第三十三話 王印
「な、んで……?」
突然現れたゴリオ先輩に、俺は言葉を失い目を見開く。
「ん? オイラの顔に何かついてるのか?」
「え、あ、いや、そうではなくて……」
「んん? まぁいい。それで、ヒロという名の者がいるはずなんだが……」
そうだよな。こんな異世界の地にゴリオ先輩が居るはずがない。俺は気を取り直して手をあげる。
「そ、それなら俺がヒロ、です……」
「おぉ! 君がアースラ様の仰っていたマレビト殿か! オイラの名前はボンボ・イボンゴ。大猿族の長だ。よろしく」
「よ、よろしく……」
差し出された大きな右手は握手の御誘いだろう。握りつぶされることはないと分かっていても、妙に怖いと思ってしまうのは仕方がないだろう。だって、見た目ただのゴリラなんだもん。いや、ゴリオ先輩なんだもん……。
「おいおい、でっかいのが入り口に突っ立ってんなよ。後がつっかえてるんだからさぁ!」
今度はボンボさんの足元から甲高い声が聞こえてくる。
よくよく見れば、何やら小さいネズミの様な生き物が仁王立ちしていた。
「はじめまして、異世界からのヒト。あちしの名前はニック。ネズミ族の代表だよ。あちし自身は砂漠青ネズミ族の出だけどね。よろしく」
「あ、よろしくお願いします……って、なんでこんなに獣人の方が?」
窓の外を見てみれば、まだまだ大勢の多種多様な獣人達の姿が見えた。
「アースラ様からお告げがあったのだ」
「アースラ様?」
「あちし達獣人達の崇める神様さ。それはお美しい見た目と、海の様に深い慈悲をお持ちの女神様さ」
(もしかして、このアースラ様って?)
『いや、ワシではない。アースラはワシが産み出した下級神の一柱じゃ』
(え? 神様ってろり神様だけじゃないの?)
『勿論、神とはワシの事をさす。だが、ワシだけでこの世界全てを管理することは難しい。如何に力があれど、時の進み方だけはワシにもどうにもならん。ワシだけでは時間が足りんのだ。じゃから、一部の権能を与えた管理者を置き、便宜上神と呼ばせておるのだ』
なるほど。まぁその方がこのだだっ広い世界を管理するなら効率的だしな。しかし、そんな存在も居たのか……獣人の神であれば、俺にとっても神様だ。崇め奉ろう。
『ワシにも敬意を払っても良いのじゃぞ?』
(あー、やれたらやります)
『え? なんか最近ワシの扱い適当すぎない?』
なんだかしょんぼりしているろり神様はとりあえず置いておくとしよう。後でなでなでをしてあげるので。それにしても、この獣人達の数である。
見える範囲だけ数えても、数百人はくだらない。ベラシア村の総人口より多いぞ。
そんな風に思っていたら、ピピルさんがボンボさん達の前に歩みでた。
「皆様、お久しぶりでございます。もしや、レガリアを」
「その通りさ。アースラ様からの御告げで、レガリアに異変が起きてるとあったからね!」
待って。ウェイト。
なんかいまの短い会話に、とんでもないワードがいくつもあった気がする。
「ストップ、ピピルさん。なんか聞きなれない&聞き流しちゃいけなさそうな単語が聞こえてきたんだけど」
「ん? エンダー神様からお告げをされていないのか?」
あぁ、されてないね!
その肝心なろり神様はいじけてやがるしYO!
「わかった……とりあえずまずは十五年前にこの村に起こった出来事を話そう」
「えっと、いいの? 俺が聞いちゃっても」
「本来であればダメだな。この事はこの村の一部の住人とモダン領主様に近い極々一部の人間しか知らない。国すら把握出来ていなかった事だからな」
「これから新たな王となるヒロ様は聞いた方が宜しいですわね」
ミラ様の言葉に頷くピピルさん。国すらも知らないってあんた……それバレたら、領主様の首も物理的に飛ぶんじゃね?
「まず……十五年前に獣人排斥令が出たのは知ってるか?」
「あ、あぁ……大まかにだけど」
「それによってアウグスト王国内の獣人達は迫害を受けるようになってしまった。モザン領はどちらかと言えば獣人主体国に近いこともあって、排斥令に反対の意思を示していた。それもあって、迫害の強かった王都近辺から獣人達は逃げてきたのだ」
しかし、異様な程に獣人を排斥しようとする国王の命により、モザン領の獣人達の多くが捕らえられたり、犠牲になったらしい。
そんな中、ベラシア村に逃げてきたのがアンナの両親だったそうな。
「アンナの両親は戸惑う俺たちに、まだ乳飲み子だったアンナを託そうとした。しかし、そんな事をすればベラシア村もただでは済まない。それが分かっていたアンナの両親は、アンナを託す代わりにとある印を渡してきた」
「印?」
「黄金で作られた、不思議な魔力が籠った印だった。父親はそれをレガリアと呼んでいた」
そして、『アースラ様の加護厚きレガリアを奉れば、この村に飢餓が訪れる事はないだろう』という言葉を残し、ピピルさん達にアンナを託して事切れたらしい。実際、それ以降嘘のように森は豊かになり、様々な恩恵があったそうな。
さて、俺の中にレガリアという言葉に覚えがある。普通はあまり馴染みがないだろうが、まぁ色々と若気の至りを拗らせた時に調べたことがある。
レガリア。それすなわち、王権などを象徴し、それを持つことによって正統な王、君主であると認めさせる象徴となる物品。日本で言えば三神器だったりするあれだ。
え? つまり、そんな物を持っていたということは……?
「アンナのご両親って、獣人の偉い人なの?」
「うん? ヒロ、どういう事だ?」
「いや、レガリアって、王様とかが持つ物でしょ?」
俺がそう言って獣人の皆様を見ると、皆一様に頷き返してくる。
すると、ピピルさんが焦り始めた。
「ま、待ってくれ! なんでそんな物をアンナの両親が持っていたんだ!?」
そりゃそうなるよな。ただの獣人がくれたちょっとした宝かと思いきや、獣人にとってのマストアイテムなんだから。
「それについては、オイラが話そう。そもそもいま存在している獣人の納める国は三つ。ノイエール、バイエール、フラジエール。王の名前がそのまま国名だな。だが、それらは近年分裂して生まれた物なんだ」
「ひとつの国が分裂したってこと?」
「その通り。それぞれの国に前王の子、つまり王子が代表に立ち国をあげ、それぞれが自分こそは真の獣王だと主張した」
そんないざこざがあった事もあり、アウグスト王国と獣人国との争いは中断され、しばらくの間は大きな争いは無かったそうな。
そして、前王の子は三人だけでは無かったのだ。アンナの父親、グラキエールさんは妾腹の子だったらしい。
だから継承権は放棄し、早々に奥さんと共に諸国漫遊の旅に出ていた。だが、国が三つに分かれた瞬間。レガリアが突然グラキエールさんの目の前に現れた。
「レガリアは王を選ぶ。だからあちし達獣人は、グラキエール様を王としたかった……しかし、グラキエール様はそれを拒んだ」
「心優しきグラキエール様は、己が王となって争いに身を投じることを拒んだのだ。だから、オイラ達も無理にグラキエール様に責務を押し付けず、見守ることに決めていた……しかし、十五年前」
王都で静かに暮らしていたグラキエールさん達は、暴徒の手によって負傷。ボンボさん達の手によって逃され、ベラシア村まで辿り着いたという訳だ。
そうしてアンナと共に託されたレガリアは、ベラシアの森の最奥に建てられた祠に納められているらしい。気がつかなかったなぁ……。
「人避けの結界が施されている。気にかけなかったら見つかるものではない」
「あれ? でも、今年ってベラシア村の状況やばかったですよね?」
天災によって危機的状況になってた気がするけど……?
「恐らく、レガリアになんらかの不具合が生じたのだろう」
※第二十話において、アンナの両親がベラシア村に来た年数を誤っていたので修正しました。




