第三十一話 新薬
診療所を後にした俺たちは、そのままピピルさん達が待つ建物へと向かう。
流石に皆が居る前ですべてを話させるというわけにもいかない。勿論、隠し事をするつもりもないけれど、知っているからこそ余計な危険に晒してしまうこともある。
これからする話の内容というのは、それほど迄にセンシティブな内容になりかねないのだ。
「お待たせ致しました」
「終わったのか?」
「えぇ。後でご家族で葬儀をされるそうです」
「そうか……親父さんもお袋さんも辛かろうな……」
短い間に二人の息子を亡くしたのだ。辛くないわけがない。その両方に大きく関わった俺としては、やはり心苦しい気持ちが強くある。
『気にすんなよ、ヒロ。元々は、あんな草を拾ってきた俺が悪いんだ』
『そうですよ、ヒロさん。もしも後悔をしているのなら、こんな思いを一人でもしないように頑張りましょうよ』
(……ありがとう、二人とも)
すべての元凶である魔獣化。その魔獣化による被害は、恐らく今後も加速度的に増えていくだろう。
負の感情を糧として魔獣化が進むとすれば、魔獣化によって被害を受けた人たちは更なる負の感情に囚われる。その悪循環が、この百年ばかりの短い間に起こり始めているのだ。
「さて……ではお話をお聞かせください、モリアさん。オルクールは何処まで騎士団、いえ……王国に食い込んでいるのかを」
「ま、待ってくれ。私はそこまで大きく知っているわけではない。だが、事の経緯を教えることは出来る」
「構いません。お話しください」
モリアさんは時系列順に沿って、自分達が何故異形の者へと変貌したのか。オルクールがそれにどう関わったのかを説明し始めた。
そもそもオルクールが騎士団に所属したのは15年程前らしい。当時まだ騎士見習いだったモリアさん曰く、まだ少年ともいえる若さなのに凄まじく剣の腕が立ち、まるで背後にも目があるかのような隙の無さだったそうな。
奴は家柄や見習いから騎士になった訳ではなく、当時の獣人狩りでその腕前を見初められ、騎士団にスカウトされたらしい。いや、そんな怪しい奴スカウトするか?
「エドワード第2王子の御推薦だったからな。誰も首を横には振れない。振ればその首はそのまま体から離れてしまう」
「コネってやつか。それで、オルクールは着実に昇進していったと?」
たった15年の間に何処の馬の骨とも判らない人間が、子爵位まで上り詰めるのははっきり言って異常だ。だが、エドワード第2王子の推しもあったり、オルクール自身がそれに負けない位の実力者ということもあって、王国騎士団の副団長まで行くことができたわけだ。
「そうして三年前のこと。私達王国第三騎士団の百人長はオルクール様に招集を受けたんだ」
「百人長?」
「騎士団は縦割りでな。団長、副団長二名、その下に百人長が数名いて、更にその下に十人長等が居る。そして一般的な騎士って感じだな」
「ちなみにピピルさんは?」
「俺は領主様の直属になるから、特に役職はない。が、まぁ団長程度の権限はあるな」
「なるほど、結構偉かったんですね」
「それも終わりだけどな。俺は王国に弓引くお尋ね者だ。騎士も爵位も無い、ただのピピルさ」
そう言って自嘲気味に口許を歪めるピピルさん。やはり忠義を尽くすことができなくなるのは、騎士である者にとっては想像以上にキツいことなのかもしれない。
「オルクール様に呼ばれた私達は、『力に興味は無いか』と問われた」
「力……」
「私としては、別段力になど興味も無かった。騎士として、王国に忠を尽くすことが出来れば、それで良かったからな。でも、他の百人長は違った」
そもそも、騎士とは貴族の子ども達の中でも、家督を継ぐことの出来ない次男以降の男児がなるものである。
なので自分自身で成り上がるしか貴族として生きる道はなく、そんな中でまさに己の力で副団長まで上り詰めたオルクールのその言葉は、百人長達にとってはとても魅力的に聞こえたらしい。
「私も、王国の盾として力はあった方が良いと考えた。呼び出された百人長全員がオルクール様の言葉に頷くと……一本の薬を渡されたのだ」
「一本の薬? それはどういう物なのですか?」
「それは……わからない。だが、その薬を飲めば、圧倒的な力が手に入ると言われ……」
「飲んだ結果がその姿?」
青くぬらっとした光沢を持つ鱗。全身をその鱗に覆われた見た目を持つモリアさんは、静かに頷いた。
「ですが、その姿のままだとバレません? 王国でそんな姿していたら、速攻捕まりそうですが」
「オルクール様がこの姿になった私達に、もう一本の薬をくださった。それを飲めば、再び自分の意思でこの姿になるまで、元のヒトの姿のままでいられたのだ」
「つまり、オルクール亡き今では、モリアさん達は元の姿には戻れないと」
「はっ! 良い気味だな。目先の力に溺れるような、騎士の本懐も忘れたような者にはお似合いの姿だな!」
この一件では、色々と思う事もあったのだろう。なんともピピルさんらしくない言い振りだが、まぁ気持ちも解らないではない。そして、その言葉はモリアさん自身も痛感しているのだろう。何も言い返さず、瞼を閉じ……ていない。うっすらとした膜が目を覆う。
「蜥蜴なのに瞼がないぃ!?」
「「えっ!? 今そこ!?」」
「いやいやいや、サイズ感も相まって気持ち悪っ! つうか蜥蜴じゃなくてヤモリかよこいつら!!」
「さ、流石にそれは酷いぞヒロ……」
まぁヤモリの中にも瞼のある種類もいるんだけど……っと、それは今は置いておこう。
「で、一般的な騎士まで含めてその薬を飲んだんですか?」
「いや……私達はあくまでもオルクール様の息がかかった者だけだ。薬を飲んだ者はオルクール様の直轄の部下となった」
「つまりは、騎士団全体が掌握されているってわけでもないのか……」
「勿論その可能性も捨てきれない内は安心出来ませんがね。でも、薬か……」
薬と聞いて、俺はある話を思い出していた。
魔獣化した草騒動の時、村医者のヨシュアが教えてくれた《ポリプロン》という薬だ。元は胃腸薬として開発されたはずが、投与したヒトが魔獣化に似た症状を発症した為、以後廃棄され研究もされなかった新薬である。確か、二十年程前に開発されたとかだった気がする。
「時期が一致してるな……」
もしも新薬が開発できたとして、失敗作から実用化までの時間を考慮すれば……と勘ぐってしまうのは前世でフィクション作品に毒され過ぎたのだろうか。
だが、魔獣化にも似た症状が発症する薬。
ディモン達が言っていた禍々しい気配を感じたオルクール達異形の者。
そしてろり神様が知らないもう一柱の神の存在。
それらが無関係とは、どうにも思えなかった。
「その話以外になにか知りませんか? なんでも良いのですが」
「…………いや、有益な情報はこれ以上引き出しになさそうだ」
「そうですか。では、他の方からも話を聞いて、内容に間違いが無いか確認をします。モリアさんは別室で待機をしていてくださいね」
ピピルさんに連れられて、他の騎士達が待機している集会所とは違う建物へと向かうモリアさん。
その後、数名の騎士を無作為に選んでみたけれど、話は概ね同じものだった。俺としては、もう少し踏み込んだ話を聞きたくはあったのだけど、流石に下っ端の騎士が知っている内容など期待するだけ無駄というものだ。
そうして三日程続いた聞き取り作業も大体終え、一先ず今後どうするかを村長やピピルさん達と一緒に会議室で話し合っていた。
直ぐに『それじゃあ、こうしましょう』という解決法方が出るわけではない連日の会議に、村の老人は目に見えて疲弊してきてるし、体力に自身があるピピルさんでも流石に少しキツそうだ。俺にとってはこの程度、前世のデスマーチに比べれば屁でもないが。
それでも、やはりそろそろ皆にはちゃんと休んで貰わなきゃいけないかなっと思ったその矢先。
誰にも姿が見えないという利点を活かした哨戒に出ていたガルフが、慌てて駆け戻ってきた。
『ひ、ヒロ! 大変だ!』
(ばっか、そういう時はてぇへんだ!って言うのが決まりだろ、ハチ)
『いや、誰だよ!? そうじゃねえんだって! 大変なんだって!!』
そんなに大変なら早く内容を言えと思っていたら、今度は物見櫓の方からリッチの親父さんの大声が聞こえてきた。
「きょ、《教会》だー!!」
どうやら神は俺たちには休む暇も無いようだ。いい加減にしろ、ろり神様。
※ポリプロンについては第十五話参照




