第三十二話 教会
《教会》。この世界においてその言葉を指すときは、大体が《エンダー聖教会》の事を指す。エンダー神、つまりろり神様を奉る宗教だ。
大陸全土、国を跨いで各地に教会があり、殆どの国と地域において布教が為されている。まぁろり神様曰く、名前が違う宗教も結局はろり神様を奉っているわけだが。宗教戦争している国の人たちに教えたら即倒するかもしれない。
(……もしかして、ろり神様の言っていた策って)
『ようやっと来たか。そうじゃ。ワシが、なんぞ豪華な椅子にふんぞり返っておる爺に一言二言言ってやったのじゃ』
やったのじゃ、じゃねえ。それは俗に言う神託ってやつだろうに。多分それを言われたのは一番偉い人……教皇様とかじゃねえのか?
「ど、どうするヒロ。流石に教会が来るのは想定外だぞ!」
「え? なんでそんなに焦ってるんです? 村にも小さいながら教会がありますし、別に問題ないんじゃ……」
「ばか野郎! あの騎士達をどう説明する気だ!」
「あ」
そう言えば、トカゲモドキみたいな顔した騎士がいたんだった。うーん……面倒くさいし、この際教会に引き渡しちまうか?
「邪教を崇拝しているなんて言われたら、あいつらは全員処刑だろう。あいつらはいけ好かんが、流石に死んでもいいとは思わん」
「あ、そう言うことだったら引き渡しはなし。俺もその意見には同意です」
なんだかんだ言っても、あの騎士達もそこまで悪いヒト達では無さそうだし。今の姿になって、少し獣人にも思うところが出てきたみたいなのもあって、出来れば今後何らかの利用をしたい気持ちもある。
「仕方ありませんね。俺が出ます。まぁこんな田舎も田舎にそこまでお偉いさんが来るわけでもないでしょうし」
「う、うむ……一応俺も行こう」
「御初にお目にかかります。私の名前は、ミラ・ヴィ・イヴールでございます。此度は、教皇猊下の命により馳せ参じました」
教会で俺たちを待っていたのは、大量の聖騎士達と一人の少女であった。
少女は恭しく跪きながら俺たちに挨拶をしてくるが、どう見てもそんな事をさせて良い身分には見えない。
「ぴ、ピピルさん……? この方は?」
ギギギと錆び付いたブリキ人形の様にピピルさんの方へ首を向けると、ピピルさんはピピルさんで顔面を真っ青……を通り越して、真っ白に燃え尽きた表情を浮かべていた。
「こ、このお方は……聖女様だ……」
口から魂と共に吐き出しながら呟くピピルさん。
ふむ、聖女様に先に挨拶をさせ、あまつさえ床に跪かせたとな?
はっはっはっ! 無礼ここに極まれり。グッバイ現世。どうやら俺たちの冒険はここで終わりのようだ。完っ!!
『馬鹿者、勝手に終わらすでない。それに、たかが聖女ごときでビビるでないわ。そんな事を言い出せばワシの方がずっと偉いのじゃぞ?』
(いや、だってろり神様は……ねぇ?)
『お主、本当にワシを敬っておらぬな!?』
だってぇ……どんなに怒ったところで可愛らしい姿ですしぃ……。
と、まぁ冗談はさておき、思ってた以上の大物の出現に混乱をしてしまった。が、このまま聖女様とやらを放置するわけにもいくまい。
「えっと、まずはお顔を上げてください。俺……じゃなかった。私の名前はヒロと申します。こことは違う世界より、エンダー様のお導きでやって参りました」
「はい、そのお話はお聞きしておりますわ! 私、エンダー様の御使い様と御会いできて、至極感激しております!」
「うわっ!?」
バッと顔をあげたミラ様が、食い気味に近づいてきて俺の手を握る。
この世の物とは思えないくらいに整った顔立ちは、万雪の様に透き通った肌に朱が指していて、思わずドキリとしてしまう。なんだな雰囲気もポワポワした感じで、庇護欲を擽られる。
(お、落ち着けヒロ! 素数を数えるんだ! どうみてもこの娘はまだ子ども。俺はロリコンじゃない、俺はロリコンじゃない……)
『ワシをこんな姿にしておいて、今さらではないかのう?』
(ち、違うんだ! 趣味と実益は違うというか……それに俺にはアンナが……!)
『かっかっか! 相も変わらず堅っ苦しい男じゃ。どっちも娶ればよかろうて。お主ならそれくらいの甲斐性くらいあろう』
糞っ! この悪魔め! そんな甘言には引っ掛からないぞ!!
と、そんなやり取りをろり神様としていると、ミラ様が辺りをキョロキョロと見回し始めた。
「なにかありましたか?」
「いえ……一瞬、エンダー様の御力を感じた気がしまして……」
『おっと、そう言えばこやつもあのノームの娘と同じ素質があったのう。まぁいい、ならばてっとり早い。おい、小娘』
「え? どなたですか? この声はいったい……」
「落ち着いてください、ミラ様。エンダー様のお声でございます」
『一度しか言わぬ故、聞き逃すでないぞ? お主ら教会は今すぐこの村を《聖域》に指定し、庇護下に入れるが良い。そうして、このヒロという男を長として国を建てるのじゃ。良いな?』
「は、はい! エンダー神様の御心のままに……」
ミラ様は再び床に跪くと、天に向かって祈りを捧げる。
……っていうかちょっと待てぇい!!
「俺が長っておかしくねえか!?」
『何を今さら言うておる。既に村長含めそのピピルとかいう男もそういう方向に話を進めておったぞ?』
「肝心な本人が聞いてないんですけど!?」
『お主の居らんところで話してたからのう』
俺は首が千切れんばかりの勢いでピピルさんの方を向く。
すると、俺が先程《長》という単語で驚いていたのに何かを察したのだろう。俺と目が合うや否や、すぐさま下を向いて目線をそらした。
「ピ・ピ・ル・さ・ん・?」
「ち、違うんだヒロ! 聞いてくれ! 別に本当に長になる必要なんてないんだ。ただ、お前にはかつての《賢者伝説》の内容に沿って、旗印になって貰いたくてだな」
以前トールキンさんが話していた、村を救い悪政と戦って国を興した賢者の伝説。その賢者役を俺にやって貰いたいということなのだろう。つまりは指揮上昇の為の広告塔といったところか。
「はぁ……それならそれで、一言相談をくださいよ。まぁ俺は長とか王とか柄ではないですし、実際の仕事なんて出来ませんからね?」
前世での俺も何度か仕事上でリーダーはやった事があったけど、それでも役職なんてものには縁がなかった。誰かを引っ張っていくよりも、引っ張られながら持てる力を発揮する方が性にあっていたからだ。
「いいえ、なりません」
「「は?」」
突然、教会内を凛とした声が響き渡る。
俺とピピルさんでその声の主を見てみれば、それは先程までの柔らかい雰囲気を纏っていた姿が嘘のように、背筋をピンと伸ばしたミラ様であった。
「エンダー様より下された天命は絶対でございます。ヒロ様を王とし、この村を起点に国を興すのです」
「え、えっと……別に私が王にならずとも……」
「なりません!」
「ひぇ……」
マジで別人なんじゃねえかと思う程に、ミラ様の視線は厳しさを湛えていた。
「各聖騎士長に告ぐ。ただちに各地へ伝令を飛ばし、この地に新たな王の誕生と聖域の制定が為されることを伝えるのです」
「「「はっ!!」」」
「いや、はっ!じゃねえよ! 落ち着いて? みんな落ち着いて?」
そもそもいきなり村が聖域になりました、王様が生まれたのでここに国が出来ますという話を、はいそうですかと頷く者はいないだろう。そんなことをすれば、この村を領地としているモザン領主もそうだし、なによりアウグスト王国が黙ってはいない。
人員も設備も整っていない現状、攻めこまれる理由をこちらから用意するのは得策ではない。
「大丈夫で御座いますわ。人員は直ぐにでもこちらへ向かっているはずですので」
「……え?」
「た、大変だ! 村に……じゅ、獣人達が!」
「失礼。こちらにヒロという者はおるだろうか?」
教会のドアを勢いよく開けて駆け込んできた村人。その背後からにゅっと顔を覗かせたのは、何故かこの世界には居ないはずの、ゴリオ先輩であった。




