第三十四話 蜘蛛
と、言うわけでやって参りましたベラシアの森。
お相手は、アラクネのイーイーさんです。
「よろしくお願いします」
「? は、はぁ、よろしくお願いします?」
不思議そうに首を傾げるイーイーさん。実況解説の無い世界だとまぁこの反応が普通か。
現在俺とイーイーさんはベラシアの森をかなりの速さで駆けている。いや、正確にはイーイーさんだけが。
「ヒロ様。お加減は大丈夫ですか?」
「はい、問題なく。それと、俺の事はヒロと呼び捨てでいいですよ」
「そんな畏れ多い事はできません! 主神エンダー様の使徒であられるヒロさんを……」
「あー、じゃあせめて様はやめてください。俺自身が何かできるってわけでもないので」
器用に後ろを振り返ってくるイーイーさん。
そう、俺はアラクネのイーイーさんの背中……と言って良いのか? 先程まで蜘蛛だと思っていた部分に乗せてもらっているのだ。
その下ではシャカシャカと六本の足が忙しなく動き、凄まじい速さで森を突っ切っていく。
アラクネ
哺乳網ヒト亜属ヒト科偶蹄亜種アラクネ族
ヒト族と同じ様な上半身を持ち、下半身には六本の足を備える。
指はそれぞれが蹄の様に堅くなっており、それ自体も武器となる。
極細の体毛を射出する器官が備わっており、体毛はその細さからは想像できないほどの耐久性を持つ。
それが故に、体毛を狙ったアラクネ狩りが横行した時代もある。
なるほど……聞けば、どうやら下半身の蜘蛛の様に見える部分は、ちゃんと内骨格の体になっているらしい。
恐らく、この大きさであれば背骨が腰の辺りから二本に枝分かれし、それで六本もの足を動かすことが出来るようになったのだろう。
下半身をさわってみれば、確かに蜘蛛とは違い体毛で覆われているし、変温動物特有の体温も感じられる。
コブの様に膨れ上がっている部分はなんだろうか? 体毛射出器官にしては大きい気もするし、内臓にしては大きすぎるし、このでかさの内臓だと消化がすごく遅そうだ。
「あ、あの……」
「ん? どうしました?」
「あ、あまりその、撫でないでいただけると……恥ずかしいです……」
「えっ!? あっ!! ごめんなさい!! すみませんでしたあああ!!」
体毛を撫でている手を慌てて引っ込める。
あまりにもヒトと姿がかけ離れていたので気にも止めてなかったが、俺は女性の下半身の体毛を撫でていた事になるのだ。例え背中であれ。いや、よく考えたらここは尻にあたる部分だ。
さわさわと尻を触るなど、普通ならぶっ殺されても文句は言えない。そう考えると俺はいま女性の尻に乗っているのか……?
「あ、えっと、そんなに驚かないでください……べ、別に嫌って訳でもなくて……」
そう言いながら真っ赤な顔をして前を向くイーイーさん。
非常に気まずい。
何か話題を変えなければ……。
「あ、あの、イーイーさん! アラクネって、男性はいないのですか?」
「え、はい! その通りです。あの、ゴブリンとかオークをご存じですか?」
「少しなら」
「ゴブリンやオークは、基本的に男性しか生まれません。なので、多種族の女性と子供を作ります。アラクネはその逆で、稀にしか男は生まれないのです」
「ん? ということは、アラクネとゴブリンとかは相性がいいのですか?」
「いえ、それも逆です。基本的に異種間同士の子供の場合、男側の種族の子供が生まれます。しかし、アラクネの場合は女しか生まれないので、なんらかの力が働くのか子供が出来ないんです」
なるほど……。基本的に男系家系のゴブリンであっても、女系家系のアラクネの血脈に介入できないのか。この辺りはろり神様がなにか介入しているのかも知れない。
聞いてみたくもあるけど、ろり神様も忙しいのか居なくなっちゃったし。
「あ、でも誤解しないでくださいね? ゴブリンは確かにヒト族とはあまり友好的ではないのですが、拐った女性は大切にするそうです。なんたって、集落の母になるヒトですから」
「あー、そういう事か。でも、それはヒト側的には?」
「勿論大騒ぎですよ。でも、実際拐われた方ともお会いした事はありますが、とても優遇された生活を送っていて、帰りたいとも言ってませんでしたが」
ふーむ……その辺りは意識の差なのかな? それともなんだっけ……あ、そうだ! ストックホルム症候群だっけ?
危機が迫ったときに、自分を守るために考えを無意識にねじ曲げるってやつ。あれかもしれない。
どちらにせよ、ちょっかいをかけられなければ、俺としても争う気はない。正直、あんな暗殺部隊みたいな集団と戦うなんてどうかしてる。
「あっ! どうしましょう……少し先に獣の気配がありますが……」
「え? あ、ホントだ……しかもラビットベアじゃねえか……」
結構な速さで走って来たためか、既に森の奥付近まで来ていたようだ。奥に行けば行くほどラビットベアなどの獰猛な獣が増えてくる。
しかも、二体もいる。
「ヒロさん、ここは任せて貰ってもいいですか?」
「うん仕方ないですね……ちょっと怖いけど……え? 任せて貰っても?」
二対一で楽勝かと言われれば、そんな事はない。だが、以前戦った時とは違い、こちらには斬鉄というチートみたいな武器がある。あれで首を跳ねてしまえばなんとかなるだろう。
そう考えていたのだが、イーイーさんはどうやら自分がやるといっているようだ。
「あ、あの……」
「ヒロさんは少しここで息を潜めていてくださいね……行きます!」
そう言うとイーイーさんは、静かに近くの木へと足をかける。すると、イーイーさんの足の裏はぴったりと木の表面にくっつき、そのまま歩くほどの速さで木の上へと消えていく。
俺は近くの茂みに隠れつつ、鷹の目でイーイーさんの動向を観察する。どうやら樹上から二匹に奇襲をかける作戦のようだが、ラビットベアは片方が襲われている隙にイーイーさんを捕まえてしまうだろう。
このままではイーイーさんが犠牲になってしまう。焦った俺は剣を構えて、いつでも飛び出せる様に準備をする。
だが……。
「グルルルル…………ぐるぅっ!?」
「ガウガウ!」
流石に俺を乗せても大丈夫な位の大きさの物体が、静かにとは言え樹上を移動すれば気づかれる。
イーイーさんを見たラビットベア達は牙を剥いて威嚇する。
「うるさいですよ。静かにしてください」
そんなラビットベアの様子を気にするでもなく、イーイーさんは更に近づいていく。
もうダメだ!
俺が藪から飛び出そうとした、その瞬間。
シャキンッ! シャキンッ!
イーイーさんの手足、合計八本の手首足首にくくられている革製のリストバンドから、ショートソードの様な刃渡り60cm位の刃物が飛び出した。
そして、イーイーさんは次々と樹上からそれらを不規則に振り回していく。
「グッ!? ガアアア!!」
「ギャウギャウ! ギュウゥゥ……」
あっという間に全身を切り刻まれた二体のラビットベア。
俺が以前ショートソードを使っても貫くことができなかった表皮を、いとも容易く切り裂いている。
まぁ、以前のは魔獣化していたとは言え、それでもこの威力は異常だ。
「怪我はありませんか? ヒロさん」
「え、あ、はい……イーイーさん、お強いんですね」
「ふふ。これでも一応代表として来ているので。あっ、でも里の守りを任せてきた隊長とかは、私が五人いても勝てませんよ?」
「は? その強さで五人分?」
確かに、この巨体を支えるために発達した足の筋肉は恐ろしいし、そもそも重量がけた違いに重いので考えてみれば威力が高いのも頷ける。
そこに剣をつければ、あら不思議。重量級の戦士の腕を六本も持ち、サブウエポンの腕を二本持つ虐殺兵器の出来上がりだ。さらに壁などの障害物もものともせず、尻から強力な粘着糸も出す。
あの、やっぱりこの世界の住人って、強すぎません?
つうか、どうやってこんなの狩ったんだよ! ヒトは!!
※ちなみにアラクネの設定の一部は、KAKERU先生が連載されております『科学的に存在しうるクリーチャー娘の観察日誌』の設定を勝手にパク……参考にさせていただいております。流石に工業技術などは難し過ぎて私が理解できなあ部分もあるので控えてますが。(怒られたら変更します。)
ちょっとエッチな描写も多いですが、あらゆる面から異世界の生活や技術を掘り下げている漫画で、私はとっても好きです。(まじでエッチな描写多い、というかそれがメインな部分もあるので、閲覧や購入は自己責任でお願い致します。)(でも超オススメ)(ふかふかダンジョンもオススメ)




