第四話 転生
眩い光に包まれた俺は、気がつけば辺り一面になんの遮蔽物もない草原に立っていた。
いま立っている場所が本当に異世界なのかという少しの不安はある。本当は手の込んだドッキリなのではないか、と。
しかし、その疑念は俺の足元に差した巨大な影と共に吹き飛ばされた。
「うおおぉぉ! すげぇえぇ!!」
影の正体は、巨大な翼を広げて悠々と空を飛ぶ、一頭の竜だった。赤い鱗と全身に生やしている刺がとてもカッコいい。
竜は一瞬こちらを見た気がしたが、そのまま気にする様子もなく飛んでいった。
あまりにも突然の遭遇に、俺はしばらく惚けていた。が、直ぐに意識を取り戻す。
「いかん、こうしてはいられない。折角ろり神様に、比較的危険が少ない草原に下ろして貰ったのに、このままでは危険満載の夜になってしまう。まずはっと……【解析】」
自分自身に手をかざし、ろり神様から教わった呪文を唱える。すると、自分の体調であったり身体能力等々が、まるで健康診断の結果のように頭に浮かび上がる。
「よしよし、ろり神様に頼んだ通りの能力だ。しかし、六個も能力をくれるとか大盤振る舞いじゃね? いや、それでも見知らぬ異世界の若者はゴブリンに負けたんだ。油断は出来ない……というわけで早速、【格納庫】!」
呪文を唱えると目の前の空間かピシリと音をたて、自動ドアの様に左右に開いた。
格納庫の能力。これは、異空間に自分専用のスペースを作り出し、自分や物を格納することができる。スペースの大きさは容量で管理されているが、あまり多くはないそうだ。
ちなみに能力についてだが、体と同じで鍛えれば熟練度があがり、精度や効果はあがるそうだ。しかし、ゲームの様な数値化されたステータスやレベルといった概念は存在しない。なので、便利な能力を活かすも殺すも己次第ということだ。
「解析と格納庫で二つ。とりあえずこの二つがあれば、安全は確保しやすいかな。あと、念のために【気配遮断】と【鷹の目】も発動しておこう……うっ、ちょっとこれは慣れるまでキツいかも」
気配遮断はまさに読んで字の如く、気配を一切なくす能力だ。そのステルス性能は、認識していなければ隣にいてもバレないらしい。だが、逆に言えば五感での認識は可能らしく、見られる、聞かれる、嗅がれると居場所がバレることがあるそうな。
ろり神様から言わせれば使いづらいだけの代物らしいが、なぁに使い道はいくらでもある。
こんな感じで、俺が選んだ能力は一つを除いて生存率をあげる為のものだ。その一つも、戦いに使えるものではあるが、少し工夫が必要になるものだ。なので、基本的には必要な戦い以外は避けたい。
「視点がもうひとつあるのってなんか変な感じだな……おっ? あぁ、こうやって切り替えもできるのか」
鷹の目による俯瞰視点で草原を見渡す。最初は視界を左右半分ずつに分けて映っていたが、意識をすると上下の二画面に切り替わった。これで少し見やすくなった。
「周囲には……とりあえず見える範囲では肉食の獣らしき影はないか。確か西の方向にいけば小さな村があるって言ってたなぁ。まだ太陽も少し傾くまで時間ありそうだし、歩いてみるか」
俺は背負っている荷物から地図とコンパスを取り出すと、ずんずんと西へ歩き始める。
うん、歩いた感じの具合はバッチリだ。
転生ということで、今回俺はろり神様と共にゲームのキャラメイキングみたいな感じで、新たな体の創造をおこなった。
転生というので、てっきり何処かの子供に生まれ変わって一からかと思っていたが、実際はろり神様によって新たな生命体として、世界に下ろされる意味での転生だった。
「ヒト族以外も魅力的ではあったんだけどなぁ。勇気を出せない小心者だわ」
メイキングの際には、いままでの姿であるヒト族以外にも、端正な顔立ちと魔力操作が得意な耳長族や、身長が5mを超える程の巨大な体躯を持つ巨人族。堅い鱗に覆われ、戦闘に特化した種族である竜人など、この世界には様々な種族が存在するらしい。勿論、あの森の殺し屋ゴブリンさんもだ。
だが、どの種族においても欠点が存在する。耳長族は一見すると良いとこずくめに思えるかもしれないが、体力の面では他の種族にかなり劣る。巨人族は手先の器用さや、感覚の鈍化。竜人はその生まれと風習など、どの種族も割りとピーキーさがあるのだ。
その点、ヒト族は全てにおいて平均的で、やはり姿形的にも落ち着く。
が、ちょっと若くなりすぎたかもしれない。いまの見た目は、生前の姿をかなり美化しつつ、年齢を18歳にしてある。出来上がった姿を見たとき、なにこのイケメンと悲鳴をあげてしまった。
「そもそも、魔力操作はコツさえ掴めればあとは練習次第でどうにかなるらしいし、それなら体力を捨てる必要もないもんな。まぁ、ろり神様謹製の体だとその心配もあんまり心配無さそうだけど」
転生したのに直ぐに死んでしまうと、他の世界の神様から顰蹙を買うらしく、そうならない為にも俺の体は相当頑丈に作られているそうな。
とはいえ、頭を落とされれば死ぬし、漫画みたいに剣を素肌で跳ね返すなんて芸当は、物理的に不可能らしい。魔法で修練すれば出来なくはないそうだけど。
鷹の目で周囲の警戒をしつつ、俺はろり神様から頂いた辞書を取り出す。
内容はこの世界の知識だ。転生の際に、俺がろり神様に頼んでつけて貰った。転生お得パックからテント等の特典アイテムを除ける代わりに。だってテントは異空間に入れば必要ないし。
知識はいくらあっても困らない。そもそも、能力のひとつである解析も、自分に知識がなければ宝の持ち腐れだ。その物が何か、どういう風に使われたりするのかを能力でわかっても、この世界の知識や常識がなければ理解することなど出来ないからだ。
情報は武器。俺が選んだ能力は、そういった面に特化したものがほとんどだ。
「岩を砕く力も、木を燃やし尽くす魔法も当たらなければ意味がないし、そもそも隙を突かれたら発揮する前に死んでしまう。あの映像でわかった。ここは、俺の知ってる力こそパワーな異世界ではない」
転生前によく読んでいた異世界転生物の小説でも、最近では結構シビアな世界観の物が多かった。
しかし、それらをただただ娯楽感覚で読んでいるのと、いざ目の当たりにするのでは全く話は別物だ。石橋を叩いて渡るようでは生きていけない。石橋がなくても向こう側に行ける場所を探すくらいの用心さが、恐らく必要なのではないだろうか。
そんな事を考えながら辞書を読んでいると、鷹の目の方の視界に動く物が映った。
「むむ、いまの影は……確かこのページに……あった!」
俺は辞書の中の生物のカテゴリーを開く。その中でも草原に住む生き物の項目で、要注意にあげられる生き物のひとつに、先程の生物のページがある。
「ホーンラビット。ヒトの子供程の大きさに、額には大きな一本の角があるっと。まぁ、名前と姿形、イメージで言えば、『おっ、最初の狩りには持ってこいの生き物だな』とか思いそうだけどなぁ」
実際、俺がろり神様から『現実』を突きつけられていなかったら、恐らく適当に能力で貰った魔法でもぶっぱなして、チート生活を楽しもうとしていたんじゃないかな。
そして、数秒後には俺の死体が出来上がっていただろう。
「一般的な兎の身体能力でも、かなりの素早さ、跳躍力がある。それなのに体の大きさが人間の幼児? 体当たり食らったら、腰折れるんじゃねえか? しかも、木を貫通する程に鋭い角を持っている。食性は肉食。あれはまさに、虎のような猛獣だ」
しかも、ホーンラビットは肉食獣でありながら、体の特徴は兎のそれに似ている。つまり、目の配置的に視野が凄まじく大きいのだ。恐らく、より獲物を逃さない為にあんな進化をしたのだろう。
大型の獣を思わせる突進力に、必殺の角。そして、ほぼ360°と言ってもいい視野。おまけにあのデカイ耳は細かな音も聞き逃さない。
実際、俺とホーンラビットの距離は結構離れているが、既にホーンラビットは臨戦体勢に入っている。藪に隠れて俺が近くを通るのを待ち、背後から脛椎や腰を狙って一撃必殺を繰り出してくるのだろう。
こういった情報がなければ、異世界ライフはものの一時間で終わっていたのではないだろうか。
「ほんと、ろり神様には感謝だな。そして、油断は出来ないが……俺にはお前を倒す術はある」
辞書を片付けると、俺は腰に提げていたショートソードに手を伸ばした。




