第三十九話 最奥
「うぇ……自分で言っといてなんだけど、止めときゃよかった」
「……でしょ?」
大量の赤血球の流れに乗った俺たちは、そのまま大きな通路を進んでいった。道中、色々なそれっぽい生物はいたが、大量の赤血球が目眩ましになってくれて、ダンジョンの防衛機構に見つかることはなかった。
その代償として、俺もイーイーさんも真っ赤な液体にまみれてるけど。
「けど、別に鉄臭い感じもないな。ヘモグロビンとは違うのかも。とりあえず、目標の場所には着いた感じかな?」
大きな通路の先に待っていたのは、何処か神殿を思わせるような巨大な大扉だった。見上げなければ上まで見えない程に高く、どうやってこんな物を作っているのか分からない。が、先ほどから肌を突き刺すようなプレッシャーがビシビシと感じられる。
「イーイーさん。扉の向こう側に何か居るかもしれません。ですが……」
「えぇ、大丈夫です。こう見えて私、強いんですから!」
うん、知ってる。多分サシでやったら、反則技使わないと勝てる気がしない。
「俺は後ろから戦況を見つつ、気づいたことがあれば指示を出すので」
「わかりました。もしも行けそうだったら、そのままダンジョンコアの確保をお願いします。ダンジョンはコアを抜かれると、そのままゆっくりと死ぬように閉じていきます。そうなったら直ぐに逃げましょう」
「了解です。では……行きます!」
大扉に手を当て、ぐっと力を込める。
ズズズっと鈍い音をたてながら、大扉はゆっくりと観音開きに開き始めた。
そして、その先に奴はいた。
「あれは……ドラゴン!?」
「これは、まずいですね……」
どうやら扉を開けただけではこちらを襲ってくる気が無いようだ。ばっちり目があっているのに、こちらへ向かってくる気配はない。
赤黒い鱗に、ねじれた角が顔のあちらこちらから生えており、まるで怪獣映画でも見ているかのような存在感を放っている。呼吸に合わせて時おり口からチロチロと炎が見えていて、明らかに遠距離攻撃が使えそうだ。
「これ、正直キツいですよね?」
「えぇ。よく低い山脈にいるようなワイバーン程度なら、私でもなんとか撃退はできますが……あのサイズのドラゴンとなると、近づきたくもないですね」
「そうですよね……ちょっと試しに」
どの程度でドラゴンが襲ってくるのだろうか?
検証の為に、俺が足を踏み入れた途端。
「ギュオオオオオオォォォォォ!!」
「うわぁぁああぁぁ!? いきなりそれで来るのかよ!?」
「ヒロさん!!」
ドラゴンは俺が部屋に侵入した瞬間に、保護の為の透明な瞼を閉じて、そのまま炎を吐き出してきた。
まるで火炎放射器の如く真っ直ぐに向かって来る炎に、俺は足がすくんでしまった。だが、咄嗟にイーイーさんが糸で俺の体を引っ張ってくれて、なんとか無事回避することができた。
「ま、まじで死ぬかと思った……」
「もう! 危険すぎますよ!」
「いやはや……だが、どうやってあんな強力な火炎が吐けるんだろう?」
「えっと、魔法じゃないですか? ドラゴンは長く生きれば生きるほど賢くなり、魔法を使うことも出来るとか」
「でも、ダンジョンが出来たのって、どんなに見積もっても15年程でしょ? じゃあ、アレは若いドラゴンのはず。それに、魔力は俺も使えないのに、ドラゴンだけが使えるのもおかしい」
「あ、確かに。私は魔力を使わないので、全然気にしてませんでした」
アラクネは、魔力をほとんど持たない種族らしい。というか、ヒト族以外だとノームや、シルフと呼ばれる亜人種と言われる種族以外は、持たない事の方が多いらしい。例外として、砂漠青ネズミ族のような物作りに特化した種族なんかもいるにはいるそうだが、特に獣人は持たない傾向にあるとか。
たまに変異種の様に、獣人でも魔力を持つ者が現れるらしく、いまの獣人国の三王子がそれにあたる。王の血脈ってやつなのだろうか?
ん? そういえば、アンナもよくよく考えれば、王の血脈に連なるんだよな?
「なぁ、ちょっと聞きたいんですけど、アンナってどういう扱いになるの?」
「アンナ様は一応王族と呼べるには呼べます。が、アンナ様の父上、グラキエール様が継承権を放棄しているので……ただし」
「ただし?」
「ヒロさんがアンナ様とご結婚され、レガリアを所持して王となるのであれば、恐らく獣人達からの反発も少ないと思います。お二人の子は王族の血が流れてますし、レガリアによる正統性も保てます」
「け、結婚……? あ、いや、よし。この話はやめよう」
なんか変な方向に飛び火をしそうだったので、とりあえず一旦切っておこう。なんか、さっきの口ぶりだと獣人達の間でも、何らかの思惑が動いていそうだ。
だが、いまはそれよりも先決するべきことがある。
「さて、どうしましょう。ドラゴンが鉄壁過ぎる」
「……でも、変ですね。ドラゴンはもっと欲望に忠実に生きるモノです。ダンジョンコアを守るためだけにじっとしているのは、私も見たことがありません」
「そうなの? うーん……ダンジョンコアを失うと、ドラゴンも消えてしまうとか?」
「その可能性もありますね。ただ……やはり違和感があります。なんというか……」
「飼い犬みたい?」
「そう! それです!」
イーイーさんに指摘されて、俺も何となくそんなイメージを持っていることに気がついた。
あのドラゴンは自主的に護っていると言うよりは、どちらかと言えば誰かに命令を受けてダンジョンコアを護っている雰囲気があるのだ。
「でも、それじゃあ誰が……?」
「私だよ」
「「!?」」
突如として掛けられた声に、俺たちはバッと直ぐに飛び退いて、扉から距離を取る。
見れば、本当にいつの間にやって来たのか、二つの人影がそこにはあった。
「やぁ、驚かせてしまってすまないね。別に君たちを取って食おうなんて思っていないから、こっちに来てはなそうじゃないか」
そうおおらかな語り口で話しかけてきた人物を見て、俺の背中にはどっと冷や汗が吹き出た。
一言で言えば、その人物は人ならざる者であった。既に眼窩に収まるはずの目は失せて皮膚もなく、ただ白い骨だけの顔面。恐らく体も同じく骨なのだろう。しかし、みすぼらしさや朽ちた骸の哀愁などはなく、凄まじいまでの存在感を解き放っていた。
「貴方。少し抑えておあげなさい。この子達が怖がっていますよ」
「お? あぁ、これはすまなかった。15年ぶりの人と会うものだから、調子が狂ってしまってね」
背丈と話し方からすると、隣のもう少し小さい方の骸骨は女性で、奥さんなのだろうか?
二人とも着ている物が朽ち果ててしまっているので、ボロを纏っているようにしか見えない。
「お前たちは、なんだ?」
「ふむ……人にモノを尋ねるときは、まず自分から名乗るものだが……まぁ、ここの主は私だからね。私の名は、グラキエール。家名は捨てたから、ただのグラキエールさ」
「わたくしの名前はイクス。グラキエールの妻でございます」
「これは大変失礼致しました。僕の名前はヒロ。家名はないので、ヒロだけです」
「いやいやいや!? ヒロさん、なんで普通に挨拶返してるんです!? どう考えてもおかしい名前が聞こえていたでしょう!?」
いや、確かにそれはそうなんだけど、挨拶をされたら挨拶を以て返す。ニンジャの基本だからね。
それにしても……。
「貴方達が、アンナの御両親か……」
そう呟いた瞬間だった。
「……いま、なんと言いましたかな?」
二人の体から、おびただしい量の殺気が溢れてきた。
昨日の内に投稿しようとしたら、寝落ちしてました……。




