第四十話 試練
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
「いま、アンナと言いましたか?」
グラキエールさんが歩く度に、その背後から立ち上る濃密な気配も揺れる。
本当の殺気は目に見えると聞いたことがあるけど、あんなもの想像の中だけの話かと思っていた。
「そ、その通りです! こちらの方は、アンナ様の伴侶となられるお方です!」
「ばっ! イーイーさん!!」
この人は若干思考が足りないとは思っていたけど、ここまでだったとは。いきなり御両親(と思われる骨)にそんな報告をする奴があるか!
あ、そうか。アラクネは女性主体の社会だから、俺たちで言うところの『男の親に彼女を紹介、もといバラした』のと同じノリなのか。
さて、どうやってこの場を乗りきろうか……と、思っていると、何故かグラキエールさん達から殺気が消えたのがわかった。
「そうか……君が、アンナの恋人なのか」
「あらあら、まぁまぁ」
「へ?」
「そうならそうと、早く言ってくれたまえ。さぁ、こっちで話を聞かせてくれ」
表情がないのであまり確証は持てないが、なんとなくグラキエールさんが笑っている様な気がする。
どちらにせよ、アンナの事は話しておいた方がいいので、俺はその誘いに乗ることにした。
イーイーさんは一応なにかあるといけないので、部屋の前で待機して貰っている。連れてくると余計な事まで言いそうなので。
「あ、あの、グラキエールさん?」
「おいおい。お義父さんと呼んでくれてもいいんだよ?」
「えぇえ……? それは流石に早いのかなって。それに、アンナとはその、実際そういうやり取りがあったわけではなく……」
アンナを救出してからというもの、一気に忙しくなってしまったこともあって、二人でちゃんと話す機会がとれなかった。忙しいのにもほどがあるぞ。
どれもこれも全部あの蛇邪教の奴らのせいだ。一回ちゃんと滅ぼしてやらねば。
「そうなのかい? ふーむ……まぁ多分そこは大丈夫だろう。ここに辿り着けたということは、そういうことだから」
「はぁ……?」
「ところで、アンナは元気にしているだろうか? 私たちが居なくなったあと、人間に苛められたりはしていなかったかい?」
「あぁ、それは大丈夫です。ベラシア村の人達は、アンナを本当に大事にしてくれていました。ただ……王国の手が伸びてきているのです」
俺はグラキエールさんに、どうして此処まで来たのかを大まかに伝えた。
それを聞いたグラキエールさんは暫くの間考え込んでいたが、ゆっくりと俺の方を見ると口を開いた。
「わかった。それなら、君にレガリアを託そう。ただし……」
「ただし?」
「レガリアが悪用されない為に、強固な結界を張っている。君は、何故私たちがこんな地面の下にいるか疑問に思っているだろう。それは偏に、レガリアを護る為にある。既にこの世の生を終えた私たち夫婦は、レガリアに祈った。そして、レガリアもその祈りに答えた」
「レガリアが、答えた?」
「そう。レガリアとは、単に獣人の王を象徴するだけの物にあらず。あれは一つの願望器、願いを受け止め、叶える為の物なのだ」
曰く、レガリアは人を選ぶ。それは先に聞いていた説明でも知っていたが、つまりはレガリア自身に意思があるのだ。
物に意思があるとかファンタジー過ぎる気もするが、魔法のある世界では今さらか。
そして、獣人の神アースラによって作られたレガリアは、選んだ王の願いを叶えると言う。
それは、国難に対してなのか。
王として叶えるべき事なのか。
時代によって様々であったが、どの願いも私利私欲の為では無かった事は間違いないらしい。そもそも私利私欲で王になる者を、レガリア自身が選ばないとか。
「わかりました。レガリアの試練を受けましょう。といっても、魔力が使えないのでどうにもならないのですが……」
「……あぁ、そうだったね。そうか」
ん? なんだろう。グラキエールさんの返答に引っ掛かりを覚える。
「悪いが、君はエンダー神に力を貰ったと言っていたね?」
「え? あ、はい」
「ならば、その力は使うことが出来ない。なぜなら、私たちはエンダー神に弓を引く者で、この地はエンダー神の力を封じる為の魔法がかかっているからね」
「…………は?」
エンダー神に、弓を引く?
それはつまり、敵対していると言うことなのか?
「先程の君の説明を聞いていて、確信したよ。やはり、一連の争いを導いているのは、エンダー神だ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! ろり神様は……エンダー様は、俺を何度も助けてくれましたし、アンナの危機だって教えてくれました!」
「それはそうだろうな。その方が、『おもしろい』からだ」
「おもしろい?」
「エンダー神は、自分がおもしろいと思った事をやらなければ気が済まない。だからこそ、定期的に君の様な玩具になりそうなヒトを捕まえてきたり、国家元首を唆せて争いを起こしたりする。その時々ではあたかも自分の味方をしてくれる様な発言や態度でも、最終的にはエンダー神の描いた絵に到達する。そういうモノなんだ」
「う、嘘だ……」
俺はあまりの衝撃に、膝を着きそうになる。
だが、本当にグラキエールさんの言うことが正しいのか、俺には判断がつかない。それを出来るだけの材料もないのだ。
「信じられないのはわかる。私もこの事実に気がついたのは、本当に最期の最後だったからね」
「…………」
「だが、今はそれを信じなくていい。この話の内容を、心の奥底にでも残してくれていれば、それだけで私も報われる」
愕然とする俺に、諭すように語りかけるグラキエールさん。瞳のないただの窪みなのに、何故か温かな視線があるように思えた。
「さて、どちらにせよ、君はレガリアを持って帰らねばならない。そうだろ?」
「え、えぇ」
「ならば試練を頑張るしかないね。私たちでもあれをどうする事も出来ないから。それに、試験は多分魔力とか関係ないと思うよ」
「そうなんですか?」
「まぁ男は度胸。頑張っておいで。命まで取ることはないと思うから………………多分」
「そこは言い切ってくださいよ!」
まぁでも、実際グラキエールさんの言う通りだ。
レガリアを持ち帰り、獣人三国に乗り込まなければいけないのだから。
「……受けます。やってみます」
「いい返事だ。では、こちらについて来て」
グラキエールさんの後ろについて、部屋の中央まで進んでいく。
途中で例のドラゴンがじっとこちらを見ていて冷や汗が出たが、どうやらグラキエールさんと一緒なら襲ってこないみたいだ。本当に犬みたいだ。
「さぁ、これがレガリアだよ」
部屋の奥にあった祭壇に、黄金色の十二面体の結晶が静かに浮かんで、淡い光を放っていた。
近づくと少しだけ明滅をし、何やら信号を発しているようだ。
「うん……うん……そうか。ヒロ君」
「は、はい!」
「レガリアは君が試練を受けることを承諾してくれたみたいだよ。心の準備ができたら、レガリアに触れて」
「……大丈夫です、行きます」
既に覚悟はできている……と、思いたい。
俺は内心恐る恐るレガリアへと手を伸ばす。
そして、指先がレガリアへと触れた瞬間、眩い光で視界が覆われた。
そして、暫くして光が収まるとそこには。
「ここは……な、なんで?」
懐かしき『日本』の風景が広がっていたのであった
やっと四十話まで来ました。皆様の応援あっての連載でございます。
ブクマや評価、ありがとうございます!
あまりあとがきでブクマや評価を乞うのは自分のスタンスに合わないのでしませんが、本当に感謝で一杯です。
これからもどうぞ、応援のほど宜しくお願い致します!




