもねぇ。正真正銘、俺と俺だ』
「待て待て待て。何が起きてるかわからんが、お前だけ理解してるのはずるいじゃねえか。お前が俺なんだったら、俺にも情報を共有してくれよ」
『……俺ながら、その切り替えの早さはおかしいだろ。まぁ良いや。単刀直入に言えば、今から俺たちは殺しあいをする。その結果、俺が……まぁ分かりやすい言い方にするか。2Pカラーの俺が勝ったらそのままこの世界で生きる。1Pの俺、つまりお前が勝てば元の世界に戻る』
えっと、つまり……俺が勝てば元の世界に戻って、俺から出てきた靄の俺が勝ったらこの世界に残るってことか。
「でも、それはどうなんだ? 俺自身、この世界の未練があるぞ?」
『それなら潔く負ければ良い。安心しろ。どちらにせよ、俺達は生き残った方が俺になる。そこになんの違いも無いから、後悔することもねぇし、敗北感もない」
「けど……どうしてこんな事に?』
『グラキエールさんが言ってただろう? レガリアは、願望器だって。無意識に願ってしまったのさ。この世界に残りたい俺と、みんなの元に戻りたい俺の決着を』
「そういうことかよ……じゃぁ、しゃあねえな」
気がつけば、辺りは真っ白な何も無い空間になっていた。
寝ていたはずの母さんも、病室もさえも無い真っ白な空間。
そして俺達もスーツ姿から、異世界での格好に戻っていた。
『魔力は使える様にしてくれているそうだ。あぁ、あと……俺はレガリアの力によって生まれているから、使える力を最大限発揮出来る様になっている』
「最大限? あぁ……なんか嫌な予感しかしねえ」
『まぁ、その通りだな。元の俺も知らない使い方があるみたいだ。その辺りは試練って事で許してくれ』
「そんな平然と悪びれた様子もなく言わないでくれ……そっちがめちゃめちゃ有利じゃねえか」
『仕方ないだろう。さっきまでの俺は、この世界に留まりたいって気持ちが強かったんだから。受け入れてくれ』
「それを言われるとぐうの音もでねぇんだよなあ……まぁでも」
俺は格納庫から斬鉄を取り出す。それと同時に、もう一人の俺も同じように斬鉄を取り出す。
「さっきまでの俺はそう思ってたけど、今の俺は違うんだろ?」
その問いかけに、もう一人の俺はニヤリと広角をあげる。
こういう所、やっぱり俺なんだよなぁ。
『あまり長話をしても仕方ねぇし、そろそろいくぞ』
「おぉ……そうだ、なっ!!」
やはりお互い考える事は同じだ。
斬鉄に魔力を通すと共に、格納庫に身を隠す。相手の背後を狙う一撃必殺の戦法……ではあるのだが。
「あれ? これどうするんだ? お互い格納庫から出てこないなら、決着の着けようがなくね?」
格納庫の中から外の様子を伺うが、どうにもこうにもお互い姿を現さないんだから、千日手というやつだ。
おいおいおい、レガリアさんよう。こんな糞試合組んでんじゃねえよ!
「まじでしょうもない。おーい、もう一人の俺。聞こえてるか?」
『あぁ、聞こえてるよ。はっきりとな』
背後から聞こえてきたその声に、一瞬の内に全身の毛穴から汗が吹き出る。
俺は何を考えるよりも先に、体を投げ出して地面にへばりつく。直後に、頭の上でなにかが空振る音が聞こえてきた。
『おー、今の避けるのか。俺ながら、大した反射神経だわ』
「お、お前……なんでこっちに居るんだよ!」
目の前に立っているのは、真横に斬鉄を振り抜いたポーズのもう一人の俺だった。
避けられたのが意外だったのだろう。目を丸くして驚いている。
『格納庫の知られざる機能ってやつだな。そもそも格納庫って名前も、俺たちが便宜上つけている名前なだけで、本当の能力の名前や意味は別にある。だから、俺はこうやってお前の格納庫に侵入することができる』
「ず、ずりいぞ流石に! やり方教えろ!」
『そう言って俺が教えると思うか?』
「思わねえ」
『だよな。だから、せいぜい死なない様に考えろ……』
そう言って再び自分の格納庫の中に入って行くもう一人の俺。
こっちはアクセスする方法がわからねえのに、向こうはそれが出来るとか……完全にチートじゃねえか!
なんとか体勢を立て直しつつも、いつ襲ってくるのかわからない恐怖に、俺の頬に汗が流れるのであった。
最初、二人とも普通に「」書きしてたら作者の方がこんがらがったのは内緒




