第三十五話 発生
そもそも何故俺とイーイーさんが森の奥へとやって来ているのか。
それは、二時間前まで遡る。
「とりあえず全員落ち着け!!」
俺はこんがらがりそうな頭を抱えつつ、集会所に集まってきていた皆に言い放つ。
「あのなぁ、いまアウグスト王国とやりあっても、こんなちっぽけな村の戦力で勝てるわけねえだろ。そもそも、まず王国と敵対しようって考え自体を改めろ」
「だが、そうは言っても……このままでは村が征伐の対象になるのは明らかだぞ?」
「それはわかってるが、まずよーく考えてみてくれ。このまま王国とやりあうにあたって、俺たちに大義名分はない。向こうからすれば反乱分子の排除って名目があるし、事実俺たちは騎士団を捕縛もしちまってる。アウグスト王国が攻めてきたところで、周辺諸国もただの反乱制圧程度にしか思わない」
「だが、こっちは迫害を受けた者達がいるんだ! これ以上、オイラたちだって我慢は出来ない!」
ダンッとテーブルを叩くボンボさん。いや、ゴリラの一撃ってやべえな。テーブルが真っ二つになっちまったぞ。
「そうさ。あちし達はなにも、ヒト族の支持を得たいわけじゃない。むしろ、最後の力を振り絞るまで戦ってやるさ!」
「そうだそうだ! 我らにはアースラ様も、エンダー様の加護もある!」
「今度はヒト族を狩ってやる番だ!!」
いきり立つ獣人達。その熱狂にあてられてか、村人達もやってやろうという雰囲気になっている。
これは、おかしい……。あまりにも、皆冷静な判断が出来なくなっている。恨みがある獣人達ならまだしも、村人達まで血の気が多すぎる。
(ろり神様……これは)
『うむ、おかしいのう。それに、なにやら魔獣の時と同じ感じがするぞい』
「ひ、ヒロ……なにか悪い空気があるのだ……」
「チャチャルもか……これは、まさか森の奥にある、レガリアが何かやってるんじゃ?」
先の魔獣事件の元凶も森に生えていた魔獣化した草だった。それに、若いラビットベアも魔獣化していたし、この森だけでこれだけの魔獣関連の事件がおきるだろうか?
一度ちゃんと調べてみる必要がありそうだ。だが……この興奮したみんなをどうしよう?
正直、いま王国とやりあっても戦力差がありすぎる。村人は農夫は戦えるとしても、せいぜい百人にも満たない。獣人がどこまで頑張れるのかはわからないが、それでもざっと見ても三千人もいないだろう。
俺が死ぬほど頑張っても、出来ることなんて限られてる。一万人を相手に戦えるかと言われればNOと答えるし、王国兵ともなれば数はもう一桁あがるだろう。
その時、俺の頭に電撃が走る。
物理的に。
「あばばばばばばばばば!!!?」
「ひ、ヒロー!!?」
「な、何しやがるんだ、ろり神様!!」
『たわけ。もう少しその頭を使わんか。なにもこの村だけで戦う必要もなかろう。アウグスト王国憎きの国はいくつか存在する。それと手を組む……いや、従えてしまえば良いのだ』
(アウグスト王国と対立……獣人三国か?)
『その通り。そして、運良く獣人達を従える事の出来る駒はすぐそこにある』
(レガリアか……)
確かに、獣人の王を証明するレガリアがあれば、獣人国の人達を味方につけることが出来るかもしれない。
だが、王権を巡って争う三人の元王子達は納得するのだろうか?
『なぁに、獣人は強い者に従う。たった三人ぶちのめしたら終わりじゃ』
(そんな簡単に言うけどさぁ……まぁでも、その方が現実的ではあるか)
このまま戦いに突入すれば、恐らく全滅は免れない。俺は最悪逃げる手段はあるけれど、村の皆や獣人達が無惨に殺される所を見て、のうのうと生きていられるほど図太くはない。
それに、もしも獣人国がひとつになれば、アウグスト王国としても易々と手を出せなくなるだろう。難癖をつけてくる可能性も考えられるけど。
(わかった。まずはレガリアを探してくる。それからまた考えよう)
『任せぞい。なんぞ、悪い予感もするからのう……ワシはちと席をはずす。アースラの奴に聞きたいことも出来たからのう』
そう言ってろり神様の気配は消えていった。
それから俺が村人達を説得するのにかかった時間が、およそ二時間弱だった……。
森の最奥までかかった時間は二十分程度。
いや、アラクネの身体能力えぐすぎない? その代わりにアラクネはあまり子孫が多く増えない種族だそうで、村に来たのも百人にも満たない程度だったけど。
やはり婿探しが難しいらしい。
「ヒロさん。そろそろ着きますが……」
「うーん……特にこれと言って変わった場所がないんだよなぁ」
聞いた話によれば、レガリアを奉る祠はそれなりに立派な物らしい。結界なども張って、人や獣を寄せ付けない効果もあるとか。だから、以前俺が森に潜っていた時も気がつかなかった。
「アレは正常に作動しているんですよね?」
「うん? あぁ。多分これで動いているはずだけど……おかしいなぁ」
俺の手に握られているのは、祠の結界を無効化する魔道具だ。レガリアをいつか回収するときの為に、獣人達が用意していたらしい。けど、これ……。
「なんで髑髏の形なんだろう?」
「さぁ……ニック様の御趣味かと」
砂漠青ネズミ族の代表ニックが作ったこの魔道具。妙に禍々しい見た目をしている。
砂漠青ネズミ族は、とても体が小さい種族である。しかしその手先の器用さから、こういった魔道具を作る技術に長けている。細かい部分は砂漠青ネズミ族、力仕事はボンボさん達の様な大猿族が担当して、お互いの生活を支えているそうな。
と、そんな事を考えていると、突然骸骨の目が赤く光、カタカタと笑うかのように動き始めた。
「ひぃっ!?」
「きゃっ! きゅ、急に投げないでくださいぃ……」
「い、いやだって……怖いんだもんこれ」
あまりにもホラー過ぎる動きに、思わず魔道具を投げてしまった。
地面に転がる髑髏。そして……。
「あっ! あれ!」
「おぉ! 空間が歪んでいく……!」
目の前の景色がグニャリと歪み、まるでアハッと出来そうなクイズのイラストの様に洞窟が浮かび上がってくる。
…………洞窟?
「なぁ、イーイーさん。レガリアがあるのって、祠なんだよな?」
「え、えぇ……先代からはそう聞いていますが」
「でも、目の前にあるのは洞窟だよな?」
「むしろ、あの魔力の気配からして……ダンジョンかもしれませんね」
ダンジョン
哺乳網空間亜属ダンジョン科
なんらかの魔力的要因によって突如発生する生物。
その生態には謎も多く……
「まてまてまて! ツッコミどころが多すぎる!! なんだよ、まず哺乳類って!?」
「あの、どうなされたのです?」
「あ、いや……イーイーさんはダンジョンについて何か知ってます?」
「そうですね……たまに誰も寄り付かない場所に現れては、周囲の動物等を取り込んで成長すると言われます。それで長い年月をかけて成長したダンジョンは、中がとてつもない広さになるとか。そうなれば、今度は人間を呼び寄せるとも言われます」
「呼び寄せる?」
「はい。近くを通った人間の思考を誘導して、ダンジョンの中に誘うとか。それで発見されたダンジョンは、その内部にある資源が貴重なこともあって、人間が群がってくるのです。そうして、集まってきた人間を、内部にある罠や取り込んで改造した動物を使って狩り、栄養にするそうです」
思ったより生物だったわ。つうか、生物の中に入るのかぁ……。いや、確かに生物の中にある有能な物を求めて、寄生する生物もいないではないから、そこまで抵抗があるわけでもないけど……。
「でも、こうなっては急いで潜らないといけないかもしれません。もし、ダンジョンコアがレガリアを取り込んでいたら……」
「取り込んでいたら?」
「災厄級のダンジョンになっている可能性があります」
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親の仇の『スライム』を倒し続けたら、いつの間にかどえらい事になっていました。
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