第三十六話 捕食
「先生! 質問です!」
「せ、先生? えっと、はい……どうぞ」
「災厄級ってなんですか! ぼく、どう聞いても良い意味に思えません!!」
「まぁ、確かにそうですね。ダンジョンは各国の首都にある冒険者ギルドが、発見され次第直ぐに調査に入ります。そこでダンジョンの規模や危険性等を加味して、段階分けをしていくのです」
冒険者ギルド! そんなのもあるのか……。というか、そういえばこっちに来てから怒濤の忙しさで、人里に行ったのもベラシア村だけだったしなぁ。
「あれ? ハンターギルドとは別なんです? 冒険者ギルドって」
「別物ですね。冒険者ギルドは発見された遺跡やダンジョンの調査が主な仕事で、ハンターギルドが動物や魔獣の討伐が主な仕事になってきます。採取とか護衛ともなれば、どちらのギルドからも派遣される場合もありますし、その利便性から両方のギルドに所属する人も多いと聞きます」
なるほど。一応住み分けはできてるのか……。でもあれだね。これその内、管理がーとか、紐つけがーとかで一元化される気がする。そんな場面を日本では良く見てきたしね。俺はよく知ってるんだ。
「で、話を戻すと……ダンジョンの段階は大きく分けて六つあります。最下級、下級、中級、上級、最上級。そして、災厄級です」
「なんで一つだけ別格扱いなんです?」
「ダンジョンの段階を決めるのに、中にある罠や生物の強さ。仕掛けや宝物の良さなどを加味していきます。基本的に上に行くほど危険度が高く、宝物等も良いものがあります。けれど、災厄級はその比率がおかしい事になる場合につけられます」
時たま、どうしてこうなったと言われるほどに過酷なダンジョンが作られる時があるそうな。曰く、腕利きの冒険者が数十人集まってレイドパーティーを組み、万全の態勢でダンジョンアタックをしたにも関わらず、半分以上が戻って来なかった。
そして、手に入ったのは最下級で出現するような、どう考えても釣り合わない様な宝物だったりすると、その危険性に対して見返りもないと言うことで、災厄級に認定し、入り口を塞いでしまうそうだ。
そりゃあそうだろう。死に物狂いで最奥まで潜って、出てきたのがゴミクズだと誰も行きたがらないし、怖いもの見たさに入る奴らの自殺名所になってしまう。
ちなみに塞いだからといって、良くラノベとかの展開である中の魔物が溢れてくるみたいな展開は無いそうだ。栄養を摂れなくなったダンジョンは、緩やかに死んでいくらしい。マジで生物だなこいつ。
「今回レガリアが中にあるので、報酬として申し分ないとは思いますが……正直その報酬でも釣り合わない位の難易度になっているかもしれません」
「それで災厄級レベルっと……でも、行かないわけにもいかないしなぁ」
近づいて、結界を解いて直ぐにわかった。
件の魔獣事件の元凶は、間違いなくこの最奥にある。先程からチリチリと首筋をなぞるように嫌な気配がしている。
「では、一旦村に戻りましょう。それから万全の態勢でダンジョンに挑み……」
「危ないっ!!」
「え? あっ」
俺は急いでイーイーさんに手を伸ばす。
だが、遅かった。
突然、イーイーさんの背後からぽっかりと口を開けたような土山が出来上がり、そのままイーイーさんを飲み込んでしまったのだ。
俺の視覚や気配察知にも掛からない程の早業。まさに一瞬の出来事だった。
恐らく、ダンジョンの捕食行為というやつなのだろう。
そして、流石に一度見たので同じ手は通用しない。俺の背後に現れた土山を俺は見据える。だが……俺はそのまま土山の穴に潜り込んだ。
「そっちがその気なら、こっちも殺ってやろうじゃねえか!!」
そうして暫くの間、真っ暗な空間を滑り落ちるのであった。
体感にして五分程だろうか?
ジェットスライダーの様に円柱の筒の中を滑っていく俺の足元に、光が見えた。そのまま飛び出しても良いのだが、こういう時って大概落ちた先に罠があるもの。俺はその出口あたりに【格納庫】の入り口をセットし、そのまま飛び込む。
「うわぁお。こいつはやべえわ」
格納庫の中から出口の先にある部屋を眺めると、そこには明らかに殺意しかない針の山がびっしりと敷き詰められていた。
結界で人を寄せ付けなかった為か、人の物はないものの、様々な動物の死骸や白骨が転がっている。
「ふーむ……イーイーさんは近くに居なさそうだな。入り口が別だから、違う場所に寄越されたってことか……ん? なんだあれ」
ふと部屋を見てみると、なにやら針山の隙間を動く物がある。よくよく見てみれば、それは小さなネズミの様な生き物であった。
ネズミ達はせっせと動物の死骸を引きちぎっては、別の部屋へと運んでいく。
自分達で食べるわけでもなく、ひたすらに運んでいく姿に、俺はある仮説をたてる。
「あっ、なるほど。この針の山は、もしかして動物でいう【歯】の部分か。で、あのネズミは嚥下するときの口腔内の役割」
俺たちを飲み込んだのが口であるなら、その先に歯があってもおかしくない。
解析がダンジョンを生物といっていたし、その可能性は大いにある。
「ということは、あのネズミの行き先は胃袋になるのか。ついていけばイーイーさんと合流できるかもしれない」
そうと決まれば早速尾行だ。
ネズミに気づかれないように、格納庫をこまめに出しながら移動をしていく。別空間にいる俺をネズミが見つける事はまず不可能だろうし、このまま胃まで案内して貰おうか。
と、その時だった。
進路の方向から、何やら赤と青のまだら模様の物体が、ふよふよと空中を漂って来た。
このまま行くとぶつかる進路だけど、幸い格納庫は亜空間にあるのでぶつかることはない。俺はその浮遊物体を観察しながら、通りすぎるのを待った。
だが……。
『ヴィイイィィィィ!! ヴィイイィィィィィ!!』
「うわっ!? うるせえ!!」
浮遊物体は俺の目の前で停止すると、突然けたたましい音を立てながらくるくると回転し始めた。
「まさか、こいつ俺が見えてるのか!?」
『ヴィイイィィィィィ!! ヴィイイィィィィィ!!』
その音を聞いたネズミ達が、一斉にこちらを向いてくる。
してやられた。どうやらこの浮遊物体はダンジョン内の警報装置の役割があるらしい。もしかしたら、これは口腔内の異物を察知する舌の役割か。つまり、俺は魚を食べている時に見つかった小骨の様な物だ。
「だが、見つかったとしても俺を捉えられまい! って、あらら?」
ふと、体が宙に浮く感覚があった。
格納庫で空中に固定されているはずの俺の体が、突然投げ出されたのだ。
「ま、マジ!? 格納庫キャンセルとかされるの!?」
俺は慌てて再び格納庫を開こうとする。だが、今度は格納庫自体出てこなかった。
「やべぇやべぇやべぇ! こいつはやべぇ!!」
眼前に迫り来る針の山。
このままでは俺はチーズの様に穴だらけになってしまう。因みにあの穴は発酵段階でガスが抜けたときに生じるものだ。チーズアイとも呼ばれる。
「んな事はどうでもいい! とりあえず……頼むぞ斬鉄!!」
俺は腰にある愛剣を抜き放つと、そのまま魔力を込めようとする。だが、魔力は全く通ることはなく、斬鉄は鈍い光沢を放つのみだった。




